24. FlameBird 前編

『ダンジョン』とは、洞窟や迷宮といった、複雑な構造をした空間のこと。

 本来は、城の地下に造られた監獄かんごくのことを指す。

 ならず者や獰猛どうもうなモンスターが住み着いていることもあり、探索する場合は入念な準備を必要とする。

 様々な仕掛けを解いて進んだり、財宝が隠されていたり、一番奥にはボスが待ち構えていたりと、RPGでは欠くことの出来ない要素の一つである。

 しかし......


◇◆◇◆◇◆



「ムムム......うーむ」


 机に向かって、ひたすら問題集を頭に詰め込んで行く。

 中級ワーカー試験を目前に控え、勉強会を開くことになったのだ。


「えーっと、ダンジョンでの分岐点ぶんきてんに差し掛かった時の適切な行動を答えよ...か。こんなの好きな方に行けばいいんじゃないのか?」


「オマエなー、真面目にやんないと、一人だけ初級のまま取り残されちゃうぞ?文章を良く読めば、分かるようになってるんだから」


 さすが飛び級して学校を卒業しただけあって、プラリネは余裕みたいだ。


「んなこと言ったって、筆記試験まであると思ってなかったしなぁ。しかし、ハーディアスまで初級だったとは驚きだ。あいつはとっくに上級だと思ってたのに」


 ハーディアスは本日、虫歯の治療クエストのため出掛けている。

 当然、あいつも筆記は楽勝なのだろう。


「ハーディは、ジョブクエストのためだけにワーカーになったって言ってたからなー。高給ジョブは初級のままって人も多いのかもなー」


 そんなもんかね、高収入なジョブが羨ましい。

 まぁ中級になれば、少しは経済面も変わってくるかもしれない。

 次の問題に目を通しながら、プラリネの用意したチョコレートスティックを口にくわえる。


「お茶持ってきたよー。勉強はかどってる?」


 アイスティーをトレイに乗せ、トールが現れる。

 そういやトールも勉強は出来るほうなんだっけ。

 これはもう、俺のために開かれた勉強会だ。


「あ、タスクのチョコ美味しそう。一口ちょうだい」


「え?......お...い...」


 咥えていたチョコを、ポッキリとパクッチョされてしまった。

 人の物まで見境なく食いやがるな。

 ......ちょっとドキっとして後ろに倒れそうになってしまった。


「あわわ!オ...オマエら、やっぱりそういう...」


「ち...違うよ?あんまり美味しそうだったから、食欲が先走っただけだからね?」


 プラリネはオタオタしているが、トールの場合は本当に食い気が勝ってる気がする。


「タスク...わかるよ。その目は失礼なこと考えてる時の目だよね?」


 勘は鋭いんだよなぁ。



 "アッチャッチャ火山"


 中級ワーカーになるべく、実地試験が行われるフィールドまでやってきた。

 季節は夏だってのに、昇級クエストはこんな熱い場所で行われるのか。


「初級に引き続き、今回も我輩わがはいが監査官として同行しよう。内容は、簡単なダンジョンの調査なので、しくじることも無いだろう」


 燕尾服えんびふくを着た猫、監査官のペトルゥだ。

 今回はモンスターの討伐ではなく、調査だけか。


「中級ワーカーになると、更に難易度の高いクエストに加え、ダンジョンの探索クエストも受注できるようになるぞ。それでは 、張り切っていこう!我輩に続きたまえ」


 ペトルゥのガイドで、火山に空いた洞窟へと足を踏み入れる。


「結構しっかりした道だな。まるで人が作ったものみたいだ」


「フフン、それはそうだろうね。世界中に存在するダンジョンの約八割が『ダンジョンマイスター』と呼ばれた、謎の人物の手によるものなんだ。生涯をダンジョンに捧げた、生粋の職人だったんだろうね」


「ずいぶんと誇らしげだな。ペトルゥの知り合いなのか?」


「いやいや、我輩が生まれるずっと前からダンジョンを作っていたお方だからね。ただ我輩、ダンジョンという響きにロマンを感じずにはおれない猫なんだ」


 ダンジョンに夢追う猫か、案外ロマンチストなのかも。

 しかしさっきから、進む道には矢印があったり、先に進むためのギミックの説明が丁寧ていねいに書かれていたりと拍子抜ひょうしぬけだ。

 ダンジョンってのは普通、行く手をはばむように作られて、こちらをイラつかせたりするものと思っていたのだが。


「今日も異常は無いようだ。ここは試験の度に調査が行われるから、モンスター達も住み着つくことがないんだ」


 特に山場も無くダンジョンの最深部に到達。

 変な祭壇さいだんが置いてあるだけで、怪しい部分は無い。


「なーんだ、今回は散歩するだけで終わりかぁ。楽勝だったね、タス......お?」


「トール!!......っ!」


 壁にもたれ掛かったトールが、隠し扉に吸い込まれる。

 慌てて、手を伸ばすものの、逆に引っ張られて、巻添まきぞえを食ってしまった。

 そのまま、暗闇の中を転がり落ちる。


「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


【パーティーとはぐれた】



 "アッチャッチャ火山 隠しダンジョン"


「イテテ...ずいぶんと下まで落とされたな。大丈夫かトール?」


 一応、探索道具として持ってきたカンテラに火を灯し、状況を確認する。


「落っこちた拍子に、ちょっと足をくじいちゃったみたい」


 立ち上がろうとするも、バランスを崩してペタンと座り込んでしまった。


「大丈夫か?結構ハデに落ちたからな。ほら、しっかりしろ」


「うん...ゴメンね、迷惑かけちゃって」


「仲間だろ?言いっこなしだ」


 自力では歩けそうもないトールに肩を貸し、出口を探すことにした。

 隠し扉があったということは、ここもダンジョンの続きに違いない。

 未探索のエリアなら、何か調査すべき発見があるかも。


「しっかし、ダンジョンマイスターとかいう奴、もしも会うことがあったら文句言うてやるぞ」


「今までは形式的に調査するだけで、隠しダンジョンに気付かなかったんだろうね。こんなの本当に一人で作ったのかな」


 だとしたら、相当に人間離れした技術を持っている。

 これだけの規模のダンジョンとなると、重機じゅうきでも入れなきゃ作れるとは思えない。


「ん?なんだここ。えらく広い所に出たな。他の場所より涼しい」


 暗く狭い道の先には、白くモヤのかかったフロア。

 どういう原理かは分からないが、光を取り込んでいるようで僅かに明るい。

 モヤモヤのせいで、視界がボンヤリする。


「火山の煙?......いや、これは湯気か!」


「見てタスク、お湯が湧いてるよ」


「何てことだ!つまりこれは、温泉なのか!」


 岩盤がんばんにトールを座らせ、湧き出した温泉を調べてみる。

 火山なのに体温よりも低めの温度、色は乳白色か。


「タスク?温泉を飲んでるの?大丈夫?」


「あぁ、問題無い。カルシウムやマグネシウム、鉄も含んだ炭酸泉たんさんせんだ。判別不能な成分も入ってるようだが...さて」


【タスクは服を脱ぎ捨てた】


「もう!最近のタスクはすぐ脱ぐ!!」


「温泉だぞ?入ってみないとわからんだろ。うん、ぬるめで気持ち良いな。これは素晴らしい秘湯だ!」


 実は俺、温泉マニアである。

 バイトの疲れを癒すため、週一回は必ず温泉を求めて旅をしていたが、浸かりすぎた結果、味で泉質まで分かるようになってしまった。


「みるみる傷が癒えていくぞ。まるでゲームに出てくる回復の泉だな」


「何でダンジョンの中に温泉があるんだろう...造りが快適すぎるし」


「ダンジョンマイスターとは良い友達になれるかもな。かなり温度も低いし、これなら怪我にも効きそうだ」


 座っているトールに向かい、足を出すように要求したが、何故かモジモジしはじめた。


「あの...正面に立たれると、その......お互いに色々見えちゃうんだけど」


「ん?あ...ご、ごめん!俺は温泉に入ってる時は、羞恥心とか下心を忘れてしまってだな」


 いかんいかん、取り乱してしまった。

 確かに、冷静に考えたら絵的にまずい。

 背を向けて近づき、トールの伸ばした足から、慎重にブーツを脱がせる。


「どうだ、痛むか?」


「うん、少しだけ......ん!」


 トールの足を湯に浸け、軽く撫でていく。

 外傷は特に無し、軽い捻挫だろう。


「ふぅ......気持ち良い。すごいね、痛みが引いていくや」


「高温の火山ダンジョンの中に、こんな快適空間を作れるもんなのか。これをカラーズに引けたらなぁ」


 きっと毎日が極楽日和ごくらくびよりになることだろう。

 談笑しながら温泉を楽しんでいると、湯口辺りの岩盤に何か書いてあるのが見えた。

 近寄って刻まれた文字を確認してみると。


『全ての者に、ダンジョンの素晴らしさを伝えたい。疲れたとき悩んだとき、癒しを与えるダンジョンがあっても良いだろう D.M』


 ダンジョンマイスターが書いた物だろうか。

 暗くて危険なのがダンジョンだが、その概念を払拭するのが彼の挑戦だったのかもしれない。


【隠しダンジョンでD.Mのメッセージを発見した】

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