第52話 カリスタ・ノースレイル ―別視点―
遡ること、二週間程前。
ノースレイル王国の第一王女であるカリスタ・ノースレイルの寝室の扉が激しく叩かれた。
時間はそろそろ夜が明けようという頃だ。
ただでさえ朝の弱いカリスタが不機嫌さを隠そうともせずに返事をする。
「こんな時間に何事ですか!」
窓から見上げた空はまだ暗い。
そのことが彼女をさらに不機嫌にさせた。
不機嫌さを敏感に感じ取ったカリスタ付き侍女が震える声で伝える。
「殿下、警備隊の者が至急お目通りをしたいと申しております」
「こんな時間にですか?」
「いまは一階のホールでお待ち頂いておりますが、如何いたしましょう?」
侍女が詳しい内容を聞いているとも思えなかったし、いくらカリスタ付きの侍女とはいえ警備隊の者が用件を伝えるとも考えられない。
カリスタが大きなため息を吐いて答える。
「一階の応接室へ通すように別の者に言伝なさい。お前が戻り次第着替えをします」
「承知いたしました」
侍女が誰かを呼び寄せる声が聞こえ、ほどなく彼女ともう一人の侍女がカリスタの寝室へと入ってきた。
◇
応接室の扉が開かれ着替えを済ませたカリスタが姿を現した。
扉が開かれる前から直立不動のまま応接室で待っていた警備の兵士が敬礼をする。
カリスタは「挨拶はいいわ」と言いながら長椅子に腰掛けると兵士に厳しい視線を向けた。
「こんな時間に一体何ごとですか?」
「は! 召喚した勇者が逃亡を図りました」
「何ですって」
初日に逃亡を許したのは油断があった。
まさか隷属紋を刻む前に魅了のスキルを使われるとは予想すらしていなかったことである。
しかし、他の勇者たちは全員隷属紋を刻んでいたし、彼女自身の目で全員の隷属紋を確認もしている。
その証左として誰一人逃げようとする勇者はいなかった。
「召喚した勇者が逃亡を図りました」
「同じことを繰り返すな! 状況を説明しないさ!」
カリスタが柳眉を逆立てた。
兵士は「申し訳ありません」と謝罪をして現状の報告を始める。
「召喚した勇者、二十二名が姿を消しました」
どのような手段を使って逃亡したのかなど未だに掴めていないことが多いが、それでも城内及び城下に捜索の手を広げていることと説明をした。
「は? 全員だと? お前は何を言っているんだ?」
カリスタの取り繕った穏やかな口調が消えた。
「本当です。もし、お疑いでしたら勇者たちを軟禁してあった別棟へご足労頂けましたら」
「ふざけるな!」
兵士の言葉はカリスタの怒声と彼女が投げつけたコップによって中断された。
カリスタが兵士に言う。
「隷属紋はどうした? どうやって無効化したのだ? いや、そもそも無効化出来る者がこの国に何人いると思っている!」
「教皇様とアストリー大司教様のお二人でございます」
「誰もそんなことは聞いていない!」
そのとき扉の外のざわつきがカリスタの耳に入った。
彼女が侍女を呼びつけて言う。
「扉の外がうるさいから黙らせてきなさい」
「畏まりました」
侍女が扉へと向かって歩き出したそのとき、扉が勢いよく開かれた。
飛び込んできたのは一人の若い兵士。
兵士の侵入を許した侍女が慌てて兵士に追いすがる。
「申し訳ございません殿下。この者が無理矢理」
「いまはそれどころではない!」
「無礼者!」
「緊急のことゆえお許しを」
駆け込んだ来た兵士はそう言うと、カリスタに向かって敬礼をした。
勇者の管理責任者である彼女の立場を考えれば、即座に有効な指示を出す必要がある。
しかし、召喚した勇者が全員逃亡したという報告を受けてカリスタの頭のなかは真っ白になっていた。
そんなときに目の前の兵士が飛び込んできてくれたことは彼女に取って救いとなった。
内心で安堵しながらも厳しい口調で兵士に促す。
「くだらないことであったらただではすまないと心得よ!」
「城内の国庫と宝物庫が何者かに破られ、中身を全て奪われました」
「お前は何を言っているんだ……?」
彼女の口元が不自然に綻んだ。
「王城の国庫にあった貨幣、証文、権利書などが全てなくなっております。同様に宝物庫の中身も根こそぎ消えてしまいました」
国庫には国家予算――、各地から徴収した税金だけでなく王家の資産も入っていた。
宝物庫に至っては基本、全て王家の所有物となる。
それが全てなくなったと言われたのだ。
カリスタが兵士の言葉を信じられなくとも誰も責められないだろう。
「誰が? どうやって……?」
「前後の状況から考えますと、逃亡した勇者たちが持ちだしたと考えるのが妥当かと愚考いたします」
「なぜだ……、何がどうなっている!」
「詳細は現在調べている最中でございます。なにぶん、発見してからまだ時間が経っておりません」
「国庫へ向かう! 国庫を確認したら宝物庫だ!」
カリスタのヒステリックな声が響く。
勇者逃亡の報告に来た兵士を無視して、国庫と宝物庫が空になったことを知らせに飛び込んできた兵士に一緒に来るように、と怒鳴りつけた。
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