第13話 階層追加

「来た……」


「来ましたか……」


 古民家の広間に伊織とアルマの緊張した声が流れた。

 二人視線が伊織のコントロールパネルに注がれる。


 そこには志乃からの新着メッセージが入ったことを知らせるマークが表示されていた。


 メッセージのタイトルは『Re.魔力収集装置の台数とダンジョンコアの個数についての確認』。

 つい、数分前に伊織から志乃に宛てたメッセージに対する返信である。

 

「開けるぞ……」


 伊織の指が新着メッセージのアイコンへと伸びるのをアルマが固唾を飲んで見守る。

 他のメッセージと同様、溜めもなければ特別な演出もなく開く。


『愛しい孫の伊織へ


 魔力収集装置の台数が多いのは操作に不慣れな二人が操作ミスをしても大丈夫なように二重三重のバックアップだと理解してください。

 ダンジョンコアも同様の理由から魔力収集装置と同数を揃えました。

 また、不安に思っていたノルマもありません。

 ダンジョンコアは魔力が溜まったら転送する、という程度で気楽に考えてください。

 伊織には自由にのびのびとダンジョンマスターをして貰えればと考えています。


 追記

 三百や四百の失敗をしても誰からも文句は言わせないから安心しなさい。


 優しいお祖母ちゃんより』


 メッセージを読んだ二人が顔を見合わせた。


「良かったな、アルマ。なんか自由にやっていいって書いてあるぞ」


「……お孫さんなんですねー」


 安堵する伊織の傍らでアルマがしみじみと言った。


「言いたいことは分かる。俺もここまで甘やかされると少し怖いくらいだ」


「ですよねー。あたしも少し怖いと感じました」


 しばしの沈黙のあと、二人同時に言葉を発した。


「仕事、頑張るか」


「お仕事、頑張りましょう」


 ◇

 

 伊織が志乃が書いた『優しいダンジョン創造 ~初心者でもできる手引書~』を開きながら聞く。


「それで、普通はこのあと何をするんだ?」


 志乃の手引書には従うが、情報として普通のダンジョンマスターが次に何をするのかを知りたいと伝えた。


「ちょっと待ってください。確か簡単な流れが書いた資料があったはずです」


 アルマが入社前に行われた研修時の資料を次々と流し読む。

 資料が見つかるまでと、手引書に視線を移した瞬間アルマが声を上げた。


「あった、ありました!」


「で、次は何をするんだ?」


「えーとですね……、オペレーションエリア構築後は階層に魔物を配置する、とありますね」


「そこら辺は祖母ちゃんの手引書と同じだな。ただ、こっちだと練習を兼ねて三階層構築するようにあるぞ。各階層への魔物の配置はその後だ」


「階層構築のところ、まだ何か書いてありますね」


 志乃の手引書を覗き見たアルマが、研修時の資料との情報量の差に驚く。


「なになに、『階層毎に景観や雰囲気を変えてみるのもいいでしょう』ってあるけど、これってどうやるんだ?」


 疑問に思いながら次ページへ進むと、さらに詳しい説明が書かれていた。


「懇切丁寧ですね……」


「なるほど、イメージするだけでいいのか」


 参考資料として数多の異世界の建物や町並みの画像が幾つも格納されている。

 次々と画像を見ながら難しい顔をする伊織にアルマが何か問題でもあるのかと尋ねた。


「どれもピンとこないんだよなー」


「あとで作りなおせますから、後継者様の故郷をイメージしてもいいと思いますよ。仮に生活するのに過酷な階層が出来たとしても、あたしたちが住むわけじゃないので気楽に行きましょう」


「よし! 第二階層を構築するぞ」


 アルマの言葉に背を押された伊織が、第一階層を構築したときと同じように右手を前に突き出して階層をイメージする。

 しかし、第一階層のときとは違い地鳴りもしなければ地面も揺れなかった。


「終わりですか?」


「終わったはずだ」


「地震、起きませんでしたね」


 拍子抜けした二人が顔を見合わせる。

 伊織は不安な気持ちを抑えてオペレーションエリアをでてダンジョンに戻ってみようと提案した。


 ダンジョンの第一階層に戻った二人は、そのまま第二階層へと続く階段へと向かう。


「後継者様ー。それで、第二階層はどんなのを造ったんですかー?」


 甘えた声をだすアルマに伊織の口元が自然とほころぶ。


「ふふふふ。階段を下りてのお楽しみだ」


「じらさないで教えてくださいよー」


 なおもせがむ彼女に伊織が前方を指さして言う。


「ほら、階段が見えたぞ」


「階段は第一階層に合わせて石造りなんですね」


 キョロキョロと辺りを観察しながら階段を下りていると階下に第二階層の床が見えてきた。


「白い砂? え、海岸?」


 階段の先に見えた階層の床をみてアルマが不思議そうにつぶやいた。

 伊織は無言で先へと進む。


 アルマも伊織に続いて白い砂の上に立った。


「これが第二階層……」


 言葉を失ったアルマの視界にはサンサンと照りつける陽光とそれを反射する一面の白砂はくさが映っていた。

 白い砂漠が広がっている。


「壁が、ない?」


「壁も柱もないし、部屋もない。あるのは陽射しと白砂だ」


 唖然とするアルマに伊織が第三階層を構築することを告げる。


「さて、次だ」


 三度みたび、右手を突き出して次の階層をイメージする。


「また地震!」


 アルマが小さく悲鳴を上げて伊織に抱きついた。

 第一階層を構築したときと同様、地鳴りがし第二階層の床にあたる――、白砂が揺れる。


 伊織はアルマを抱きしめたまま、第二階層の揺れが収まるのを待った。

 揺れが収まると伊織がアルマにささやく。


「第三階層が完成したみたいだ」


 もう離れても大丈夫だ、という伊織の言葉にアルマは自分が伊織にしがみついていることに気付く。


「し、失礼しました」


「地震が怖いのか?」


 慌てて離れるアルマに伊織が聞いた。


「えーと、その……。地震が少ない都市で育ったので……」


 恥ずかしそうにしているのを気付かない振りをして先を歩く。


「じゃあ、第三階層へ下りてみようか」


 二人は白砂のなかにポッカリと現れた真っ白な階段をゆっくりと下りる。

 そこには美しい森が広がり、泉が点在していた。


「今度は森ですか」


「驚かないな」


「まあ、森の階層は珍しくありませんから」


 内心は驚いていた。

 第一階層だけでなく、第二、第三階層もアルマが学んだダンジョンの規模に比べて恐ろしく広いのだ。


 さらに連続して階層を構築するなどあり得なかった。

 ダンジョンコアの魔力を使って階層の構築をするのだが、術者であるダンジョンマスターにも相応の負担が掛かる。


 端的に言うと魔力の消費が尋常でなく激しいのだ。

 そのことを学んでいたアルマは、伊織が魔王の孫なのだと改めて戦慄を覚えていた。


 しかし、平静を装って話を進める。


「でもどうして森なんですか?」


「砂漠を抜けたところにあって嬉しいのは木陰と水だろ?」


「はあ……」 


「次は魔物の配置か……」


「どんな魔物にしますか?」


 志乃の手引書を読み進めていた伊織の表情が突然強ばった。


「ちょっと待ってくれ……。もしかしたら……、失敗したかも知れない……」


「え?」


 不安げに見詰めるアルマに伊織が言う。


「各階層に配置する魔物に合わせて階層をデザインするように、って注意書きがあるんだけど……。どうしよう……?」


「え? え? ええー!」


 静かな美しい森にアルマの驚く声がこだました。

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