バグつい ~異世界声優と働く小説家~

犬千代

序章 回り始まる季節

1. change the world 前編

 『異世界』とは、自分が現在いる世界とは全く異なる世界のこと。

 お話における異世界は、主に剣と魔法のファンタジーである傾向が強い。

 しかし......



◇◆◇◆◇◆


"自室"


 丸智祐来まるともたすくという名は、人を救い未来を救う人になってほしいと名付けられたそうだ。

 子供の頃に創作童話を書き、友達の女の子に続きを読みたいと言われたことがきっかけで、小説家を目指したはずだったんだが。


「お次は、ラジオネーム『浦島』さんからのお便りです。僕は趣味で小説を書いているのですが、書こうとするといつも手が止まってしまいます。何かリラックスする方法はありますか?」


 現在の時刻は午前2時。

 部屋にはラジオの音だけが流れている。

 生活のためにバイトを増やし、クタクタの状態でデスクに向き合っても、何も思いつかない日々をおくっている。

 今日は珍しく一日空いていたので、集中して書き切ろうと思ったのだが。


「もう...やめてしまいたい......」


 あの子とは、学校が別々になってから会ってないし、もう小説を書く理由もあまり無い。

 既にドリンク剤6本目を飲み切ったが、ついに睡魔すいまが意識を襲い始める。


うつら...うつら...


 色んなアイデアが、頭の中を行ったり来たりしている。


うつら...うつら...うつら...



ギィー...ギィー...ギィー...ギィー...


 ハッキリとしない意識の中で、体が揺れていることに気付く。

 乗った覚えの無い手漕ぎボートで、来た覚えの無い場所を漂っていた。


三途さんずの......」


ズサァァ!!


 何かを思いつく前に、ボートは砂浜へと打ち上げられた。

 右を見ても左を見ても、全く見覚えが無い。

 無意識に外に出たとしても、海へ漕ぎ出すことなんてあるのか?

 いや、これが夢である線も捨てきれない。


 混乱する頭を抱えていると、視界の端で小さな民家らしき場所に明りが灯り、老婆が手招きしていた。


"老婆の家"


 壁一面の本棚、丸いテーブルに紫のクロス。

どこかで見たことがあるような、如何にもな大鍋。

 ランタンの明かりに照らされた部屋の中で、それらの組み合わせが存在感を増していく。


「...魔女かよ」


「ワシがかね?」


 呟いた瞬間に老婆が奥の部屋から出てきた。

 見ればお茶を淹れてきてくれたようだ。


「ヒェッヒェ...似たようなことを言われたことはあるがね。毒は入っておらんゾイ、遠慮なく飲みなされ」


「......いただきます」


 夜風で冷えた体に、温かいお茶はありがたい。

 少し苦味が強いが、頭をスッキリさせるには丁度良い。

 味や温度がはっきりと感じられるということは、多分夢じゃない。


「しかし若いのに自殺とは感心せんのぅ。悩みがあるなら聞いてやるゾイ」


「自殺!?...いや、実は自分でも混乱していて、部屋に居たはずなのに気付いたら船を漕いでて...」


「フンフン、なるほどのぉ、するとオマイサンはアレかのぅ」


「アレって?いや、とにかく家に帰りたい。ここがどこか教えてもらえないか?」


 おかしな勘繰かんぐりはされたくない。

 それに、早く帰って作品を仕上げなきゃならない...白紙だけど。


「ヒェッヒェ、ここがどこかだって?」


 老婆はテーブルの上に小さな座布団のようなものを置き、水晶玉を取り出した。

 淡い光を発した後、そこには俺たち二人を上から見た映像が映っていた。

 老婆が両手を水晶玉の上でクルクルと回すと、映像の視点は上昇し、天井を突き抜け、遥か上空へと移動していく。

 手品?ハイテク映像機器?一体どんな仕掛けで動いてるんだ。


 映し出された場所は、どう見ても俺が住んでいる家の近所ではない。

 ぐるりと外壁に囲まれ、欧風おうふうな建物が並び立つ街。

 中央に、三角帽子をかぶった一際おおきな建造物。

 右側には海だろうか、帆船はんせんが港のような場所に停泊している。

 その隣にサーフビーチ、ポツンと小屋...俺たちが今いる場所だろう。


「ヒェッヒェ、理解したかえ?オマイサン、別の世界から迷い込んだようだねぇ」


「そんなバカな話が...」


「良くあることじゃよ。しこたま飲んで潰れて、起きたらここはどこ?異世界?そんなバカな...ってのぅ。ようこそ全ての職業が集う街『カラーズ』へ。無職のタスク殿」


「無職じゃねぇよ!!」


 馬鹿にしてんのか!飲んで起きたらの部分はあってるか......飲んだのドリンク剤だけど。


 自分が書きたかったファンタジーの世界に飛ばされたなんて、どう考えても悪い冗談だ。

 こんな所で油売ってる暇は1分だってない。

 ところで、この婆さんは何で俺の名前を......


「占い師じゃからな。マルチタスクとは随分と変わった名じゃの」


「さっきから心を読んでないか?それから”マルトモ”タスクだ。何でもこなせる万能さはあるけどな」


「名前負けしとらんかのぅ」


 張り倒してやろうか。


「それで、ここが異世界だとして、どうやったら元の世界に帰れるんだ?」


「おや、オマイサン帰りたいのかね?」


「そりゃあ......」


 いや待てよ、このまま帰ってあの生活を続けるよりも、異世界で主役として生きていく方がいいのでは......

 帰るにしてもここで生活してみれば、面白い小説が書けるかもしれない。


【タスクは異世界ネタ探しを決意した】

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