第15話 森に魔物を捕まえに行こう

「いーやー!」


 森のなかに絹を裂くような悲鳴が響き渡った。

 アルマである。


「いやー、いやー! もう、いやぁぁぁー!」


 泣きながら全速力で走る彼女の背後から十数匹のゴブリンが追いかけていた。


 必死に逃げるアルマ。

 追うゴブリンの目は弱った獲物を追い詰めた獣のそれである。


 アルマの走る先では伊織がランチャーのようなものを構えて待ち構えていた。

 ターゲットはアルマが誘導してきたゴブリン。


「よーし、いいぞ。そのままこっちへ誘導だ」


「後継者様ー! 早く、早く、撃ってぇぇぇー!」


「ファイヤー!」


 アルマの悲鳴が轟くなかかけ声とともにランチャーの引き金を引いた。

 ロケット弾が飛び出す。


 空中で弾けて捕獲用のネットが大きく広がった。


「ナイスです!」


「あれ……?」


 アルマの安堵と喜びに満ちた声と伊織の不安と疑問を含んだ声が重なる。


「ハズレた!」


「どこに撃っているんですかー!」


 安堵と喜びが霧散し、悲痛な声が轟いた。

 捕獲用のネットはゴブリンの遙か後方に広がって樹木に引っかかる。


「なかなか難しいな」


 ぶっつけ本番。

 一度の試射もすることなく説明書を読んだだけでの実戦投入である。

 狙い通りに撃てると思う方がどうかしていた。


「しかし、問題はない。こんなこともあろうかと対策はしてある」


 伊織の口元が綻んだ。


「いやー、臭いのが迫ってくるー!」


「アルマ、もう少しだ、頑張れ!」


 切羽詰まったアルマの声とどこか余裕のある伊織。

 ランチャーに小型ミサイルを装填し直した伊織が言う。


「飛べ! アルマ!」


「わはははははー! 下等生物ども、己の知性の低さをのろうがいい!」


 アルマが高笑いと共に幅跳びの要領でジャンプした。


 低くないか……?

 空中を舞う彼女の姿をみた瞬間、伊織の頭のなかに浮かんだ言葉がそれである。


「フミャ!」


 着地と同時にアルマの姿が消え、替わりに地面に大穴が現れる。

 そう、伊織の余裕とアルマの高笑いの理由がこれだった。


 人類最古の罠、落とし穴である。


「アルマ! 無事か!」


「後継者様ー、お尻が痛いですー」


 伊織がアルマの落ちた落とし穴に向かって走り出すのと同時に、穴のなかから彼女の無事を知らせる声が聞こえた。


「ギャギャ」


「キー、キー」


 落とし穴に落ちることを免れたゴブリンたちが穴のなかをのぞき込んで笑いだす。

 完全にアルマを見下した笑いだ。

 

「笑うなー」


 プライドを踏みにじられたアルマの声と同時に、穴のなかから撃ち出された何発ものミサイルが乱れ飛ぶ。


 捕獲用のミサイルだと思った伊織だったが、次の瞬間それが間違いだったことに気付く。

 ゴブリンたちの間に着弾したミサイルが爆発音と爆風をまき散らす。

 

 続いて上がる火柱。

 二種類のミサイルを撃ち込んだようである。


 殺傷力は十分だった。

 いや、オーバーキルだ。


 火柱と爆発の衝撃による土煙が収まるとゴブリンだったものがそこかしこに散らばっていた。

 なかには焼け焦げたものもある。


 肉が焼ける嫌な臭いが風下にいた伊織の鼻腔を刺激した。


「戦場ってこんな何だろうか……」


 目の前の惨状に吐き気を覚える。

 しかし、アルマの無事の確認と救出が先だ、と自身に言い聞かせてそれを堪えた。


「アルマ、怪我はないか?」


「あたしよりもゴブリンです、ゴブリンはまだ残ってますか!?」


「いや、全滅した」


「よかったー」


 落とし穴のなかから安堵する声が聞こえた。

 その声に伊織も安心する。


「怪我はないか?」


「かすり傷程度なので大丈夫です」


 のぞき込むと光魔法を使って傷の手当てをしているところだった。

 

 ◇


 落とし穴から救出したアルマと一緒にゴブリンだったものを前に手引書をのぞき込む。


「こうなっては使えないよなー」


「ここまでバラバラだとゴブリンゾンビとしても難しいでしょうね」


「死んでからも働かせるのか……」


 ブラックだな、と思う伊織に手引書に目をとしていたアルマが言う。


「アンデッド系は食費の必要がない魔物も多いですし、疲れ知らずで働き続けるので人気があるみたいですよ」


「アンデッド系か……。少なくとも白い砂漠やのどかな森と泉には似合わないな」


「やっぱりお墓ですかね」


「妥協しても第一階層に配置するくらいだろ」


 伊織はそう言うと、地面に向かって土魔法を使用した。


 落とし穴の地面が隆起して穴が塞がる。

 続いて、ゴブリンたちの肉片が散らばった辺りの地面が波打ちだした。


「わー、すっかり使いこなしてますね」


 さすが後継者様です、とアルマが感心する横で作業を続ける。

 波打ち地面が肉片を飲み込んで行く。


 五分後にはゴブリンの肉片は跡形もなく消え、そこには耕された畑のような柔らかな地面が広がっていた。


「さて、ランチャーの網を回収に行こうか」


「はーい」


 樹木に引っかかった網の中に何匹もの虫がいた。

 それを見たアルマが嫌そうな反応をする。


「うわっ、虫の魔物じゃないですか」


「これも魔物なのか?」


「弱いですけど魔物は魔物ですね。微量ですが魔力を持っていますし、魔石も採取できます」


 手引書にあった写真の一枚をコントールパネルに表示して、「クズみたいな魔石です」とゴマ粒ほどの魔石の写真を見せた。


「魔石は魔道具作成に使われるんだよな?」


 魔道具は魔石や魔物の素材をつかって作成された魔力を使って利用する道具の総称である。

 主要製品の一つでもあった。


「これだけ小さいとさすがに数を集めても使いものになりません」


「虫なら森の階層に棲まわせるというのもありだろ?」


 魔石は使いものにならなくてもダンジョンに棲まわせて日々魔力を集める。

 一匹一匹は微々たる量だとしても、小さな虫なら何万匹と棲まわせることが出来る。


 数が揃えば決してバカにならない量の魔力を集められると考えた。

 しかし、アルマがもの凄い勢いで反対する。


「反対です! 絶っ対に反対です! 何万匹もの虫が徘徊する職場とか、働く環境として問題があると思います!」


 アルマが虫を嫌いなのは分かった。

 反対する気持ちも理解できる。


「分かった、それじゃ虫系の魔物は不採用の方向で考えよう」


「さすが後継者様です!」


 理解のある上司で幸せです、とはしゃぐアルマにコントロールパネルの映像を見せた。

 そこに映っていたのはゴブリンの集落。


 監視衛星からのリアルタイム映像であった。


「ここから一キロくらい離れたところだ」


「集落からおびき出すのはリスクがありませんか?」


 先ほど罠へと誘導したゴブリンは狩猟中のグループだった。


 集落となれば戦力も数も違う。

 何よりも向こうに地の利がある。


「風上から強力な睡眠薬を散布して眠らせよう」


 自信たっぷりの伊織にアルマが探るように聞く。


「囮はなし?」


「囮はなしだ」


「やりましょう!」


 こうして第二次ゴブリン捕獲作戦が決まったのだった。

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