『急がば回れ』と言われても

@integral0117

『急がば回れ』と言われても

 最近、うちの前の通りで大掛かりな工事が始まった。今なお広い歩道を更に広げようというものである。普段車に乗らない私にとっては、車道が狭くなる分には何とも思わないが、さて、工事が始まるとやはりうるさい。トラクターが通れば、窓ガラスが痺れ、ダンプカーが通れば床が揺れる。

 先日、こんなことがあった。

 昼過ぎ、私は昼食を買いに行こうと近くのスーパーへと出かけた。スーパーは前の通りを渡って、左に数分進んだところにある。

 私が横断歩道へ向かっていると向こう岸に一人の老人が見えた。信号は赤。横断歩道には交通整備のガードマンがいる。老人は電信柱についた歩行者用ボタンに気付かないのか、ずっと赤信号を待ちほうけていた。ボタンを押さねば、当然青にはならない。しびれを切らした老人は車が来ないことを確認するとこちらに向かって歩き出してしまった。

 すると、驚いたことに若いガードマンが老人を止めたのである。


「おじいさん、赤ですよ」


 私は、感心した。しかし、鬱憤がたまった老人は簡単には引き下がらなかった。小汚い老人はかすれた声でこう叫んだ。


「うっせぇんだよ」


 老人はそのまま信号を無視してどこかへ行ってしまった。ガードマンはさぞかし怯えた様子だった。

 さて、次に私が横断歩道の前に立ったことを認めると彼はこう言った。


「あ、あの今大丈夫ですよ」


 あろうことか老人を注意した彼が、私に赤信号を渡れと勧めたのだ。

 私は、笑った。心の中で。

 私は彼の言葉に従わず、あえて歩行者用ボタンを押してやることにした。



                                      了



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『急がば回れ』と言われても @integral0117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る