地元の駅に居たスウェット姿のマイルドヤンキー少女をよく見たら、中学時代の成績優秀な同級生だった
及川盛男
本編
――――
フワフワと高揚した気分で地元の駅の改札を抜け、さて東口から外に出ようとしたところで、僕は森美咲に再会した。
はじめ、それが彼女だとは確信が持てなかった。最後に顔を見た中学の卒業式から一年半年近く経つから、というのもあるけど、手狭なコンコースもどきの通路に置かれたベンチに座る彼女は、グレーのスウェット姿にサンダルという、「マイルドヤンキー」のような格好をしていたからだ。
ジロジロ見たらキモいだろうな。そう思いながらも彼女へと視線が引き寄せられる。
黒いストレートのロングヘアというのは同じだったが、艶々と美しく光ってたあの頃の長髪とは違って、そこに居る少女の髪はどこか艶を失っていた。そしてスマートフォンを弄るその所作もどこか粗野で、あのとき感じられた気品が無いように見えた。
でも否定もし切れず、確かめたい欲に駆られた僕はそれとなく彼女の隣のベンチに座った。スマホをしきりに弄り、こちらの様子に一切気付いていない様子の彼女の横顔を見て息を呑んだ。やはり森美咲に間違いなかった。
――――
森美咲は、僕の中学時代の同級生だった。クラスは一度も同じだったことは無いが、通っていた進学塾が同じだったこともあり何度かは話したことがある。
といっても挨拶程度の交流しか無かったが、だが校内テストの順位では常に僕と1、2位を争い、同じ県内一位の進学校を志望していたこともあり、表面上の関係性以上に強いライバル意識を持っていた。何度か彼女を上回った時、悔しそうに塾内に張り出された成績表を睨む彼女を見たことがあるので、向こうも同じだったろう。
だが、去年の2月。志望校の合否発表の一覧には、僕の番号だけがあり、彼女の番号が無かった。
以来、彼女は塾の送別会などにも来ず、会話する機会は無かった。卒業式のときに一瞬話せそうな瞬間は有ったけれど、声が掛けられなかった。
――――
じゃあ今ならいける、ということも無く、なんと今でも声が出ない。声をかけても無視されたらどうしよう。こちらのことを覚えてなかったらどうしよう。そんな思いが邪魔する。
その時、ふと森美咲のLINEだけは知っていることを思い出した。塾の合宿か何かのときに交換して、以来ただの一度も使っていないはずだ。見れば、「友だち」になってから2年以上も何のやり取りもしていなかった。
ままよ。
『もしかして今、高柳駅に居ますか』
「え?」
送信と同時に、彼女のスマホがぽこんと鳴るのが分かった。文面を見た瞬間キョロキョロと周囲を眺め、そしてこちらに目が合った。目を見開く森美咲。
「……こ、こんばんは」
「……こんばんは」
ただの夜の挨拶を、この世で一番気持ち悪く言う方法になってしまったかもしれない。そのままお互い固まって、しばらく目を見合わせていると、
「っぷ……はは、声掛けてくればいいのに」
「あー……ちょうど、それがどれだけ難しいことかっていうのを噛み締めてたところ」
笑ってくれて、ようやく肩の力が抜ける。
「森さん、久しぶり」
「西野くんこそ。元気にしてた?」
「まあ、体は健康だよ」
「何それ。……え、なんでこんな遅い時間なの」
「ああ、学校のクラスで打ち上げがあって」
今日は文化祭の打ち上げの日だった。うちのクラスは僕発案の極めて馬鹿な催しを、とても馬鹿正直にやり遂げることに成功した。ここ1ヶ月間のその労苦をねぎらうということで、会は盛大に開かれた。僕は裏方の立役者として途中取り上げられ、クラス一の美少女から「西野くん、すごいね!」と褒められるなど、とても良い時間を過ごしていた。
「森さんこそどうしたの。こんな時間に待ち合わせ?」
「友達を待ってる。あと10分くらいで来るんじゃないかな」
「ふうん」
少し、間が開く。開き過ぎたら、聞けることがどんどん聞けなくなっていく気がした。
「どんな友達なの。学校?」
「いや、遊び友達。学校はね、辞めた」
「え?」
ベンチの背もたれに体を預ける森美咲。彼女は笑っているが、それは冗談を言っているという意味ではなさそうだった。
「疲れちゃってさ。行きたくもない学校に無理やり通うのも、そのせいで周りが色々ごたごたするのも。だから辞めたの」
そう言いながら、彼女がその長い黒髪を掻き撫でる。一瞬見えた耳に、大きなピアスがいくつも付いているのが見えてどきりとする。
「周りがごたごた、って」
「頼んでもないのに進学塾に行かせておいてさ、第一志望に通らなかったからって勝手に凄い落ち込んだりとか夫婦喧嘩とかして、すごいウザかったの。それで、そんなにお金が勿体ないなら、学校通うのも辞めてやるって言って、やめちゃった。おかげでもう何も言ってこなくなったよ」
そう笑いながら話す彼女が、あの秀才・森美咲とは思えなかった。それとも僕があまり交流をもっていなかっただけで、彼女は昔からこうなのだろうか。
「だから今は、友達んちとかで遊んで過ごしてる。このあともさ、パーティーやるんだ。映画とか音楽流して、お酒飲んだりしながら朝まで遊ぶの。今待ってるのは、その場所とか貸してくれる人なの……あ、そうだ。西野くんも来る?」
「いや、行かない」
「……そっか」
無言。恐れていたように、一度無言になってしまうと、次の言葉がどうしても出てこなかった。その時、駅のスピーカーがチャイムを鳴らす。
『まもなく2番線に、各駅停車館山行が参ります。この電車は――』
「そろそろだ」
その言葉には、もうこの会話も終わりだ、というような意図が込められているに違いなかった。片田舎で、人を集めてパーティーをこんな時間から開くために、こんな時間に下り電車に乗ってくる奴。多分、僕が苦手とするタイプの人間なのだろう。
「久しぶりに話せて楽しかったよ。じゃあね」
けれど。ぐちゃぐちゃで、なんにも理由を説明できないけれど。彼女とこのままお別れ、とはなりたくなかった。
「またさ、話そうよ。ここで会えたのも何かの縁だし」
「え?」
森美咲は少し思案した後、
「……良いけど、夜のこの時間帯はいつも予定入ってるし、朝は寝てるから、会うなら夕方だよ」
「丁度いい。僕もまっすぐ帰ってきたら、夕方だから」
「なにそれ……まあいいや。気が向いたら、それくらいの時間にここに居るから。それよりそろそろ来る奴、結構嫉妬深いから、私と誰かが一緒にいるの見たら怒るかもしれない。だから、行ったほうが良いよ」
僕は軽く頷いて、忠告に従うことにした。背を向けて階段を降りて行きながら、到着した電車から降りてきた人々でコンコースが賑やかになるのを背中で感じた。
――――
またしばらく会えないだろうし、彼女の言葉も僕を躱すための方便だろう。そう自分に言い聞かせていたものだから、翌日の学校終わり、真っ直ぐ帰ってきた高柳駅のベンチにスウェット姿の森美咲の姿を見て思わず「うお」と声を出してしまった。
「学校って、終わんの遅くない?」
彼女は少しだけ不機嫌そうにそう言ってきた。
「こんなもんだよ。いつから待ってたのさ」
「14時半くらい?」
時計を見る。15時40分。
「LINEで聞いてくれれば良かったのに。いつ終わるんだって」
「まあ別に、暇だったし」
そこで僕は彼女とたわいの無い話をした。中学の頃の友だちの話などはあまり共通の友人も居ないから盛り上がらなかったけど、通ってた塾への悪口では随分盛り上がった。あの先生のスパルタぶりは到底許せなかったとか、あの軍隊じみた空気感は明らかに異常で、僕達は洗脳状態にあったに違いない、とか。
その日の彼女の用事は18時からだったので、その時間で解散した。
その後も、同じような逢瀬を繰り返した。
近所のファミレスに行って駄弁ることもあったし、ゲームセンターに行ったりすることもあった。公園でコーヒーを飲みながら駄弁ろうとなって、調子に乗って飲めないブラックコーヒーを買ったのを看破されて笑われたりもした。
じゃあ代わりが私に、とか言ってそのコーヒーを彼女に飲まれた時は、「僕はもし間接キスに遭遇したとしても、絶対に動じないぞ」というかねてからの誓いをあっさりと崩されて死ぬほどドキドキした。
ただ、いずれの逢瀬も終わりは彼女の「遊び」の時間で決まっていた。それは予定通りのときもあったし、呼び出しで唐突に終わるときもあった。僕はその度、何も言わず彼女の背を見送った。
――――
金曜日のある日、修学旅行の準備委員とかいう仕事を任されてしまっていたため、少し帰宅が遅れる旨を伝えておいた。17時頃に駅に着くと、
「や」
と、彼女が座っていた。今日は少しダボッととした黒ジャージにキャップをかぶっていた。
「芸能人のお忍びみたいな格好だ」
「からかわないでよ」
この前、次あったときには懐かしい場所に行きたいというような話になったので、僕達は散歩がてら通っていた中学校に向かうことにした。駅から20分ほど離れた場所にあり、その間も会話ははずんだ。
学校の校門の前に掲げられた「関係者以外立入禁止」という看板を見て、立ち止まる僕と、すくすく進んでく彼女。
「ちょちょ、看板見てよ」
「え? 私達は卒業生だし、関係者でしょ。それに、座って色々話したいしさ」
それでも、何だか少し感覚に差異があるのはところどころで感じられた。昔の彼女だったら、きっと生真面目に看板の文字のルールを受け取っていたはずだが、今の彼女はあまりそういったものに価値を感じていないようだった。
「座って話すなら、近くにいい場所があるじゃないか」
僕は学校の反対側の方を指差した。
――――
学校からわずか200メートルほどのところに、高柳公民館はあった。体育館と小さな図書室が併設されたこの場所は、高校に入って毎日県庁所在地の建物や教育施設を見ている僕からすると今は小さく感じるが、町の規模を考えると必要十分、といったようなスペースで、よくお世話になっていた。
入り口入って直ぐの休憩スペースで、ベンチに二人で並んで座る。
自販機で買ったジュースを飲みながら、再び思い出話に花を咲かせた。森美咲は、席から図書室の中を覗きながら、
「ここで、よく塾の宿題とかやってたな。それこそ、西野くんも居たよね」
「え? 気付いてたの?」
僕の方は、時折ここに座ってカリカリと宿題をやっている彼女を何度も見たことがあった。集中しているだろうと思って、声もかけず、あえて気付かれないように遠くの机を取って、そこで宿題をする、なんていういじらしい配慮をしていた記憶があるが。
「気付いてたの、ってことは、そっちも気付いてたんだ」
「まあ、ね」
「恥ずかしがり屋だなあ。まあそうでなきゃ久々の再会の時、隣に居るのにわざわざLINEしたりしないか」
「……さっきのからかいのお返し?」
くすくすと笑い合う。
「懐かしいな、勉強して、その分成績上がって、先生やパパママに褒められて調子に乗って。塾では洗脳されてた、なんて言ったけど、洗脳されてる間はそれはそれで幸せだった」
彼女は天井を見上げた。
「どうせ掛かるんだったら、ずっと解けなきゃ良かったのに」
「……改めて勉強、再開したくなった?」
「ううん、別に」
「そっか」
ごくごく、とジュースが喉を通る音。
「……勉強しろ、とか言わないの?」
「一瞬、言おうかと思った。あんなに勉強できるのに、勿体ないだろ、って。けどさ、僕も言えるような立場じゃない」
実際、今の僕の成績はクラス内で下から二番目。授業には出ているが、宿題はサボるし、勉強と言えるような勉強はしていない。
だって、文化祭のようなイベントを楽しむのに必死で、それで良いと思っていた。だって駄目なんだとしたら、こんなにイベントで満ちているはずがない。毎日が楽しみで満ちているということは、それを楽しんで良いということなんだと。
「……そうなんだ。西野くんは、せっかくあの学校に合格したのに、そんな風に過ごしてるんだ」
ハッとして僕は顔を上げた。彼女のその言葉は、声は、震えていた。
「別にさ、私だって学校辞めたし、好きにすればいいと思う。けどさ、あんまりだな、とは思うよ。どうせ遊ぶんだったらさ、なんでわざわざその学校に入ったの、って。あそこ、倍率3倍でしょ。ってことはそこに、どうしても行きたくても行けなかった人が、合格者の2倍の人数分居るのに、どうしてそんなふうに過ごせるの、って」
「……それは」
「私ね、合格点と1点差だったの」
息を呑んだ。初めて聞いた話だった。
「合否発表の日は泣くのを我慢したけれど、入試の得点開示の日、それを知ってわんわん泣いたの。1点なんて、学校の評定の差だけで簡単に変わる。一体合格者と不合格者で、何が違うの、って」
何も言えなかった。
学校入って直ぐ、友達とそんな話になった気がする。受かった奴と落ちた奴、何の違いがあるというんだろう、って。それまで一緒の学校を目指すための仲間だったはずなのに、合否発表の瞬間、何か取り返しのつかない階級がつけられてしまったような気がして仕方がない、と。
その場に居た一人が、「そんなのはまやかしなんだ」と断言したのを覚えている。所詮高校入試で、人生のなんにも決定するような要素ではない。そこでどう過ごすかでいくらでも変わる。偏差値と進学実績で学校の序列が決まってるように見えるが、結局は生徒の集まりに過ぎない。せめて大学入試、もっと言えば就職活動、さらに言えば転職の機会だってあるんだから、たかだか高校入試でそんなふうに考えるのは間違ってる、と。
それに納得して、以降その問を考えてこなかった僕だった。だけどどう考えてもそれは、そんなことを言っていられる立場だからこその言葉だったと今思う。
目の前に、入試を切っ掛けに大きく人生を変えてしまった少女がいる。その彼女に対して、同じことを僕は言えなかった。実際にはまやかしだとしても、それに実際に人生を変えられてしまった人にとっては、どうしようもないほどの現実にほかならないのだ。
それから目を背けて、それらしい理屈で納得して。いったいまやかしを生きていたのはどっちなのだろう。聞くまでもない。僕の方だった。
彼女は、ふるふると肩を震わせる。きっと必死で、感情の渦を抑えようとしている。だがそうすればするほど溢れてきてしまうのだろう。ついにその目から一筋の涙が流れた。
「……ごめん」
「ごめん、じゃなくて。どうして、って、聞いてるの」
「ごめん」
ねえ、と彼女が僕の肩を掴んだ。けれど僕は、呪文を唱えるように謝ることしか出来なかった。やがて彼女の両の瞳から涙が溢れ、だが泣き声は上げまいと、彼女は必死で嗚咽を噛み殺しているようだった。
そして彼女は、声が出ないよう口をふさぐものを探すように頭を伏せ、そのまま僕の右肩に額を寄せた。昂ぶった彼女の肌は服越しでも熱く、長い髪から男物っぽいシャンプーの匂いが漂う。
僕は俯いた。その瞬間、自分の鼻の奥まで熱くなっているのに気付いて、驚き、そして情けなくなった。辛いのは彼女なのに、どうして僕まで。そう思って耐えようとしたがその分情けなくなり、感情の連鎖は止まらず、我慢は叶わなかった。目から溢れる涙がズボンを濡らす。
ゆっくりと横を見ると、涙を流す彼女と目が合った。その瞬間、もう訳がわからなくなった。彼女もそうに違いない。彼女がゆっくりとこちらに体を預けてくるのを僕は受け止め、そのまま二人で抱き合いながら、ただひたすらにすすり泣いた。
――――
泣きはらした後、お手洗いから彼女が戻ってきた。
「……ごめん」
「……こっちこそ」
再びベンチの横に座る。だが、先程までのような流れるような会話は出てこなかった。
「……あの」
そう彼女が言った瞬間、スマホの通知が鳴った。彼女はそれを開く。
「……呼び出し、されちゃった。行くね」
そう言って立ち上がろうとする彼女に、
「好きだ」
と言った。とっさに出た言葉がそれだった。
「……なんで?」
「分からない。けど好きなんだ」
「いつから?」
「中学の頃から、ではないと思う。あの頃は純粋に、ライバルだとしか思ってなかった。けど意識はしてたし、切っ掛けだったかもしれない。あの頃の何倍も今のほうが会話してて、だから好きになったのも最近だと思う」
彼女は再び、僕の隣に座り直した。そして微笑み、
「西野くんにはもっといい人が居るよ」
とささやいた。
「そんなの知ったことじゃない。僕は、森さんが好きなんだ」
「……ありがとう」
彼女は、つぶやく。
「私もね。中学生のころ西野くんのこと、好きだったよ」
そう言いながら、彼女はそっと顔を近づけてきた。反射的に目をつむってしまう。
唇に、温かく湿った感覚。脳が一瞬麻痺する。そしてその状態のまま、
「……っ!?」
数十秒して、ようやく口が離れた。僕は息絶え絶えとなりながら、ぼやけた視界で彼女を見る。意識のほとんどが持っていかれるような、そんな時間だった。森さんは妖艶に微笑んだ。その笑顔はこれまでに見たことのない、どこか魂を吸われてしまいそうな怖さを持った笑みだった。
「……言ったでしょ。遊んでるって。こんなことが出来るくらいには、ね。……ごめんなさい。口、ゆすいできていいよ」
「……これで、幻滅させようって?」
手で口元を拭いながら、僕はその場を動かなかった。
「駄目だよそんなんじゃ。わざわざスウェット姿のマイルドヤンキーみたいな格好をしている同級生に、恐れ知らずに声かけるような男なんだから。逆にもっと好きになる」
「……なんで、そんな私にこだわるの」
「正直に言って、責任を感じているところもある。僕のせいで、君の人生が変わってしまったんじゃないかっていう思いが。さっきの言葉からして、森さんも本当はそう思ってるんじゃないの」
「……違う。そんなのはただの仮の話。だって、あなた以外にも合格者は沢山いる。誰か一人のせい、なんて思ってない」
「仮の話かどうかじゃない。それを信じるかどうかだよ」
僕は立ち上がった。
「僕は、森さんの人生を変えてしまった。森さんは、僕に人生を変えられてしまった。僕は森さんにその罪を償わなきゃいけないし、森さんは自分で人生を取り戻さなきゃいけない。そう思うんだ」
「……ずいぶん、勝手なことを言うけど。私は別に、そうは思ってない」
「……今そう思ってるかどうかも、知ったことじゃないんだ」
「え?」
「これから、僕と一緒に、こういう風に思ってくれるかどうかを聞きたいんだ」
彼女の顔を見る。気がつけば日がだいぶ落ちてきて、薄暗い部屋の中、窓からさす夕日が彼女の顔をほのかに照らしていた。
「まやかしだって、信じれば現実になる。だったら、少しでも面白くて前途が明るいまやかしを信じたほうが良い。僕は、そんなまやかしを森さんに提案したい。森さんといっしょに、同じまやかしの世界を生きていきたいんだ」
途切れる会話。受付の事務処理の音、体育館の床と靴が擦れる音、図書室の本をめくる音、その全てが遠く、しかし粒のように際立って聞こえた。
「……細かくは、どんな筋書きなの」
小さく、つぶやくような声で、彼女がそういった。
「二人でこれから勉強する。勉強から逃げずに向き合う。君は高認試験を来年11月に取って、そのまま共通試験を受けて、2月末に東大を受けて合格する。もしどちらかが落ちたら、ふたりとも浪人してもう一回受ける」
「嘘でしょ。二人で合格するまで入れないってこと?」
「片方が落ちて、片方が受かる。そんなトラウマを克服するためには、そうするしか無い」
「じゃあ、また私だけ落ちて、西野くんが受かっても」
「僕は辞退するよ。代わりに、森さんだけ受かった場合でも、辞退して貰うけどね」
しばらくの無言。だが今度は、
「……っ、ふふ、くく、あはは!」
そう言って、笑ってくれた。
「どう? 毎日同じような面々と、本屋も塾も開いてない時間に遊ぶよりは、刺激的じゃないかな」
「うん……絶対に、そっちの方が面白い」
そういいながら、つうっと彼女の頬に涙が流れる。
「ああ、せっかくさっき洗ったのに」
「いいの。なんだかこれは、拭かないほうがいい涙だと思う」
そう言って、彼女は僕の手を握った。
地元の駅に居たスウェット姿のマイルドヤンキー少女をよく見たら、中学時代の成績優秀な同級生だった 及川盛男 @oimori
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