ディレクターズ・カット「NPO法人【新弟子】ハウス」

【この小説は、小児性愛の性的な表現、児童虐待、性加害などの描写があっため、コンプライアンスに準じる形で修正を加えました】


「編集した時点で、ドキュメンタリーじゃあない」


NHKの特番で、【決戦!巨大力士ロボ】の庵【ノ】野【海】秀【久】明【富士】監督が言った言葉だ。一介のテレビマンとして、刺さった言葉だ。まだ、小間使の名ばかりPではあるが。


今日も、休日出勤を終えて残業代が出る間だけ、編集室でダラダラしている。休日出勤の手当はでるので、言うほどブラック企業ではない。


今後の勉強も兼ねて、過去番組の未編集VTRを見ている。半ば趣味とも言える。未編集のモノを見れば、インタビュワーの技術とか、放送の都合上、カットせざるを得なかった部分などが見えて来る。そして、それは糧となる。


例えば、今日見ているVTRのNPO法人代表の男は、質問に対して食い気味に答えて来て、編集点を作りにくいことが分かる。そういう相手に対して、どのように編集点を作るかなども参考になる。


多分、このインタビューは、俺が入社する前にオンエアを見たことがあるように思える。マイクを前にして、誠実そうな男がインタビューに答えている。


一度、編集済みを見てから、未編集VTRを確認する。はたして、どんなディレクターズ・カットがあるのか。



― どのような思いで、【新弟子】ハウスを立ち上げられたのですか?


「はい。私が、大学時代に教職課程にいたのですが、教員免許も取得したのですが、残念ながら志望していた【初等相撲学校】教諭にはなれませんでした」


― なるほど。では、一般企業に就職された訳ですか。


「はい。なるべく【新弟子】に関わっていたいと、【相撲塾】講師になりました。教員免許を持っていることは、勿論強みになりましたし、教育実習などでは、見えなかったモノもありました」


― と、言いますと?


「そうですね。最近の言葉で言いますと『【新弟子】の貧困』と言うのでしょうか。【相撲塾】に通う【新弟子】達と話している中で、そもそも【相撲塾】に通えない子がいることも知ったのです」


― 経済的な問題ですね。


「はい。私の家も、貧しかったのですが、運良く、私も、弟も要領が良かったので、【相撲塾】や【家庭相撲教師】のお世話になったことはなかったのですが、そうじゃない子もいることに、今更ながら気づいたんです」


― そこで、NPO法人【新弟子】ハウスの設立に繋がったわけですか。


「はい。貧困が原因で、【稽古】機会を失っている子もいる。【相撲塾】講師を続けながら、土日はボランティアで【新弟子相撲館】などを手伝い、【新弟子】達と触れ合いました」


― 【新弟子相撲館】で働こうとは思わなかったのですか?


「そうですね。野望と言うと、聞こえが悪いかもしれませんが、悪く言う訳じゃあないですが、私が手伝っていた【新弟子相撲館】には、窮屈さのようなモノも感じまして、だったら、自分の思い描く【稽古】の園を作りたいと思ったのです」



ここまでは、オンエア通りのようだ。この後に、『【新弟子】ハウス』なる施設の理念などが説明されて、インタビューは終了していたが、本題に入る前に、放送には乗らなかった部分があるようだ。これこれ、こういう部分が面白い。めちゃくちゃ噛んでたり、飲み物をこぼしたり、逆に面白いシーンがあったりする。


― どのようなご家庭だったんですか?


「そうですね。もう他界しましたけど、父親は私と弟に暴力を振るってました。必死で弟を守ってました」


― なるほど。


「兄として、弟を守らないといけない。今思えば、私が【初等相撲学校】教諭、【相撲塾】講師と、【新弟子】に関わる仕事を選んだのは、実家でのことが原風景だったのかもしれません。また、弟がいたから、強くなれたのかもしれません」



なんで、カットされてるんだ?良い話じゃないか。


― 弟さんとは、仲が良かったんですね。


「そうですね。寝るのも同じ【稽古部屋】でしたし、【弓取り式】も一緒に入ってました。両親が出かけている時は、【力水】もしてくれましたね」


― ……。


「多分、あいつも楽しんでいたと思いますよ。喜んでました」


― ……少し、休憩しましょうか?お茶、飲んでください。お茶。


「弟は、お茶よりも甘いジュースの方が好きでしたね」



なるほど。編集したらドキュメンタリーじゃない。庵【ノ】野【海】秀【久】明【富士】監督は、やはり、正しかったようだ。まだ残業代が出る時間だが、未編集テープを棚に叩きつけて、帰ることにした。


【2021年12月13日にカクヨム運営により公開停止となりました】

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