第19話 破魔矢を放つ 後編
人々がすでに寝静まる時刻。
辺りの空気が微かに振動し、静かな闇夜に
「頼政殿。そろそろ来るぞ」
目の前に突然現れた小さな黒点はしだいに大きくなり、やがて暗雲となって渦巻きはじめた。
魔物が現れる事を予期していたかの様に二人は目で合図し、二手に分かれた。
今宵は新月、暗闇の中を魔物たちが活発に動く夜である。
異臭と共に地面を踏みしめる音。獣の息が
周辺には既に魔物を囲む罠と捕手の兵士が配備されていた。
◇◇◇
密に宮廷に忍び込んだ古那。
何者かによって帝の寝所に仕掛けられた呪術を発見した古那たちは、宮廷から離れた
地面を揺らす地鳴りと共にその魔物の姿が徐々に現れる。
猿の顔に虎の体、肢体の先には鋭い爪が生え、尻尾は蛇の尾である。
書物に「
頼政は、すぐに後悔した。
「やはり無理だ。人が討伐できる魔物なのか?」
「御先祖様の武勇伝は
魔物を取り囲んでいた兵士たちの指揮官が声をあげる。
「矢を射て!」
勇敢にも囲みを作った兵士たちの弓が引き絞られ、魔物に向けて矢が一斉に放たれる。放たれた矢は弧を描き、四本の足で立つ
しかし
一人の兵士が薙刀を振り上げ斬りかかるが、敵の素早い動きで弾き戻される。
頼政は硬く緊張した肩と首の筋肉を無理に動かし、岩の上に立つ古那を見る。
敵の動きにニヤリと笑う古那の姿があった。
「これは予想以上の大物だ」
「俺が行って来る」
発する声が早いか、行動が先か。古那が地を蹴って跳躍する。
「ドオオオン!」
激しい音を響かせ、鵺がくの字になり吹っ飛び大木に激突する。
「な、何いいいいっ」頼政がひっくり返りそうな程、腰を曲げ驚く。
大木に激突し横倒しになった鵺が立ち上がる。
耳を覆う程の雄叫びを上げ牙を剥いた。
鵺は狂った様に頭を振り突進する。
体を左右に素早く動かし、鋭い爪を振り回す。
「ドコン」
衝撃音とともに土煙が舞い上がる。
一瞬、辺りが静まりかえった。
「古那殿っ」何事かが起こったかと頼政が叫ぶ。
土煙の中からヌウッと巨体が表れ、鵺はギロリと顔を頼政に向けた。
そして、声のした方向、頼政に向かって襲いかかった。
襲い来る敵との距離三十。
頼政は手に持つ伝家の大弓を構えると背中に背負った矢を素早く取り出し、向かって来る鵺に矢を放った。
剛弓は音を立て一直線に飛ぶ。
放たれた矢は、鵺の肩に当たり地面に落ちた。
二矢、三矢と続けざまに矢を放つ。
一本は鵺の体をかすり、一本は後ろの大木に突き立つ。
襲い来る鵺との距離が縮む。
頼政は大弓を引き絞ると、目を見開いた。
矢が放たれる。
真っ直ぐ飛んだ矢は、鵺の前足に刺さり動きが鈍った。
しかし、突進して来る巨体の勢いは止まらない。
鵺は跳ね。頼政の首に噛みつこうと牙を剥いた。
間一髪。牙をかわした頼光は、腰の太刀を抜き、すれ違いざま鵺の横腹を横一閃斬り放つ。
そのまま横に転がり、立ち上がると距離を取る。
「ぐはっ」
蛇の様にしなった尾が頼光を捉え、衝撃で吹き飛ばされる。
「うりゃあああっ」
空中から現れた古那が銀色の拳を振り上げ舞う。
気合を込めた一発を鵺の頭上に叩き込んだ。
古那はクルリと回転すると頼政の前に着地する。
拳を受けた鵺は、足取りがふらつきながらもまだ獲物を探す。
声を失う頼光。
「頼光殿。お主、剣の腕もなかなかだな」
「わっ儂は、剣より弓が得意と言っただけじゃ」
「頼光殿。今のうちに早う奴を仕留めよ」
急かされた頼政は、ハッとして背中の矢を手繰る様に探す。
もう放つ矢が無い。
「ほれ、これを」古那が矢を一本手渡した。
「残り一本。目の前の強敵を
◆
頼政の頭の中に過去の記憶が
祖父との修行。
目の前の
「頼政。よく見ておれ」
「必至の矢はな、こうやって射るのじゃ」
祖父は剛弓の弦を引き絞り、呼吸を静める。
「南無八幡大菩薩。南無八幡大菩薩。南無八幡大菩薩」
「…………」
はたっと頼政は、立ち上がる。
古那から渡された最後の矢をつがえると敵を見据える。
そして大弓を構えると大きく呼吸をし、剛弓の弦を引き絞った。
今まで聞こえていた声や雑踏の音が不思議と消えた。
「南無八幡大菩薩。南無八幡大菩薩。南無八幡大菩薩」
「我に力を与えたまえ」
「南無八幡大菩薩。魔の
つがえた大弓に白銀の光が微かに
「ガッヒュン」
放たれた矢は、一直線に鵺に向かって飛ぶ。
「キイイッ」
鵺の悲鳴が響き、放たれた矢が硬い皮膚を貫く。
暫く
そして、
「…………」
兵士たちの勝利の歓声が上がる。
頼政は、全身の力が
「痛いっ」
すっかり忘れていた体の痛みが戻り、体を動かせずゆっくり地べたに横たわった。
痛みで手足が動かせない。
横たわった頼政の目に古那の姿が映る。
「これを飲むと良い」
ゴマ粒ほどの薬丸を頼政の口に放り込む。
「苦いっ」
と顔をしわくちゃにする。
「
と古那が意地悪そうにニヤリと笑った。
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