第4話 銀狐あらわる
清兵衛が家業で営む
「若旦那。若旦那っ。魔物の
清兵衛は、帳簿に書きつけていた手を止めた。
「何でも最近、
「火の玉は、こうフワフワと……すうっと何処かへ飛んで行くそうです」
番頭の平助は、さらに声を落としヒソヒソと言う。
「お得意先の旅商人が言っていました」
「最近、山向こうの
「月夜の
「ふうっー。くわばらくわばら」
平助は自分が言った言葉で身震いすると恐々と肩をすぼめる。
「平助。お前は実際に見たのかい? めったな事を言っては駄目だよ」
と注意する清兵衛だが、きまり悪そうに目を泳がす。
肩をすぼめる平助から、ぎこちなく顔をそむけた。
◇
先日の収穫祭で出会った
皆が寝静まる夜中。
古那が
青白く光る玉が三つ、
そして古那の周りをフワフワと飛び回る。
それから毎夜、光る玉は現れ部屋を飛び回り、朝には姿を消す。
清兵衛と千代は最初、魔物が出たかと驚いたが、フワフワと漂い蛍の様に優しく光り、眠る古那を突っつく光る玉に何やら
◇
満月が訪れた夜。
いつもの様に光る玉が三つ、部屋の中を浮遊していた。
古那の看病に疲れたせいか、母の千代が部屋の壁を背にうたた寝をしていた。
「カタッ、カタタッ」
空気が
青白く光る玉がぐるぐると回り始めたかと思うと、光る玉から
それは青白い光に包まれた息を飲むほど美しい三匹の銀色の狐の姿となり現れた。
そして三匹の銀狐は、眠る古那にゆっくりと近づく。
驚いた千代は腰を抜かし声も出ない。
開いた口を手で押さえ右手を差し出す。
三匹の銀狐は、眠る古那の寝顔を見つめた。
そして顔を近づけると古那の顔をペロリと
「……」「……」
「はっははっ」
「やめろよ! はっははっ。くすぐったいよっ」
顔を
古那が元気な声をあげ手足をバタバタさせ始めた。
古那が跳ね起きた―――。
銀狐たちは顔を近づけ更に古那を
「ああっ分かったからっ」
古那は両手で抱えていた
銀狐の体を包む青白い光が徐々に消え、やがて輪郭が鮮やかに現れた。
「母様。母様っ……」
古那は床に座り込む千代に声をかける。
今まで眠り続けていた子が目の前でニッコリと笑った。
目を丸くし床にしゃがみこんだままの千代は、
◇◆◇◆ 古那の腕試し
深い森の奥に三匹の美しい銀狐が、先を争う様に木々の間を
右に跳ねたかと思うと左、左に跳ねたかと思うと右へ。
木々の枝をかい潜り、倒れた大木を風の様に飛び越していく。
最近は見かけなくなった、古い種の狐だ。
銀狐の首元には
風の様に駆ける勢いに振り落とされない様、必死でしがみついている。
銀狐の両耳の間からひょっこり出した顔は、向かい風のスリルを楽しむ表情である。
「ひゃあああー」
銀狐がジャンプする度に悲鳴を上げ、小さな体が宙に浮き左右に振れる。
◇
深い森を抜けると村里を眼下に一望できる岩場に出た。
区割りされた田んぼの
古那と三匹の銀狐は村里を見下ろ丘に居た。
両手を空に広げ、空に向かって大きな声で叫ぶ。
尻尾の先が青い一匹の銀狐が尻尾の先で古那の頭をフサフサと撫でる様に動かした。
光る
古那はこの三匹の銀狐に名を付けた。
一番体が大きく、いつも冷静、瞳が漆黒の様に黒い”
俊敏で気性が荒く瞳の色が赤茶色に光る”
そして、やんちゃで耳と尻尾の先が青毛、瞳の色が緑色の”
◇
最近、近隣の山で狩をする猟師や村の家畜が襲われる事件が度々起こる様になった。 牛や馬、山に住む熊までが襲われ無残な姿で発見された。
命からがら逃げだした村人の話しでは、襲われた馬は一鳴き悲鳴を上げると絶命し、両目が赤く光る何かが異音を立て近づいて来た言う。
記憶の
「よしっ。この辺でいいか!」
早速、古那は腰に下げている
辺りに複雑な果実の混ざった甘い匂いが一面に香った。
どうもこの
暫くすると、遠くから何やら異音が聞こえて来る。
記憶に残る嫌な音。
虫の羽音が一つ二つと聞こえ、こちらに向かって来る。
「本当に来たか」ちょっと驚く。
羽音は徐々のこちらに近づいて来る。
銀狐たちも牙を
「来たっ」
目の前に現れたのは、
羽音を激しくたてながら空中で浮遊する様に制止する。
甲冑の固く光る外殻、恐ろしく大きく尖った二本の牙を生やす
そして赤く光る大きな複眼。魔物である。
体格は古那よりも一回りは大きい。
尾の先端から突き出た鋭利な針に刺されれば、熊でも全身が麻痺し殺到する代物である。
大スズメ蜂は目の前の獲物を見つけるとカチカチと敵を
赤く光る大きな複眼がキラリと光った。
大スズメ蜂は四方に散らばり、古那と銀狐めがけ突っ込んで来る。
一匹が、一番小さな古那の目前に迫ってくる。
が横合いから風の様な影が走り、目の前の大スズメ蜂が視界から消える。
疾風の様に横切った銀狐は、クルリと一回転すると地面に着地する。
飛び出したのは、赤茶目の
すると今度は、左からもう一匹の銀狐・
そして尻尾を振りながら古那の足元に両断され動かなくなったスズメ蜂の体を放ってよこした。
あまりの
「ちぇっ」
古那は大きく呼吸をする。
腰に巻いた銀色の
「よっしぃっいくぞ!」
「りゃあああっ!」と気合のかけ声を発し、地面に垂らした右手の
間髪入れず、左手の
左右に伸びた
パチン、パチンと外殻と
残った二匹の大スズメ蜂が空中で交互に
それた片方の
暫くパチン、パチンと衝突していたが、ついに大スズメ蜂の羽が傷つき外殻が砕け、一匹が力無く地面に落下していった。
「ふううううっ」
「硬いなっああ」
地面に落下した大スズメ蜂を横目に、空中に飛ぶ二匹の敵を目で
大きく深呼吸をすると
銀色の帯を握る右の拳を突き上げ、左手を添えると、
すると先ほどまで
古那は、形を変えた銀色の
そして槍先を空中から攻撃しようとする敵に向け構えた。
目をゆっくり閉じ、大きく呼吸をする。
左右に飛ぶ大スズメ蜂の羽音を両耳で
大スズメ蜂は、動かなくなった古那めがけ空中から突進し襲いかかった。
左右の音を聞き分け、カッと目を見開く。
前に跳躍したかと思うと、素早い動きで槍の一撃を突き出す。
素早く槍を引くと更に二突き三突き槍を繰り出す。
繰り出した槍先は、大スズメ蜂の固い外殻を貫通する。
「残り一匹っ!」
気合と共に声を挙げ、生える木を踏み台に斜めに跳躍する。
途中の枝を踏み台に更に跳躍し体を反転させる。
「りゃあああっ!」
伸びた銀色の槍を両手で握ると大スズメ蜂めがけ、勢いよく振り下ろした。
短い衝撃音と共に外殻と外殻を繋ぐ細い関節が真っ二つに切断された。
地面に落ちた三匹の大スズメ蜂が横たわる。
先ほどの赤く光る目に輝きは既に無い。
光る外殻が輝きを失うと地面にサラサラと砕けていった。
「これが、魔物か……」
古那は砕けていく大スズメ蜂の姿を、目を細めながら見て苦い顔をした。
◇
清兵衛が
酒蔵の番頭の平助が、声を押し殺し清兵衛に話しかけた。
「若旦那。若旦那っ。銀狐の噂を聞きましたか?」
清兵衛は、帳簿に書きつけていた手を止めた。
「山向こうの村里に銀狐が現れて、魔物を退治したそうですよ」
「これは、お狐様の化身かも知れませんねえ」
番頭の平助は両腕を組み、自分の言った言葉に納得した様子で首を上下に振った。
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