18. Everybody needs somebody 後編

"ラーンワイズ邸"


「トール、雨が強くなってきたよ。家の中に入りなさい」


「父さん...ううん、きっと今も、タスクは頑張ってると思うんだよ。もう少しだけ...空を見ていたいんだ」


「そうかい。彼は今頃、山頂に着いている頃かな。気持ちはわかるが、風邪を引く前に入るんだよ?」


「うん、わかった。でもね、この雨はもうすぐ上がるよ......きっと晴れるんだ」



"黄金山"


 ここが最終局面、決着をつける

 出し惜しみは無しだ。

 見てろよトール、一か八かの大勝負。


「今度の今度が全力のマックスだ!ペンは剣よりも強し!!」


 空中にいるアスモダイへの投擲。

 風を切り裂き、一直線に飛んでいくミリオンペンディング。


自棄やけになったか。教えてやろう、物体は常に、落下する力に引っ張られるのだ。空中の相手に武器を投げても、距離が遠ければ威力は落ちる」


 目標を前に、わずかに失速していく。

 石柱の欠片を捨てたアスモダイは、いとも容易く、ミリオンペンディングを掴み取った。


「そうか、掴んだのか......スキル『コンポジットレジン』」


 アスモダイの手元が眩く光る。


「これは、歯科医師のスキルか」


 光がおさまり、アスモダイの右手にミリオンペンディングが固定された。

 コンポジットレジン、削った歯の修復に使われるスキルで、特殊な樹脂に光を当てることで、ガチガチに硬くなる。


「小説家に使えるスキルではないはずだ。まだ隠し球を持っていたか」


「秘密兵器『スキルペーパー』ってな。スキルを封じ込めて、一回だけ発動できる便利アイテムだ」


 と言っても、あまり強力なスキルは使えない。

 製造方法も複雑で、店にもほとんど出回らない超高額レアアイテムときたもんだ。

 万が一ピンチになったら、足止めに使って逃げろと、ハーディアスに手渡された。


「手を出すと信じて、くくりつけといたんだ。これで投石は封じたぞ」


 引き剥がそうとしても、ガッチリと食い込んで離れない。


「未熟なるニンゲンよ。教えてやろう、お前は自分の武器を失ったのだ。これで手詰まり、一人きりで私に立ち向かったのが、お前の敗因だ」


「一人?......なぁドラゴン、未熟で、いつまで経っても大人に成りきれない、この俺が教えてやるよ」


「ニンゲンが...私に何を教えるだと?」


「あらゆるものは、お互いに繋がり合い、支え合ってるんだ。太陽は大地を照らし、雨は命をはぐくむ。大宇宙の法則に従うなら、誰も絶対に、一人ってことは無い!!」


「大宇宙......いったい何を言っているのだ」


 左手に、掟やぶりの、スクリプト。

 声優のための専用装備。

 トールが置いていった物だ。


「使い方は知っている。いつもそばで見てきた」


「それは小説家が扱える物ではない。悪いことは言わない、やめておけ」


 右手で、音を立てないようにページをめくる。

 既に書き込んでおいた詠唱文が現れる。


沛雨はいうの雲の一欠片ひとかけら へ集いていにしえつちとならん》


 一行読んだだけで、左手から身体中の血管に、電撃が流れているような激痛が走る。

 熱い、命ごと燃えて無くなりそうだ。


「教えてやろう、摂理せつりに反して力を得ようと欲すれば、その身に大いなる反動をうけるのだ。不発どころか自爆まで有り得る。すぐに詠唱を止めたほうが良い」


 意識が......飛び......そう............だ。



(私がいなくなったら、タスクはちゃんと戦えるかな?)


 トール?トールの声が聞こえる。


(タスク、寝ちゃったの?)


 俺が、寝落ちした後の言葉?


(ねぇタスク、私はワガママ声優で、タスクはひねくれ小説家で、きっと最高のコンビじゃ無かっただろうけど...)


 トールの気持ちが、スクリプトから逆流してくる。


(でも、毎日が最高に楽しかったよね。タスクも、そうだったらいいな)


 こっちは苦労しっぱなしだっての。


(ばいばいタスク、自由をありがとう。いつか  どこかで また一緒に...一緒に...)


【タスクは意識を取り戻した】


「どんな苦労も、俺達なら楽しかったよな」


 誰もが、誰かを必要としている。

 俺もトールも、きっとみんなも。

 孤独じゃない、不安も無い。


 もう、何ひとつ怖いものなんて無い。


【タスクはキヤスメダケを使った】


 この世のものとは思えないほどマズい。

 だがこれで、少しはマシになるか。

 いくぞ、詠唱再開だ。


《その声はあらし その手は大地だいち その名はいかづち


《聴け その前兆ぜんちょうを 罪深きなんじを 浄化じょうかする調べを》


魔術まじゅつ狡知こうちの神 その名において命じる》


《打ち鳴らせ 天空ヴァルハラの鐘 悠久ゆうきゅうの彼方まで》


 わかるぞ、俺の中に魔法の力を感じる。


「さぁ、クライマックスといこうぜ!」


「撃ってもいいのか?フォックスオードリーの民は『答え』を求めている。私を倒すということは、それを否定するということだ。ニンゲン達の望みを、お前に奪う権利があるのか」


 確かに、そうなれば多くの学生が成績を落とすかもしれない。

 彼等からすれば、俺の方が悪者に見えるだろう。


「与えられた答えで成績が上がろうと、知識人になろうと勝手だがな......これから頑張っていこうって奴を、邪魔する権利なんて誰にも無い!例えドラゴンが相手でもだ!トールを泣かすなら、俺は誰とでも戦うし、何であろうと叩き壊す!!」


「......お前はいったい、何者なのだ?」


「伝説の勇者?正義の味方?ドラゴン殺し?しっくりこないな。俺は......ひねくれ者の小説家だ!」


 右手を掲げ、魔法へと意識を集中させる。


「これが、俺達の合体魔法!!」


「距離を取れば、回避することなど......」


 アスモダイが、さらに空高く上昇していく。


「完全詠唱版!ストライク トォォール ハンマァァァー!!」


 山が震えるほどの雷鳴、渦巻く雨雲の中で、光が激しく明滅めいめつを開始した。

 やがてその光は、雷となって降り注ぐ。

 ミリオンペンディングが避雷針になっているのか、雷は生き物のようにアスモダイへと集まる。



 まるで白い魔獣が、ドラゴンを呑み込んでいくように。



「見てたかトール...雨は......上がったぞ.........」


 そして雨雲は消え、その青さを誇るように、晴れた空が現れる。


【梅雨が明け、季節は夏へと移りゆく】

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