第43話 勇者召喚の真実

 伊織と陽介は互いにこの異世界に来た経緯とこれまでのことを語り合った。


「この国は腐っているな!」


「志乃さんが複数の異世界を股にかける大企業の社長でお前が後継者だったとはな……」


 陽介たちの境遇とそれを強いたこの国の上層部に対して怒りの感情を隠そうともしない伊織とは対照的に、伊織の境遇にただただ驚く陽介。


「俺のことよりも陽介たちだよ。皆を何とかしないとな」


「先ほどご友人にしたように、皆さんの隷属紋を消して回っては如何でしょう?」


「これからか?」


 時間的にはまだ午前一時を回ったばかりだった。

 残り二十一人。


 一人十分間として三時間半。

 説得しながらだとしても不可能な時間と人数ではなかった。


 しかし、逃走時間を考えると厳しいように思える。

 何よりも事前の心構えも逃走の準備もしていない。


「隷属の紋章を消すだけならともかく、逃走するとなると日を改めた方がいいように思えるが……。陽介はどう思う?」


「逃走するにしてもこの国に残るにしても、事前に皆と意見をすりあわせた方がいいと思う」


「おいおい、この国に残りたいヤツなんているのか?」


 自分たちを奴隷とし、戦争の道具として利用しようという連中の下に残るなど伊織には想像も出来なかった。


「俺はこのまま残ろうかと思っている」


「はあ? お前気は確かか?」


 伊織の剣幕に陽介が慌てて言う。


「落ち着いてくれよ。いまから説明をするから」


「で、どんなバカな言い訳が聞けるんだ?」


 陽介は伊織の反応に苦笑して話を始める。


「まず、俺たちは――、召喚された者は全員、この国の上層部に恨みを持っている。特に王家と神殿に対してだ。それこそ殺してやりたいと思うほどに憎んでいる」


 それは当然だろう、と伊織がうなずく。

 勇者召喚とは名ばかりで、召喚された途端奴隷にされて戦争のための道具として日々血反吐を吐くような訓練を強制されているのだ。


「連中はなぜ俺たちに隷属紋を刻んだと思う?」


「命令に従わせるためだろ?」


 陽介が静かに首を振って言う。


「俺たちが怖いからだ。俺たち異世界人が持つ強力な魔法やスキルが恐ろしくて堪らないんだ。だから隷属紋を刻んで自分たちの言いなりにさせている」


 そこへ隷属紋を消せる伊織が現れた、と陽介が意味ありげな笑みを浮かべた。


「まさかお前……反乱」


「そう、反乱を起こして王家と神殿のヤツらを俺たちの奴隷にしてこの国を乗っ取ってやろうかと思っている」


 伊織のさらに上を行く考えを陽介が口にした。

 無言でいる伊織に陽介が言う。


「まだ他の生徒たちの考えを聞いていないから何とも言えないけど、結構な人数――、半分くらは賛同してくれるんじゃないかな?」


「元の世界に帰るよりもそっちが優先ってことか?」


「元の世界に帰りたくなったら伊織が帰してくれるんだろ?」


「俺の力じゃなくて祖母ちゃんの力だけどな」


 直ぐには無理だが志乃の力を借りて何れは元の世界に帰れることは伝えてあった。


「元の世界に帰れる保証があるんだ。だったら、好き放題やってから帰るのもありだろ?」


 陽介がさらに続ける。


「やられた以上のことをやり返して溜飲を下げたいと思うのは俺だけじゃないはずだ。それに国を乗っ取れば、文字通り一国一城の主だ。こんなチャンス、男としては見逃せないと思わないか?」


「勇者が強いのは分かったが、この世界にはまだまだ上がいるってことを理解しておいてくれよ。やり過ぎは身を滅ぼすぞ」


「伊織が俺たち以上の存在だってことは理解しているつもりだ。多分、束になっても敵わないんだろうな」


「まあ、俺のことは置いておくとして、今日のところは一旦引き上げて明日の夜にでもまたくるよ」


 それまでに一緒に召喚された生徒たちと準備を進めておいて欲しいと告げた。


「任せておけ! 一気に未来が拓けた気がするよ」


 上機嫌の陽介に、ところで、と伊織が話題を変える。


「俺が拠点としている都市は隣の国なんだが、そこで高萩にあった」


 伊織は高萩から勇者召喚のことと皆がここにいることを聞いたことを話した。


「あいつ、生きていたのか!」


「ピンピンしていたぜ」


 陽介が言うには召喚された翌日に行方不明になっていた。

 殺されたのではないかと陽介も高萩のことを心配していただけに無事の知らせを聞いて安堵する。


「元気なら良かった」


「一応、伝えておくが、あいつは魅了のスキルを持っていた。そのスキルを使って奴隷紋を刻まれるのを免れたんだと思う」


「なるほど、魅了か。直ぐにスキルを使いこなすとか高萩も凄いな」


 感心する陽介に伊織は何とも言えない思いで言う。


「その魅了スキルを俺と、俺の秘書であるアルマに無断で使ったんだ……」


 自分たち二人を奴隷のように言いなりにしようとしたのだと言う。


「あの野郎!」


「実害はかなったよ」


 伊織とアルマは魔力量が尋常じゃないので勇者の魅了スキルでもどうすることもできなかった。

 

「一言ガツンといってやらないとな」


 憤る陽介に言う。


「おいおい、逆に魅了されちまうぞ」


「え? 二人とも大丈夫だったんだろ?」


「俺たちはな……」


「そうか、そういうことか」


 自分たちよりも強力な存在であることを改めて実感した。


「安心しろ、魅了にかからないためのアイテムを用意したからそれを渡しておくよ」


 伊織が指輪を出した。


「何でもありだな……心強い後ろ盾を得たと思っていいか?」


「そう思って貰えると嬉しいよ」


 伊織と陽介が互いに笑みを浮かべた。

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