第46話 思惑の違い
「さて、それじゃあ、いまから一時間後に脱出する」
全員が伊織の用意した日本製の腕時計の時間を合わせた。
各自が自分の部屋へと戻っていくのを見ながら伊織が呆れたように言う。
「それにしても随分と自由に動き回れるんだな」
「隷属紋があるからだろ。この建屋にいる限りとやかくは言われたことがないな」
陽介の言葉に、そんなものか、と納得する。
ほとんどの者が自室へと戻ったが、陽介をと結城、大内、瑞希、その他にも五名の生徒が残った。
彼らの雰囲気から何かを察した伊織が聞く。
「何かまだあるのか?」
「実は相談があるんだ」
大内はそう言って陽介のことを見た。
陽介は肩を竦めて話し出す。
「今日の昼間、脱出計画の話をしているときに持ち上がった案なんだが、この城の国庫と宝物庫から現金とお宝を持ち出せないか? って話になったんだ」
「正気か……?」
「そう思うよな」
思わず聞き返した伊織に陽介が苦笑しながら言った。
視線を逸らす陽介に変わって瑞希と大内が言う。
「何れやり返すにしても、やられぱなしで逃げ出すのもシャクにじゃない?」
「どうやったら一泡吹かせられるか考えた末の結論なんだ」
「とても熟考したとは思えない結論だな」
「最上! お前、自分の立場が優位にあるからってその言い方はないだろ?」
男子生徒の一人が気色ばんだ。
元々、伊織とは相性の良くなかったがこの状況でなお自分に反発してくるのか伊織も呆れた。
しかし、呆れていることを悟られないよう話をする。
「国庫や宝物庫の警備がどの程度だと思っているんだ? 仮に上手いこと盗み出せたとしてもどうやって
現金にしてもそれだけ大量の金貨や銀貨が盗み出されればたちまち周辺諸国に知れ渡る。
派手に使えば足も着く。
まして、宝物庫にある宝飾品を売り捌けば現金以上に追跡が容易だ。
陽介に圧を加えていた大内と瑞希も、伊織の説明に黙り込んでしまった。
しかし、それでも引かない者もいる。
小坂省吾が反駁する。
「最上の言うことも分かるが、現金を派手に使わなければそう簡単に足なんてつかない。宝飾品だって裏ルートに流せばそうそう足が着くものじゃないだろ?」
奪った現金と宝飾品を売り捌いた金で異世界を満喫するつもりだった小坂からすると、それを覆そうとする伊織の発言は容易に認められるものではなかった。
小坂の思惑は伊織だけでなく、その場にいた生徒たちにも直ぐに察せられた。
「本当にそんなことが出来ると思うか?」
伊織は小坂省吾ではなく、自分の説明を理解した大内と瑞希に向けて言った。
伊織と説明に納得したことと、小坂の見え透いた態度に嫌気がさした大内があっさりと白旗を揚げる。
「過去の犯罪者はそうやって捕まっているんだと思うよ」
すまなかった、調子に乗っていたようだ、と謝罪した。
瑞希も同様で、小坂省吾を一睨みして言う。
「裏ルートなんてあたしたちは知らないでしょう? 現金だって手元にあれば使ってしまうと思うわ」
「だからって、何でもかんでも最上の言いなりかよ!」
「省吾、止めろ」
小坂省吾と仲の良い
自分たちを主導していた大内と瑞希が降参をしたことと相まって小坂省吾が舌打ちをして意見を引っ込める。
この間、伊織は本型のデバイスでアルマに確認をしていた。
確認したのは、国庫と宝物庫の警備の状況となかにある現金と宝飾品を盗み出せるかである。
アルマからの返信には「問題ありません」と表示されていた。
「国庫と宝物庫から現金と宝飾品を盗み出すのには手を貸す。しかし、それを自由にさせるとこっちまで危険が及ぶ可能性があるから、お前たちの自由にさせるわけにはいかない」
「盗み出した現金と宝飾品はお前のものかよ」
他の者たちが「それで良い」と感謝するなか、小坂省吾が不満げに言った。
「金貨は陽介に預けるが、日本への帰還組が帰るまでは手を付けないでおいてくれ、陽介はそれでいいか?」
金貨を預かるということは他の生徒たちからの金の無心が予想される。
それを断ることが出来るかを含めて確認した。
「何で陽介なんだよ」
自分の友人だからだろ、と言いたげな表情で小坂が言った。
予想していた反応に伊織は内心で呆れながら説明をする。
「簡単だ。陽介はアイテムボックスのスキルを持っている。その中に収納してしまえば陽介以外が取り出すことが出来ないからだ。さらに、身体能力と魔法のスキルも頭一つ抜けている。他のヤツが力尽くで陽介から金貨を奪うことも難しいからだ」
「自分でも適任だと思うよ」
と陽介。
「宝飾品については周辺諸国に適当に廃棄する」
何人かの生徒から「もったいない」と声が上がるが、伊織は取り合わずに話を進める。
「高価な宝飾品だ。廃棄すれば拾って売るヤツが出てくるだろう。そうなればそっちを追いかけるからこちらの足取りを掴むまでに時間が稼げる」
「賛成だ」
「合理的だと思うわ」
大内と瑞希が即座に賛同した。
「いまの方針で反対する者がいなければ早速国庫と宝物庫に向かおうか」
誰も反対をする者はいなかった。
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