死神と呼ばれる侍の幽霊

まにゅあ

第1話

 死の図書館と呼ばれる図書館があった。

 入館した者が翌日に死んだり、死に関する本ばかりが開架かいかされていたり、死んだような空気が館内にただよっていたり――なんてことはない。その図書館に足を踏み入れた者は、十中八九ごく普通の図書館という印象を受けるだろう。

 けれど、残りの一割の者――実際にはもっと少ないかもしれないが――は、気づいてしまうかもしれない。

 えてしまうかもしれない。

 黒の眼帯がんたいをつけて腰に刀をびたさむらいが、ソファに座って本を読んでいる場違いな光景を。

 この場合の「場違い」とは、何も侍が本を読んでいることではない。戦国時代を生きた侍たちの中には本を読んでいた者もいただろう。当時は今の図書館のような立派な施設があるわけでもなく、本を手にすることのできる者が数少なかったと言えど……。

 「場違い」という言い方が分かりにくいと言うのなら、「時代にそぐわない侍がなぜ現代に?」と言い換えれば伝わるだろうか。コスプレと言ってしまえばそれまでだが、実際に視えた者にとっては、彼あるいは彼女――外見からは男か女か判別できないような中性的な容姿をしている――が、「本物の侍」であると分かってしまう。

 どう見ても、どう感じても――まがい物ではあり得ない。

 本物の侍の幽霊である。

 脳みそがそう直感してしまう。証明しろと言われればできないのだが。

 どんな本を読んでいるのかと表紙に目を向けるが、途端にタイトルも著者名もぼやけてしまってよく見えなくなる。不思議だが、これまでに彼の呼んでいる本のタイトルが視えた試しはなかった。

「気が散るからせろ」

 こちらを一瞥いちべつすることもなく、目鼻立ちの整った顔は本に向けられたままだ。

 性別について本人にたずねたことがあるのだが、「幽霊に性別など聞いてどうする」と取り付く島もなかった。名前についても同様だ。それ以来、かつて多くの侍がそうであったように、この侍は男であるとした。名前は「武蔵むさし」と呼ぶことにした。理由はない。何となくだ。呼ばれた本人も「悪くない」と言っていたので及第点ではあったのだろう。照れ隠しであったのなら、それはそれで「悪くない」。

 館内の一角の席に腰掛ける容姿端麗ようしたんれいな彼は、じっと見つめられることに耐え切れなくなったのか、本をぱたりと閉じる。

「お断りだと言っている」

 まゆをひそめた顔も絵になるほどに美しい。同性である俺もどきりとしてしまうほどである。相手は幽霊で、大抵の人たちからは見えないわけだが。

「そこを何とか頼む」と武蔵に頭を下げる。

 彼と接する俺が周りからどう見えているかと言えば、そこは上手く見えているらしい。誰もいない席に語りけて頭を下げる俺の姿は、別の自然な行動、例えば近くの本棚に手を伸ばして本を手に取る、あるいはただその場で立っているといった行動に置き換わっているようだ。そういう風に世界はできていると、この侍は言っていた。「あくまで推測だが」と彼は最後に付け加えていたが、彼と過ごした数か月で一度も周りから奇異きいな目を向けられていないことを踏まえると、彼の考えはまとていると思う。

 話がれてしまったが、この図書館が「死の図書館」と呼ばれる所以ゆえんは、この武蔵にあった。彼は死者すなわち幽霊のたましいを切ることを生業なりわいとしている幽霊で、図書館にみ着いていた。自らが現世にとどまることを引き換えに、腰に帯びた薄花色うすはないろの刀で死者の魂を切り続けていた。

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