君と未来を
羽鳥湊
Aさんの場合
スマホから緊急速報の甲高い音が鳴り響いたとき、俺はスーツを着たままベッドで寝ていた。少しだけ横になるはずがすっかり深い眠りに就いてしまっていたようで、急な覚醒にずきりと頭が痛んだ。
スマホの通知画面には『総理大臣より重大なお知らせがあります』と出ていた。俺はベッドの上に転がっているはずのリモコンを手で探し出し、横になったまま向かいにあるテレビをつけた。
パッと映ったのは総理大臣の顔。苦しそうな顔で遠回しな言葉を並べ立てて、一体何が言いたいのかよく分からなかった。他の局にチャンネルを切り替えたが、どの局も同じように総理大臣の顔を映しているだけだった。
「ええ。ですから、明後日、地球は滅びます。これは揺るぎない事実なのです」
会見の最後に総理大臣はそう言った。嘘だろ、と思って部屋中をきょろきょろと見回した。きっとドッキリだ。俺の反応を誰かが見て楽しんでいるのだと思った。
だけどその後も一向に訂正されないし、誰もネタバラシに来ない。虚しくなった俺はコメンテーターとアナウンサーが「詳しい情報を」と何度も繰り返すだけのテレビを消して、スマホに向き合った。いつも覗いている匿名の掲示板を開き、様子を伺った。
『今のニュース、見た?』『見た』『なんのドッキリ?』『地球が滅びるってどういうこと?』
画面の向こうの誰かの混乱は、全く俺と同じだった。どうやらこのドッキリは俺だけに仕掛けられたわけじゃなさそうだぞ、と思った。しばらくの間画面を凝視していたが、飽きてしまった。スーツを脱ぎ、ハンガーにかけ、皺になってしまった部分を懸命に手で伸ばした。完全に綺麗になることはなかったが、諦めて買い置きしてあった菓子パンを食べてシャワーを浴びた。
部屋着のスウェットを着て再度横になったときにはもう夜の十時過ぎで、せっかく定時で帰れたのに時間を無駄にしてしまった、と思った。もう一度スマホでいつもの掲示板を覗き、変わらない状況を確認しているうちに目が疲れたので寝ることにした。起きていても、出来ることは特にない。
いつもの時間に鳴ったアラームで無理矢理起床し、そういえばとテレビをつけた。朝の報道番組は地球滅亡の話題でもちきりだった。眠たい目を擦りながら、ぺらぺらと喋るアナウンサーの言葉を脳にゆっくり浸透させていく。
情報をまとめると、惑星が地球に衝突するのだということが分かった。それが明日の夜だということも。一部の専門家には既に周知の事実であったが、国民の混乱を考えるとなかなか発表に至らず、結論として三日前の夜、総理大臣の口から発表することになったのだそうだ。
俺がまず驚いたのは、それまで海外からの情報を統制していたのだというこの国らしからぬ事実だった。誰かの奥さんの選挙の際のお金の動きが不透明だと言う騒ぎに紛れてこんなことを話し合っていたのか、としばし呆然とした。
それからようやく、俺は明日死ぬのか、と思った。
いや。俺だけじゃない。全員、みんな死ぬんだ、と思った。
全然実感が湧かなかった。
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