12. Shakes Pure 前編

『演劇』とは、役者が舞台上で物語を演じて魅せる芸術のこと。

 悲劇・喜劇・音楽劇・歌舞伎など、ジャンルは多岐にわたり、観賞する人間を魅了する。

 しかし......


◇◆◇◆◇◆



 自分の部屋にいて、これほど心が休まらない状況があるだろうか。

 その理由は...隣に無言で目も合わさず、トールが座って動かないことだ。

 何か怒らせるようなことをしただろうか。

 頭の中が疑問符で渋滞している。


「ト、トール...さっきから何してるんだ?」

「何でもないよ」


 即答!?何だこの威圧感は。


「あー...夜食でも食うか?」


「そうだね、ほっぺたでも食べてみる?タスク『君』」


 瞬時に理解し、汗が吹き出る。

 いかん、いかんぞ、無表情のトールが怖い。

 リアとの事を、バッチリ見られていたようだ。


「あれは、お礼と言うか...別れの挨拶というか」


「ふぅん、すごく綺麗な人だったね。タスクは、あの人のことが好きなの?」


 何だこいつ、繊細な部分にノーブレーキで突っ込んできやがって。


「俺は別に!...でも、もしかしたら...多分......そうかも?でも、仕事で遠くへ行っちゃって」


 再び思考の大渋滞が巻き起こる。

 こういうのは苦手だ、昔から経験が無さすぎる。


「プフッ!ゴメンね、何かソワソワしてるんだもん、からかっちゃった。タスクも恋愛するんだね」


 恋愛!?確かにそうかもしれない。

 改めて言われると、今度は恥ずかしい気分になってきた。


「トール、リアとのことは他の人には...」


「大丈夫、誰にも言わないよ。じゃあ、そろそろ寝るね」


 ふぅ、変な汗をかいてしまった。

 もう一回、風呂に入ってから寝るとするか。


「争奪戦になったら、私にも参加する権利あるよね」


 部屋から出ていく間際、気になる言葉を残したような気がするが、ドアの閉まる音でよく聞き取れなかった。

 今日は頭が回らない...もう寝よう



"カラーズの公園"


 ジョブクエストの納品を済ませ、昼寝でもしようかと公園に立ち寄った。

 先客がいる?何か揉めているが、片方はトールじゃないか。


「私から言えることは、何もありません」


「何もなければ何もしてやれぬ!言い直せ!」


「私の愛の全てを捧げることなど、できないと申しているのです!」


 何の話をしてるんだ。

 愛って言ったか?

 トールも相手の男も、凄い剣幕で言い合いをしている。


「ならば命を差し出すが良い!余に愛を捧げぬ愚か者には、死で償ってもらう!!」


「そんな、あんまりです!」


 男が剣を抜いた、余とか言ってたから貴族とか権力者か。

 あれこれ考えてる暇は無い、早く止めないとトールが殺される。


「そこまでだ!いくらフラれたからって、剣を抜くのは、やり過ぎじゃないのか?」


「タスク?どうしてここに?」


「何だ貴様は!ふん、まぁよい。なれば、この地を二度と踏むこと無きよう、追放処分にしてくれる!」


 追放って、何の話をしてんだコイツは。


「お父様...わかりました。私はここを出ていきます。お父様を止めることのできる人間など、この国のどこを探してもいないのだから」


 トールも何を言ってんだ。

 こいつがトールの父親?にしては若すぎる。

 というか、かなりのイケメンだ。

 いよいよ話がおかしくなってきた。



"演劇場ボナン座"


「トールさんのお仲間でしたか。すいません、稽古に熱が入り過ぎまして」


「こちらは『舞台俳優』のランスルーさんだよ。劇団が人手不足だったから、私が助っ人に呼ばれたの」


 さっきのは、お芝居のワンシーンだったのか。

 二人の鬼気迫る演技に、本当にヤバいシーンに出くわしたかと思った。


「すっかり騙されたよ。演目は『キングライアン』って言うのか。舞台演劇ってのは見たこと無いけど、面白そうだな」


 パンフレットを手に取り、あらすじを読んでみる。

 偉大な王が三人の娘に財産を与え、老後の面倒を見てもらおうとするも、裏切られていく悲劇の物語か。

 どちらかと言えば、ハッピーエンドが好きだけど。


「私は末娘のユーディア役でね、他の姉妹みたいに嘘が言えなくて縁を切られちゃうの」


 さっきやってたシーンのことだな。


「君もお芝居に興味があるのか!この脚本は非常に繊細な人の心情を描写しているんだ!観る者の胸を締め付ける、残酷な人間らしさが垣間見えるような......あ、すいません、つい熱くなってしまって」


 食い気味に飛びついてきた。

 熱量が凄い...あと近い。


「よければ、通し稽古を観ていってください。小説家さんの感想も聞いてみたいですし」


 ここまで熱く迫られると、観ないとは言えないよな。


【通し稽古が始まった】


「人は!生まれ落ちた瞬間に泣く!人生という劇場の、ただの役者にすぎないことを!なんと愚かしく、悲しく、面白い舞台であるか!人生は!!」


【キングライアンを観劇中】


「なぜだ!なぜ...オークにもゴブリンにもスライムでさえ、命があるというのに。なにゆえ......なにゆえユーディア、お前は息をしないのだ!狂ったのは余か?世界か?なんたる......悲劇!!」


 絶叫し、絶命するライアン王。

 登場人物のほとんどが死亡して物語は幕となる。

 救いの無い、まさに悲劇と呼ぶにふさわしいストーリーだったな...ふん。


「大丈夫?涙で顔が凄いことになってるけど」


 稽古を終えたトールが、俺の顔にハンカチをグシグシと押し当ててくる。


「しょうがねぇよぉ!舞台演劇とか初めて観るし、内容は全編に渡って悲壮感あって心情が伝わってくるし、トールも普段じゃ考えられないほどシリアスだし」


「私はいつだって真面目にやってるよ!」


「凄いって!演技の才能あるって!隠れた素質の開花だな」


「えへへ、ありが......私が声優ってこと忘れてない?ホントに褒められてる?」


 なんて素晴らしいんだ舞台。

 こんな話を書ける人を、天才って言うのかもしれないな。


「本番もぜひ、観にいらしてください。お待ちしていますよ」


 丁寧な挨拶をするランスルーから、チケットを手渡された。

 なんて良い人なんだろう。

 心までかっこいいのか、この男は。


 この時はまだ、本番で起こる本当の悲劇に、俺は気付いていなかったんだ...


【キングライアン、公演日せまる】

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