第24話 猿魔 1 伝承  

 闇に包まれた部屋の中央に設けられた祭壇。立ち昇る炎が生き物の様に揺らめき渦を巻く。陰鬱いんうつで薄暗い部屋は静けさと興奮こうふんで包まれていた。

 黒服の呪術師、立派な髭を生やした貴族たちが一斉に立ち上がり、目の前で起こっている事の成り行きを凝視し見守った。


 目の前に現れた出た青白い小さな球体が光を放ち、徐々に大きくなっていく。

 宙に浮いた光の玉は天井に達したかと思うと閃光を放つ。

 

 光の玉はゆっくりと降りながら床にと着地した。

 呪術師や貴族たちは、遠巻きに眩しく光る玉の様子を目を細めて覗う。


 光の玉の中に体を丸め、うずくまる人影。


 暫くすると、その人影はゆっくりと立ち上がった。

 炎より現れたその人影は次第に鮮明になり、貴族たちの目の前に姿を現した。


 貴族たちは目を見張る。

 声を発する者は一人としていなかった。


 目の前に立つは、明らかに人ではない。


 全身が金色の毛に覆われた猿に似た人。猿の顔をした魔物であった。

 地に着いた両足は力強く、たくましく伸びた腕の先からは鋭く尖った獣の爪が生えている。

 身に付けているよろいも見たことも無い程の逸品である。

 

 猿の魔物は、目覚める様にゆっくりと目を開けた。


 対峙していた貴族たちに緊張がはしり皆、首筋を硬くこわばらせた。

 その煌々と光る眼光は歴戦の戦士のごとく鋭い。


「貴様らか?」

「儂を呼び出したのは?」

 

 地響きのごとき声が、部屋の壁をらした。


 一人の貴族が、目の前に立つ魔物に対して身の危険を感じ、腰をかがめながらもその猿の魔物に恐る恐る話しかけた。


「まっ魔王様」人の言葉を話す魔物。かなりの妖力を持つ魔物だと思い、忖度そんたくを含めた丁重な言い回しをする。


 猿の魔物は鋭い眼光と肌に刺さる殺気で、前に出ようとした貴族の足を震わせその場に制止させた。


「貴様らは人間か?」


 貴族たちは言葉を発せず、首だけを縦に振る。


「人間……」

「貴様ら人間ごときが、この儂を呼び出す知恵をつけたか……」


 ゴギゴキと今目覚めたばかりの凝り固まった筋肉を鳴らす。


「シャン」と鈴の様な金属音が鳴った。

 

 生温かい液体が貴族たちの顔や露出した肌に飛び散る。

 話しかけた貴族は短い悲鳴を発し床に崩れ落ちた。


「かっあぁぁぁぁぁぁっ」


 猿の魔物は雄叫びの様なうなり声を上げる。

 眉間と鼻にしわを寄せ、口から牙を剥く。


 部屋の空気が揺れ、置物がカタカタと音を立てる。


 一瞬、猿の魔物からまばゆいい閃光が四方八方にのびる同時に衝撃波となって部屋の空気を膨張させた。


 飛び散った閃光の光は部屋から天井を突き破り天高く登った―――。


 帝都の西、高貴な貴族が住む屋敷の一画が一瞬にして跡形も無く消滅した。


 ◇◆◇◆ 伝承


 一人の青年が木々が繁る深い森をけていた。

 息を切らし苦しそうな表情は、追手から必至に逃げる表情である。

 青年は辺りを見回すと大きな木のみきに背を預け座り込んだ。


「ふうー」


 山鳥が羽ばたいた。


 小枝が掃われる音に体が反応し、体を回転させ横に飛び退く様に逃げる。


 今まで青年が座っていた場所にやりの一撃が振り下ろされる。

 青年は、自分の手に持つ槍を構えると素早く二、三突き槍先を出す。


 目の前の敵・高下駄たかげたの男は、突き出されたやりを難なくかわし、すきをついて反撃の一撃を出した。


「キンッ」お互いの槍が交差する。


 青年の放った槍の一突きが地面をう様に伸び、敵の顔をかすめる。


「ヒュン」

 敵の手元から放たれた銀針が喉元のどもとに迫る。


「カッ」「カッ」

 銀針を打ち払うと同時に突きを繰り出す。


 木を蹴って空高く跳び上がると、すかさずいんを結ぶ。

 真言しんごんを唱えると襲って来た敵にめがけ閃光せんこうを放つ。


 敵に到達したはずの閃光弾は、大きく軌道を反れ周囲の木々を薙倒す。


 既に青年の姿は上空には無かった。


「りゃああああ」

 槍先に込められた渾身こんしんの一撃が敵を突く。


 かわされた槍先が大木たいぼくみきに突き刺さる。

 中ほどまで刺さった槍先はみきに食い込み抜けない。


「ふんっ」「ふんっ」

「ミシッ」「バキバキッ」

 力技とも気合とも見れる動作の結果。槍が突き立った大木たいぼくみきえぐれれ砕け散る。


「…………」


「バンッ」「パンッ」

「今日はこれくらいで良かろう」


 高下駄たかげたの男は、長いひげを満足気にしごきながら、今まで交戦していた青年に告げた。


「儂に付いて来い」


 高下駄の男は、青年に命令するとサッサと歩き出す。


 青年はほこりを払いながら何も言わず、高下駄の男の後を歩いて行く。

 

 深い山中の木々をかき分けながら進み、二人は洞窟に入る。

 高下駄の男が何やら真言を唱えると左手に持つ松明にボワッと火が灯る。

 さらに洞窟の奥へ歩いて行く二人。

 どれくらい奥に進んだだろうか、薄暗く広い部屋らしき場所に着く。

 そして目の前に人が入れる大きさの石箱の前に立つ。

 高下駄の男は、「ふんっ」気合を込めると心手の平で石箱のふたを押しやった。どう見ても石箱のふた大人おとなが数人でも到底動かせない大きさと重さである。


 高下駄の男は、石箱をのぞき中から一本のやりを取り出した。


 どれ程の年代物だろうか? 輝きを失った槍先の刃。


 高下駄の男は、取り出した槍を青年に手渡した。


「これはやりか?」


 くすんだ銀のの地金の先に穂先ほさきがあるが、穂先ほさきを区別する堺が見当たらない。

 まるで背丈ほどある大きなである。


 青年は首をかしげる。


「これより、この槍の持ち主は、お前だ」


「この神槍をお前に伝承する」

「この神槍をふるい、おのれ使命しめいを果たせ」


 青年は、また首を傾げる。


「お師匠さまっ」

 青年が口を開いた。


「お、俺……もっと強そうな槍が欲しい」


 高下駄の男が目を剥く。


「これは余りにも貧相な……」

「俺の今まで積んできた修行はこんな槍の為に……」


「ドスンッ」

 高下駄の男が強烈な一発を青年の腹に食らわす。


「この未熟者めがっ!」

「この伝説の神槍の真価しんかが判らんとは……後10年修行じゃ」


 高下駄の男は、青年から槍を取り上げると怒りの目を剥く。


「自分自身でこの神槍の力を味わってみよっ」


 言うのが速いか、手に持つ槍をクルリと回転させ青年の腹に突き立てた。

 そして容赦なく二突き、三突き……。


「がはっ!」

 古那の体が衝撃で驚き飛び上がる。


「古那っ」「古那ぁ」「古那ったら!」


 古那が驚いて目を開ける。

 於結が古那を見つめながら、はし先で古那の体をつついていた。


「古那。どうしたの?」

「寝言ですごくうなされてたよ」


 顔に冷や汗をかき、珍しく慌てふためく古那の顔を見た於結は、ケラケラと声を上げて笑った。

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