第45話 もう、いい加減にしてくれ

「もう一つ質問してもいいかな?」


 男子生徒の一人が小さく挙手をした。


「いいぞ」


「質問っていうか、確認なんだけど……。もし、こっちの世界で一年間過ごしてから日本に帰ったとしたら、一年間の記憶が無い状態でいまから一年後の日本に帰ることになるのか?」


「そうなるな」


 一年間行方不明だった生徒がその間の記憶を持たない状態で突然現れる。

 大事件なのは間違いなかった。


 大事件だが本人は何も分からない状態でマスコミや周囲の目にさらされる。

 行方不明となる期間が短い方が傷口が小さいのは明らかだった。


 魔法が使える異世界の生活に飽きたり、困ったりしたら日本に帰る。

 そんな甘い考えは彼らの中から消えていた。


「俺はこっちの世界に残る」


 静まりかえるなかで陽介の声が響いた。

 続いて意思を示したのは大内。


「俺も残らせて貰う。日本で普通に生活するよりも面白そうじゃないか」


「ねえ、あたしも質問しても良いかしら?」


 理知的な雰囲気の女生徒が言った。


 自分の人生を左右するのだから納得するまで質問をして貰っても良いと思う。

 しかし、その反面で時間も気にしていた。


「もちろんだ。だが時間は限られているからそのつもりでいてくれ」


「化粧水とかいろいろ欲しいものはあるけど、それらを自分たちで作れる? もしくは最上君経由で購入することは出来るのかしら?」


 理知的な女生徒――、高山瑞希たかやまみずきが聞いた。


 俺は自分で答える代わりにアルマを振り返った。

 アルマがうなずいて答える。


「製法が明確であれば作れるでしょう。ですが、その知識がありますか? 後継者様経由で日本の製品を購入できるかとのことですが、そちらを許容することは出来ません」


「錬金術を持っていたら?」


「瑞希は簡単そうに言うけど、そう簡単に作れるの?」


 彼女の隣にいた女生徒が不安そうに聞いた。


「あたしは錬金術のスキルがあるから出来ると思うけど?」


 二人の視線が伊織へと向く。

 しかし、答えたのはアルマだった。


「ある程度の修練は必要でしょう。まったく同じ製品を作ることは無理でも似たような効果のあるものなら作れると思います」


 その後も幾つもの質問が飛び交う。

 質問の受け答えをしているだけであっという間に一時間が経過していた。


 類似の質問が繰り返されたタイミングで伊織が言う。


「そろそろ良いだろ? ここにいない人たちだって質問はあるだろうからそろそろ決断を聞かせてくれないか?」


 伊織は既にこの部屋にいる全員の隷属紋を解除したこと。

 それがバレれば秘密裏に脱出することが出来なくなることを念を押すように伝えた。


「俺は残る! 残りたい者は手を挙げてくれ」


 大内の言葉に続いてほとんどの生徒が手を挙げた。

 挙手をしていないのは女生徒二人だけである。


 元々この部屋には、日本へ帰らずにこちらの世界に残りたいという意思のあった者たちが集まっていたので、挙手をした人数の多さに不思議はなかった。


「分かった。それじゃあ、残りの人たちに会って話をしようか」


「質問が飛び交うんじゃないのかな?」


 結城が不安そうに言ったが、伊織は残りの生徒たちに時間をかけるつもりはなかった。


「ここにいないヤツらは日本へ帰りたいんだろ? だったら質問を受け付ける必要もないから早いさ」


「それはどうかな……」


 陽介の含むところのあるような言葉に続いて瑞希も不安げに言う。


「そうね……。一人一人回るんじゃなくて残りの人たちもまとめて話をした方が良いかもしれないわね」


「記憶がなくなるってことを知ったら、聞いてない、とか言い出しそうだしな」


「それもあるけど、仲のいい子同士で相談したいとか言いそう」


 伊織は二人の言葉に従って残りの生徒十人とまとめて会うことにした。


 その後、残る十人の生徒たちと話し合いをしたが、陽介と瑞希が懸念していた通りとなった。

 この世界での記憶を失うことに忌避感を持つ者や他の生徒同士で相談するなどまだマシな方で、日本に帰ってからも魔法が使えると思い込んでいた者たちがほとんどだった。


 そして、記憶をいじることと魔法が使える状態で日本に帰せ、と当たり前のことのように伊織に訴える。


「俺たちは被害者なんだから日本に帰ってから少しくらいいい目をみても良いはずだ」


「こっちの残るんだったら最上君の伝手で日本の商品を融通して貰えないかな?」


 概ねはこの二つの要望に大別された。

 記憶と魔法はそのままに日本に帰ってから魔法を使って、他の人たちよりも優位に生活をしたいと考える者と、日本の快適さをこちらの世界に持ち込みたいと願う者。


 どちらも気持ちは理解できたが、実現できるかは別問題だった。


「俺にも出来ることと出来ないことがあるんだ。いい加減にしてくれ。あまり我がままを言うようなら脱出計画から外すぞ」


 統制がとれない以上、足を引っ張る懸念があることが理由だと伝えると不満を当然の権利のように振りかざしていた者たちも大人しくなった。


「日本に帰れるのは二、三ヶ月さきなんだろ? だったら、その間はお試し期間ってことでどうだろう?」


「お試し期間?」


「そう、日本に帰るときに改めてこっちの世界に残るか日本に帰るか決めたいんだ」


「そうだな! こんなこといま言われて直ぐに決められることじゃないよな」


「なあ、最上。頼むよ」


 優柔不断の集団が声を上げだした。

 それを瑞希が沈める。


「騒ぐと衛兵が来るわよ。そうなったらあなたたちを置いて逃げることになるけどいいの?」


 伊織がため息交じりに言う。


「分かった。日本に帰るかこちらの世界に残るかは日本に帰る準備が出来た段階で改めて決めるとしよう」


 小さな歓声が上がる。

 それをジェスチャーで制して伊織が言う。


「ただし、こちの世界にいる間に問題を起こしたり俺に迷惑をかけたりするようなことがあったら、その後は一切関知しないからな」


「分かった」


「絶対に迷惑はかけないから安心して」


 二人の言葉に他の生徒たちもうなずく。


 伊織はダンジョンマスター業務の傍らクラスメートの生活と安全の面倒をみるのか、とため息を吐いた。

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