track10 教会とファッション

「ここ……教会だよな…?」



眼前に聳える建造物は純白に塗られた大きな教会だった。

馴染みの街レヴィリアの大広場を少し離れ、装飾品や衣類などの店が立ち並ぶ通りに何の脈絡もなく構えるそれは、まさしく違和感を煮詰めた様な存在に感じる。


往来する者達は人間やエルフの女性、ぱっと見性別は分からないが唇に紅を引いた獣人など…明らかに”男子禁制”と言わんばかりの女性率だ。



「ここはかつて普通の教会でしたが、今ではファッションの最先端を走る女性憧れのブティックです」

「待って全然意味わかんない…。何で教会が最先端走ってんだよ!?」

「さぁシーラちゃん、早速入りましょう!!」



食事後、俺は二人によって屋敷からこの場所へと連行された。無論ドレス(パジャマ)のまま。

困惑する我が子をよそに、ヴィエラは左腕を掴んで鼻息荒く店に引き入れようとする。


「ちょっと待ってお母様!!な、なんで私がこんな場所に来なければならないんですか!!?」

「もう!さっきも言ったでしょう?これはあなたの魅力を極限まで引き上げるための”修行”なのよ!」

「これが!?どっからどう見ても強制ショッピングですけど!!?」

「シーラ様、いいから入りますよ」



今度は右腕をハンスに掴まれ、いよいよ抵抗できなくなった俺は教会の中へと引きずり込まれていくのだった。





中の様子は…これまた混濁を極めていた。

向こう側の壁の上部に張られたステンドグラスや、内部を照らす数多のキャンドル。

そして教会と言えばこれ!みたいな木製の無骨な長椅子が両サイドにズラリと置かれている。


だが……その椅子達の間を縫うように、”商品”が並んでいたのだ。



「なんだこれ!!?見渡す限り衣服ばっかじゃねぇか!!」

「…相変わらず配置は雑過ぎますが、品揃えの良さはこの街最大です」



某薄い本即売会の様な夥しさで、教会全体に展示された衣服や装飾品。

そしてそれらを血眼で漁るは他種族の女性たち。目にも止まらぬ速さで商品を吟味する客や、更には目当ての商品がバッティングした客同士での乱闘。まるでお祭り騒ぎ(地獄絵図)状態だった。



「いらっしゃい………って、なんだ悪魔か」



暫くして、何処からともなく気怠そうな低い女性の声が聞こえる。

目線を少し下げると、俺より一回り小さい身長の少女の姿があった。


小柄さに適応していないぶかぶかの黒い修道服、首から下げた十字架のネックレス。

髪は金髪のサイドテールで、何故か右目の真下にケルト十字の様な赤いシンプルなタトゥーがある。


……ちなみに、俺以上に目つきが悪い。



「シ、シスター!!?……いや教会だから当然…か…」

「ロミィ様、お久しぶりです。あと悪魔はやめてください」

「うわ、爆乳人妻悪魔も一緒じゃん」

「ごきげんようロミィちゃん。……もう一度言ったら滅殺よ?」



笑顔のまま脅迫する母をポーカーフェイスでスルーした彼女は、次に俺の体を足元から隅々まで見回し始める。


なんだ…?俺のあまりの美貌に言葉も出ない系シスターか?



「………」

「あ、あの……なにか?」

「フッ……貧乳悪魔」

「キサマァアアァァ!!!!切り刻んでやっから外出ろやオラアァァアアア!!!!」

「落ち着いて下さいシーラ様!!!そこもまた魅力の一つですよ!!」

「そ、そうよ!!その小ささが奥ゆかしくて素敵じゃない!!」



鼻で笑うシスターに掴みかかろうとする俺を、両脇から粉微塵のフォローも無しに必死で止める二人。


なんてデリカシーの欠片もないシスターなんだこいつ……!!

服装はシスターだが、派手な見た目に横柄な態度は完全にクソガキとしか形容出来ない。


そして…未だ何の悪びれも無い彼女に、ハンスが少し遠慮がちに問う。



「ロミィ様、本日はこちらのシーラ様に似合う衣装を制作して頂きたいのですが…」

「え~~~めんどい……帰ってほしい……」

「まぁそう言わないでロミィちゃん!お礼はたっぷりするから!ね?」

「俺様の胸を………笑ったな………俺様の…………胸を……」



ヴィエラが必死で懇願すると、ロミィとやらは渋々といった表情とともに小さくため息を吐いた。

そして彼女から見て右方を指差し一層気怠そうな声で一言。



「しゃーないなぁ。……こっち」

「フー…フー………誰が………貧乳じゃ……誰が……」



もはや怒りのあまり傀儡と化した俺は、先程と同じく二人に両腕を抱えられたまま…ロミィが指した方へと引きずられていくのだった。





「はいはい、サイズ測るんで大人しくしといて貧乳」

「シーラと呼べや!!!もう散々イジっただろ!!!」



連れてこられたのは、何やら倉庫の様な場所だった。

マネキンの様な木製人形や女神を象った装飾、金色の燭台に無造作に置かれた様々なドレス……例えるなら”宗教とファッションのゴミ捨て場”といったカオスな空間だ。


ハンスとヴィエラは『採寸終わるまでショッピングしてくる』という一瞬耳を疑うような理由で、俺を連行し終わった直後に退出。…故に、ここには俺とロミィの二人きりだった。



「冗談冗談、さっきはごめんねシーラっち。ウチ昔から頭より先に口動いちゃうんだよね」

「考えるのも面倒って事か……?ま、まぁ別にいいけどさ」



彼女は若干埃の被ったタンスから、等間隔に細かい印が付いたメジャーのような紐状の道具を取り出す。

そして当然の様に言い放った。



「んじゃ、とりあえずそれ脱いで」

「え!?ぬ、脱ぐ!?」

「当たり前じゃん。下着はそーだな……上だけ全部取っちゃって」

「それって…上半身裸ってこと!!?」

「バストサイズも測るっしょ普通。ほら、はよ」




こんな場所で…?しかも身内以外に身体を見られるなんて今まで一度もなかったんだぞ!?

今は女の身体だが、知り合って間もない少女の前でそんな事……転生前なら一発アウトじゃないか……!!


大体そんな裸にならなくたって今着てるドレスのサイズから割り出せばこんな恥ずかしい思いしなくて済むし服屋ならそれくらいのスキル持ち合わせていて当然だと思う今日この頃の私でありましてそもそも



「あ~~~じれったい!……うらぁっ!!」

「きゃあああぁぁあぁあ!!!!」



無限ループとも言える逡巡を見せる俺にしびれを切らしたロミィは、ドレスの首元を掴んで強引に脱がしてしまう。あまりの衝撃から出た悲鳴はもはや完全にラッキースケベ被害者のヒロインが如き甲高さである。




「ん?………え、シーラっちもしかして……つけてない?」

「だ、だって…だってさぁ!!」




そう、普段は所謂……その…世間一般で言う所のブラを付けずに生活していた。

つけるのに抵抗があったのもそうだが、この”更地”とも呼べる程貧相な胸にはもはや不必要ではないかと感じていたからである。


強制的に露になった胸部を、自らを抱きしめるかのような体勢で隠す。




「目つき悪いしサキュバスっぽくないと思ってたけどさー、意外に大胆なんすねー」

「目つきはお互い様だろ!!…………ていうか、やっぱり知ってたのかよ…サキュバスって」

「あの二人が連れてくるんだからそれしかないっしょ。ま、十字架持って成敗とかはしないから安心してよ」



”ほら隠すな”と言わんばかりに、交差させた両腕をつつくロミィ。

……もう自棄だ。


覚悟を決め、隠していた部分を静かに晒す。




「じゃあ測ってくねー」

「……シスターって神の使いとかだろ?夢魔なんて門前払いじゃないのか…?」



羞恥心から逃れるように問いかける。

彼女は慣れた手捌きで上半身の採寸を行いつつそれに答えた。



「ま、昔はそうだったかもね。…でも私は別にどーでもいい。悪魔だろうが客は客だしね」

「てか、なんで教会が服売ってんの…?」

「教会もお金が必要なんでねー、資金調達のためだよ。まぁ今じゃほぼそっちメインになっちゃったけど」



やがて、彼女の手ががっつり胸部に触れる。



「ひっ!」



メジャーを背部から巻いた結果だが…思わず体が反応してしまった。



「…変な声禁止」

「だ、だってさぁ!!」

「次変な声出したら開発するよ」

「どこをだよ!!!!変な世界連れてかないで!!!」



くそっ……ここしばらく欲獣以外のハプニングと遭遇していなかったが、女性の体である以上こういう事も日常茶飯事だという事を忘れていた。


しかし、採寸程度の微小な刺激にも過敏に反応してしまうなど……やはり夢魔だからなのか!?



「くっ………うぅ………んぐ………」

「はーいもうすぐ終わるよー。…………っし、はい終わり」



巻きつけたメジャーを体から離すロミィ。

後半はもはや口元を抑えながら声を我慢していたが、解かれた拘束に安堵と共に大きな溜息を吐いた。



「はあっ………はぁ………終わった……」

「シーラっち反応しすぎ。……サキュバスでもそんな事にはならないぞ」






…………どうやら、夢魔云々は関係ないらしい。


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