3. the monster 後編

「それでは、クエストスタート!」


 カーン!!


 どこから取り出したのか、ペトルゥがゴングを打ち鳴らした。

 ついに始まってしまったモンスターとの初バトル。

 こいつに圧勝してうれいなく異世界生活を満喫してやる。


 開始の合図を聞いてか、オークが中央へと歩み出る。

 ここは先手必勝だ。

 ミリオンペンディングを構え、一気に間合いを詰める。

 狙うはそのブタっ鼻、体ごと叩きつける勢いで渾身こんしんの一突きを放つ。


 ヒュッ!!


 切っ先は敵を捉えることなく、顔の横を掠めて空を切る...瞬間。

 パンチャーオークの左腕が、こちらの攻撃に被せるように美しいクロスを描き、俺の顎を打ち抜いていた。


「クロス......カウンター......だ...と...」


 膝から崩れ落ちる俺を一瞥して、オークは悠々と腕を掲げてコーナーへと帰っていく。

 ダウンした人間への攻撃はしない。

 この空間はもう、ボクシングのリングと化してしまったらしい。

 木に...いや、コーナーポストに寄りかかってこちらを見ているオークが憎らしい。


「タスク!!しっかりして!立てる?」


 倒れた俺をトールが抱き起こす。


「......頭がガンガンする」


「任せて、私の回復スキルで癒すから!」


 そう言うとトールは、目を閉じて大きく息を吸い込んだ。


「声優スキル『ヒーリングボイス』」


 なんという心地よい美声だろうか。

 心が浄化されるような、耳に天使が舞い降りたような幸福感。

 これなら、どんな病んだ心も癒されるのではないだろうか。


「なぁ...顎の痛みが全然引かないんだが?」


「うん、精神的なダメージを癒すスキルだからケガとかはね......アハハ」


「......」「やめて、無言で喉にチョップしないで。痛い!痛いから、ゴメンってば!」


 飯食ってからのこいつはキャラが変わったんじゃないか?


「仕切り直しだ!俺がスキルで奴の動きを止めるから、その隙に攻撃するんだ」


「う......うん!!」


 立ち上がり、もう一度ペンを構える。

 頭に浮かんだ文章に意識を集中させると、ペン先が光を放ちはじめる。

 それを見たオークは、コーナーから飛び出してきた。


「いくぞ!小説家スキル『達筆たっぴつ』」


 ミリオンペンディングから数多あまたの美麗な文字が放出され、オークの拳に張り付いていく。

 一人のボクサーが、多くの苦難を乗り越えてチャンピオンへと挑む話が、オークのグローブへと刻まれた。


「フゴォ!フゴォ!!」


【オークのテンションが上がった】


 なんでボクサーの話なんか書いちゃったんだろ。

 そもそも何なの、このスキル。

 まずい、トールはすでに攻撃を仕掛けに接近している。


 スパーーン!!


 オークの拳が、トールの顔面を強く弾いた。

 うずくまって顔を押さえるトールと、両手を高々と揚げて勝ち誇るオーク。


「えっと、大丈夫か?」


「私...女の子なのに...顔...顔殴られ...ひっぐ!」


「お、おう...ゴメンな」


 駆け寄った俺の胸ぐらを掴み、必死で涙を堪えている。

 まさかスキルで相手を煽ってしまうとは。


 心を癒すスキルに文字を綺麗に書けるだけのスキル、俺たちに戦闘は向いてないんじゃないだろうか。

 せめて何か、攻撃的なスキルがあれば...


 考えているうちにトールが立ち上がり、オークを睨みつけた。


「もう容赦しない!声優の禁断スキルで解らせてあげるわ!」


 声のトーンが変わった。

 もしかして切り札に攻撃スキルを持っていたのか。


「声優、禁断スキル『ハウリングボイス』」


 おぉ、まるで空気が振動するかのような声量。

 木々も揺れるほどの キーーーーーン! 禁断スキルだけのことは キーーーーン!

 

「うるせぇ...これカラオケの時とかに鳴るキーン音じゃないか?」


 マイクとスピーカー無しでハウリングを起こすなんて、声優という仕事において間違いなく禁断のスキルだ。

 ただ、オークには何のダメージも与えていない。


 ズドン!!


 パンチャーオークは力強く踏み込み、トールにボディーブローが炸裂。


「やばい!トール!!」


 スキル中の無防備なところに貰ってしまった。

 何よりも腹への攻撃はまずい。


「大丈夫か?楽になっちゃえ、なっ?...よーしよし」


 九の字に曲がったトールの体を支えながら背中を擦る。


「うぷ...ぅお...お×××××××!!」


 そりゃ、あんだけ食べてボディに貰えば吐くよ。

 初クエストにして、文字通り汚点を残すことになってしまった。


 このあと俺は、オークとペトルゥに散々怒られながら、嘔吐物を綺麗に処理して帰る羽目になったのだった。


【クエスト条件を達成できませんでした】

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