第10話 ファトノバ市

 ミュラー商会の馬車隊に付いていく形で伊織たちの馬車が進む。

 丘の上を突っ切るように伸びた街道を進んでいると突然左側の視界が開け、遠くに巨大な都市が姿を現し、その向こうに海が見えた。


「後継者様、あれがファトノバ市です」


 御者席で馬車を操るアルマが本型デバイスで確認しながら左側に見えてきた都市を視線で示す。


 伊織たちは街道を進みながら都市の全景を見下ろす。

 海に面している部分以外の周囲を、二十メートルはあろうかという高く堅牢な防壁に覆われた大都市があった。


「随分と大きな都市だな……」


 想像していたよりも遙かに大きなとしだったこともあり、伊織はそれだけ言うと都市とその周辺の景色にクギ付けとなっていた。

 都市の規模も度肝を抜かれたが、都市を囲う防壁の存在にも驚かされる。


「あの防壁を作るだけでも一大事業だろ……」


「大変なことは大変ですけど、ここは魔法がある世界なので後継者様が想像するほどの一大事業ではないと思いますよー」


「魔法を使って都市を造るのか……」


 初めて目にする異世界の大都市が伊織の少年心を刺激する。

 自分でも鼓動が速まっているのが分かる。 


 アルマが本型デバイスを読みながら続ける。


「ファトノバ市はドルフハイム王国最大の都市で人口十二万人もいるそうです。で、南側が海に面し、北へ延びる大街道は大陸を縦断する交易街道の終着地となっています。あ、ちなみにドルフハイム王国の王都――、ドルフハイムの人口は十万人です」


 ファトノバ市は交易に適した立地もあって、ドルフハイム王国に留まらず大陸においても最大の都市なのだと補足した。


「凄いな……」


「さらに都市の西側には五つの国が互いににらみ合う緩衝地帯が広がっています」


 興奮の最中にいうる伊織にアルマが本型デバイスに表示された文字を読み上げた。


「その緩衝地帯が次の目的地だな」


「魔王様からのメッセージにはそう書いてあります」


 アルマだけでなく、伊織個人へ向けた志乃からのメッセージにも、『ファトノバ市でこの世界の常識を学んだらダンジョン設営予定地へ向かおうね。到着したらいよいよダンジョン造りよ♪』とお茶目な指示があった。


「それじゃ、ちゃっちゃと常識を学んでダンジョンを造りに行くか」


「賛成でーす。ダンジョンを造らないとなにも始まりませんからねー」


「だが、まずはファトノバ市で異世界観光をしよう」


「大賛成です! 観光して文化に触れましょう!」


「地元の文化を理解するのは大切だよなー」


「ですよねー」


 脳天気な二人を乗せた馬車は、ミュラー商会の隊商の最後尾をゆるゆると進むのであった。


 ◇


「イオリ君、私はこの町に十日ほど滞在する予定だ。困ったことがあったら頼ってきなさい」


 マルコが彼の滞在先を書いたメモを渡した。


(お前は俺の保護者かよ。そもそも、恩人に対して上から目線とか、幾ら年上だからって商人としてその態度はどうなんだ?)


「ありがとうございます。もしものときは頼らせて頂きます」


「お弟子さんもな」


 マルコがそれとは知らずにアルマの黒歴史を刺激した。


「もう、マルコおじ様ってばー。その呼び方は恥ずかしいからー、やめてくださいって言ったじゃないですかー」


 頬を赤らめて甘えるような口調のアルマにマルコが鼻の下を伸ばす。


「はははは、二人ともいつでも頼ってきなさい」


「そのときは後継者様ともどもよろしくお願いしまーす」


「お弟子さんだけでもいいんだよ」


(早く消えろ、エロオヤジ!)


 アルマが優秀な魔術師だと分かった途端、マルコが彼女のことを勧誘してきていた。

 それも愛人を兼ねての勧誘である。


 条件はこの世界としては破格の条件だった。

 マルコの言動から、魔術師としてのアルマを愛人として以上に高く評価しているのは確かなようだ。


 もちろん、条件など無関係にお断り案件なのだが、何度はぐらかされても一向に諦める様子がない。


「何度もお断りしたじゃないですか」


「アルマをからかうのはそれくらいでお終いにしてください」


 アルマの笑顔が強ばったのに気付いた伊織が間に入った。


「ん、ああ、そうだな」


「マルコ様、そろそろ移動しませんと」


 空気を読めないライマーがマルコに耳打ちした。


「分かっている! お前ももう少し人付き合いというものを勉強しろ」


「マルコおじ様もお忙しいようなのでー、あたしたちはここで失礼いたしまーす」


 これ幸いとアルマが愛嬌たっぷりに別れの挨拶を切りだす。

 伊織もすぐさまそれに続く。


「知識不足の俺たちに色々と教えて頂き感謝しています。このご恩はどこかで必ずお返しさせてください」


「はははは。若いのに感心だな」


 上機嫌なマルコに再びライマーが耳打ちすると、「分かっとる!」と不機嫌そうに彼を押しのけた。


(いまのうちだ)


 伊織たちはマルコとライマーの主従がやり取りをしている隙にその場をあとにした。


 少し離れたところでアルマが背後を振り返る。


「追ってはこないみたいです」


「そりゃそうか。そんなに暇でもないよな」


「そんなことよりも、馬車を預けられる宿屋を探しましょう」


 マルコのことなど既に忘れたアルマが、「早く観光をしましょう」と全身で訴える。


「立ち直り早いな」


「嫌なことは直ぐに忘れる主義なんです」


 彼女の言葉に突然笑いだす伊織に、「どうしたんですか、突然」とアルマが不思議そうに聞く。


「いや、何でもない。気にしないでくれ」


 伊織は手近な宿屋へと馬車を進めた。


 ◇


 最初に入った宿屋で即決である。


「宿泊予定は十泊。馬車の預かりと馬の世話もお願いします」


「塩は別料金ですがどうしますか?」


 宿屋の受付が馬に与える塩を買うか聞いてきた。


「塩もお願いします」 


 食堂を兼ねた宿屋の受付で手続きをしていると、背後の人たちの声が聞こえてきた。

 伊織とアルマが聞き耳を立てる。


「勇者召喚の話を聞いたか?」


「帝国が準備を進めているって話だろ」


 数ヶ月前からの噂だ、と一人が聞き流したが話題を振った方はそんな男のことを鼻で笑う。


「情報が古いな」


「もしかして、ついにやったのか?」


「あくまで噂だ……。でも、成功したらしい」


「勇者一人くらい召喚に成功したからって、情勢が変わるとは思えないがな」


「ところが、異世界から大勢の勇者を呼び寄せたらしいぜ」


「大勢……?」


「ああ、何でも三十人だかそこら呼び寄せたらしい」


「勇者が文献通りの力なら、この辺りの情勢が変わるな」


「もっと詳しい情報を仕入れるか」


「そうと決まれば、直ぐに行動だ」


 そう言うとヒソヒソと会話をしていた三人の男たちは外へと出て行った。

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