召喚勇者オモテウラ!

回道巡

プロローグ 日常ヒロイック

 「そこまでだ、観念しろっ!」

 

 大きな袋を抱えた犯人に一喝すると、その袋を取り落としてこちらを睨んできた。

 

 「くそぅ、ヒーローかよ」

 

 僕を見て嘆くように呟いた犯人は、しかし大人しく捕まるような気も無いようで、警棒のような物を取り出して構える。

 さっき落とした袋の口が少し開いて大量のお札が見えている。この犯人は銀行強盗犯、すぐ近くの銀行からこれを奪って逃走していたのだった。

 そしてちょうどそこに居合わせた僕というのは、この犯人が口にした通りのヒーロー。超常者と呼ばれる超能力に目覚めた人類の一人であり、民間人ではありながら治安維持のためにその力を使う存在なのだった。

 学校が終わってすぐにヘルメットやプロテクター入りジャケットなどなど、主にバイク用品店で買った防具を改造したお手製コスチュームに着替えてパトロールをしていたのが功を奏した。

 とはいえ事態は楽観視できない。

 突発的に居合わせてしまったのは僕だけじゃない、周りには通行人がそれなりにいて、中には見知った顔――同じ学校の同級生や先輩――もある。

 通行人を避難誘導している人もいるから、僕はとにかくこの犯人をなんとかしないと。

 警備厳重な銀行から警棒一本でお金を奪ってこられるような存在。それが一般人であるはずがない。

 

 「ちっ」

 

 僕のようなヒーローと事を構えるのは不本意なようで、こちらへ向けて駆け出しながらも犯人はひとつ舌を鳴らす。

 

 「っ!」

 

 そしてその姿が霞んだ。――透明? いや“見えてはいる”けど“認識がし辛く”なっている!

 

 「つあっ!」

 「くそ! 防ぎやがった」

 

 目の前に突然現れたように見えた警棒を、僕は間一髪で弾いた。

 全力で振るわれた警棒を、プロテクターをしているとはいえ素手で難なく弾いた僕はというと、今は全身が淡く発光している。

 それは僕の超能力を発動している証。身体能力を十分くらいの時間限定で高めるシンプルな能力だ。

 火を吹く訳でも紫電を纏うでもない地味な能力だけど、僕は自分が弱いとは微塵も思っていない。

 

 「もう一回っ」

 「させないよ!」

 

 一瞬で距離を詰めた僕を見て、犯人は驚いている。単純な身体能力強化、それは多種多様な超能力の全てを凌駕しうる“シンプル・イズ・ベスト”だ。

 

 バァァン!

 「ぎぃぁぁぁああああっ」

 

 犯人の防御能力は常人並みと判断して、かなり手加減して殴り飛ばした。それでも派手に悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。

 虚を突かれたことで無防備にくらった犯人は気を失って動かなくなった。

 ある出来事からヒーローという存在への憧れもあった僕は、こうしてお手製コスチュームに身を包んで日々悪と戦っていた。

 

 ほっとして見回すと通行人は殆ど避難したらしく、周囲は閑散としている。

 

 「あっ、手伝おうと思ったのに遅かったし」

 「あか……いや、危ないから駄目だよ」

 

 可愛らしい声での勇ましい言葉に目線を向けると、制服を着崩した小柄な女子生徒――というか同じクラスの赤城アカシロさん――だった。思わず名前を呼びそうになった……。

 

 「そうよぅ、姿がないから心配したじゃない」

 

 僕の言葉に反発しようとした赤城さんをたしなめたのはさらに別の声、さきほど周囲の避難誘導を主導していた別の女子生徒だ。

 この人は赤城さんと仲のいい先輩で、生徒会長の後藤ゴトウさん。清楚で品行方正と名高い、学校の有名人だった。長い黒髪が縁どるスレンダーな立ち姿が綺麗だけど、今はその大人びた顔を暗い表情で曇らせている。

 避難する人並みとは逆行して、ここに参戦しようとしていた赤城さんを心底から心配したようだ。

 

 「は、あ、あわわわ」

 

 けど、自分で戻った赤城さんとは別に、もう一人避難していなかった人もいたようだ。

 冴えない――というのも失礼だけど、それが一番しっくりとくる――見た目の三十手前くらいのサラリーマンが、腰を抜かしたのか地面に座り込んでマンガのような戸惑い方をしていた。

 とはいえ、この場をすぐに収集して僕も撤収したい。ヘルメットで顔は隠しているけど、正体を秘密にしている身としては、同級生や先輩がすぐ近くにいるのは落ち着かない。さっきの戦闘のせいで、どうにもヘルメットの具合もおかしいし。

 と、他にも近づいてくる……あ、いやあの人は。

 

 「レイジブラスターか……ちっ、いつも嗅ぎつける鼻だけは良いことだな」

 「あ、フラッシュラインさん」

 

 声を掛けてきたこの人もヒーローだ。目元を隠す黒いマスクと、全身のプロテクターを隠すような大仰なマント、そして何よりその代名詞ともいえる閃光の如き速さで振るわれるレイピア。手にした武器にエネルギーを纏わせるという能力の超常者、フラッシュラインさんだった。

 とはいえ、ヘルメットの下では僕の顔はさぞ暗い表情になっているのだろう。というのもこのフラッシュラインさんを、僕は苦手としている。

 世間では気高いヒーローと言われている人だけど、同業者間ではこうして嫌味をいってきたり、時には露骨に手柄を横取りしようとしてきたりと、ちょっと評判のよろしくない人だからだ。

 とりわけ“縄張り”が被りがちな僕のことが気に入らない様子だけど……、けど今回はもう解決済みだし、これ以上に絡んでもこないよね。

 こんな風にちょっと嫌なこともありつつも、顔と正体を隠してこうして世のため人のために戦う。それは数年前の僕が聞いたら絶対に信じないような非日常でありながら、今ではすっかり身に馴染んだヒロイックな日常だった。

 だけど、それは唐突に終わりを告げる……

 

 「あれ、なに……あれ……?」

 

 さっきまで僕が犯人と戦っていた場所、その地面で何かが光っている。

 

 「うぅん? 魔法陣ってやつかな?」

 

 ゲームとかで見たことがあるような、いかにも魔法を発動します! っていう感じの図柄がオレンジ色の光を放っている。

 

 「おい、迂闊に近づくな!」

 

 フラッシュラインさんが止めようとしているようだけど、どうしても気になってふらふらと近づいてしまう。

 そしてその放たれる光はどんどんと光量を増していき……

 

 「あ、やば――」

 

 とっさには、そんな言葉を呟くことくらいしかできなかった。

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