16. Pick you up 前編

『登山』とは、山を登ることに楽しさを求める趣味、またはスポーツのこと。

 山頂からの景色や、登頂による達成感は、登った者にしか味わえない感動がある。

 当然ではあるが、環境保護の観点から、持ち込んだゴミは必ず自分で持ち帰らなければならない。

 登山の人気が高まる一方で、滑落による事故や遭難も増加しており、初心者の場合は経験者が同行することが望ましい。

 しかし......


◇◆◇◆◇◆



"フォックスオードリー 北門"


 トールを家に帰らせ、足早に現地へと急ぐ。

 俺がドラゴンの討伐に向かうとなれば、ヴァイルのように反発する人間が、他にも出てくると思ったからだ。

 さっさとフォックスオードリーを出ようと思ったが、どうやら噂が拡散するほうが早かったらしい。


「よそ者は出ていけー!」

「ドラゴンは希少なモンスターだ!虐殺するなんてとんでもない!」

「あんたなんか、ドラゴンのブレスで焼かれちゃえ!」


 口々に罵る声。

 ヴァイルが集めた学生だろう。

 結構な人数が集まって、デモみたいになっている。

 この短時間で人を集めるとは、見事なもんだ。


「ドラゴンは頭の良い生物なんだ!それを討伐しようなんて、お前には血も涙も無いのか!」


 次々に投げられる石と罵詈雑言ばりぞうごん

 構わず歩き続けるが、投石の一つが、俺の額を打ち付けた。

 当てるつもりは無かったのか、集団の動きに動揺が見て取れる。


「血も涙も無いって?......じゃあ、今流れてんのは何だよ?自分の頭じゃ問題ひとつ解こうとしねぇクセに!人の決意の前に立ちはだかってんじゃねぇぞ!!!!」


 グイっと額を拭い、集団を割って進む。

 もう誰も、それ以上動こうとする者はいない。

 ここにトールがいなくて、本当に良かったと思う。


【フォックスオードリーの門を出た】


 さて、さっそく黄金山に登って、ドラゴンを探すか。

 思えば、一人で討伐クエストを受けて外に出るのは、これが初めてだな。


「......ムリムリ、血ぃ出てるもん。絶対に不可能!もう吐きそう...泣く」


 人の目が無くなった瞬間、身体中の力が抜けて崩れ落ちた。

 血も涙も全然あるよ、普通の人間なんだから。


【意地と見栄で保たれていたテンションが切れた】


 とんでもない啖呵切って出てきてしもうた。

 今さらクエスト取り消しにするわけにもいかないし。


「逃げるか?いっそのこと死んだってことにして、カラーズに帰るというのも...」


 それこそ出来るわけないか。

 こんなんだからトールに心配かけるんだよ。


「何を一人で百面相しとるのかの?」


 聞き覚えのある、しゃがれ声。


「ヒェッヒェ、久しぶりだねぇ。タスク殿」


「シモン!?何でこんなとこに」


 占い師のシモン、この世界に来た時に、ワーカーへの道を占ってくれた婆さんだ。


「占い師は運命に導かれれば、どこにでも行くさね。ここでタスク殿と会ったのも、運命かもしれんゾイ」


「運命には、もう少しロマンチックな出会いを期待したいな」


「ヒェッヒェ、何か困っていたようじゃの。ワシが悩みを聞いてやろう」


 シモンの占いなら、この先のことが少しは分かるかもしれない。


【シモンに事情を話した】


「ホォホォ、そりゃまた無謀なクエストを受けたもんさね。山へ登れば遭難、ドラゴンに会えば八つ裂き。占い師でなくとも見える未来じゃて」


 話しながらシモンは、額の傷の手当をしてくれている。

 傷薬なのだろうが、何か魔女っぽくて怖い。


「絶望が過ぎるぞ。占いで回避できる悲劇は無いのか?」


「ヒェッヒェ、回避したけりゃ逃げることだね。しかし、逃げ道など求めておらんのじゃろ?運命は、どこへ行っても追いついてくるものじゃよ」


 そうだ、重要なのはドラゴンを見つけ出し、討伐することだ。

 戦ってもいない内から怯えてどうする。

 それに、逃げればトールがヴァイルにボロクソに言われる。

 それだけは我慢ならない。


「好きな娘のために戦うなんて、ちょいと見ない間に男前が上がったねぇ。それじゃ、今回も占ってやろうかね」


「別に好きとかじゃねぇよ!仲間をバカにされるのが腹立つだけだ。てか何も言ってないのに、何で考えてることがわかるんだ?」


 俺の疑問を無視し、シモンが取り出したのは、折り畳まれた紙の入った箱。

 神社で見る、おみくじのやつか。


「この中に、タスク殿の未来が入っておる。一回300マニーで引くことができるゾイ」


「う......300マニーか」


 クエスト参加料で、旅費を全部持っていかれた俺に、払えるマニーなど無い。


「オマイサン、とことん金運に見放されとるのぅ...まぁよい、貸しにしておいてやろう」


 毎度のことで申し訳ないと思いつつ、おみくじを引いた。


『末吉』


 恋愛運 しばらく期待しないこと

 探し物 すぐ見つかる

 健康運 大きな痛みに備えよ

 勝負運 嘘を上手く使うが良

 ラッキーカラー ピンク


 本当にただのおみくじだった。

 末吉って、どのぐらいの運勢か分からんとこあるよ。

 引きの弱い俺が、大凶を引かないだけでも良しとすべきか。


「ヒェッヒェ、占いは未来へ向かう人の背中を押すもの。正しい道を選び、生きて帰ってきてくだされよ?」


「おう!ありがとな。生きてたら300マニー返しに行くよ」


【タスクは借金を背負った】

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