第4話 森の小屋にて

 異世界からやってきたサムライ女・パメラの持つ刀、白狼牙はくろうがは不正プログラムに感染していた。

 俺はパメラの持つ白鞘しらさやの先端に一瞬だけ見えたバグの揺らぎを見逃さなかった。


 なるほどな。

 ティナの奴は先にこれを見抜いていたんだ。

 だから妙にパメラの刀に食いついていやがったのか。

 パメラに悟られないよう、このことを俺に気付かせる意図があったってことか。


 前回の戦いで俺もティナほどではないが不正プログラムを見抜く目を持つようになった。

 そうでなければ気付くことが出来ないほど微細びさいなバグだった。

 パメラの刀は不正プログラムに感染しているのか?

 あるいはパメラ自身が不正プログラムに感染している可能性もある。

 パメラ本人がそのことを自覚しているのかしていないのか現時点では分からんが、またキナ臭いことになってきやがったぜ。

 どうやら俺は不正プログラムに縁があるようだな。


 不正プログラム。

 それはキャメロンとかいう堕天使だてんしがこのゲーム内にばらいた病原菌だ。

 キャラクターや建造物のみならず、大地や海や空までも変質させるウイルス・プログラム。

 これに感染した場合、そのデータが書き換えられ、バグを経て変質しちまう。

 くそったれなウイルスのせいで、強制的に自分が自分ではない何者かになる。

 まったくふざけた現象だぜ。


 キャメロンはその不正プログラムをこのゲーム内の12人の人物に与えた。

 その12人はティナが持つ容疑者リストの中に記載されていて、ティナはその12人の容疑者を捕まえるために旅をしている。

 前回の戦いでそのリストの数は10人まで減っていた。


 もしこのパメラが不正プログラムを自らの意思で保持する奴だったとしたら、あの善人面ぜんにんづらの裏にとんだ食わせ者のつらが隠れているはずだ。

 パメラが不正プログラムにどう関わっているのかを見極める必要がある。

 こいつが単なる被害者なのか、あるいは加害者なのか。

 後者であれば明確な俺たちの敵だ。


 だが、むしろそちらのほうが俺にとっては面白いことになる。

 仮にパメラの奴が不正プログラムを意図的に持つ保持者だったとしたら、ティナに邪魔されることなくパメラとやり合えるからな。

 もし前者ならティナは何やかんやと理由をつけて俺がパメラとやり合うのを邪魔しようとするだろう。

 それはまったく面白くない。


 とにかくパメラがどういう理由で不正プログラムを刀にまとわりつかせているのか、それを知るまでは下手にこちらが尻尾しっぽを出すわけにはいかない。

 ティナもそのことを心得ているようで、不必要に俺と目を合わせることなくパメラと会話を続けていく。

 俺はティナとはまた違う意図いとを持ってパメラの様子を監視することに決めた。

 それから俺たちは森の中を進み、いくつかの川を渡ったところで無人の小屋を見つけた。


「あそこに小屋があります。おそらく天使のきこりが使う作業小屋かと。一度休憩しましょう」


 俺たちが小屋の中に足を踏み入れると、そこは確かにきこりの作業部屋らしく、ひもでくくられたまきや、採集用のカゴなどが置かれていた。

 そこに残されていた古びた椅子いすに腰を落ち着けたパメラのとなりにもティナは腰をかけ、俺は壁際に寄りかかって床に座り込む。

 そこでティナは一度だけ俺に視線を向けると、すぐにパメラに視線を映して話を切り出した。


「天使の農村はどのような被害にあわれているんですか?」

「どうやら収穫し終えた野菜や大事な家畜を、堕天使だてんしどもに略奪されているようでござる。拙者せっしゃに依頼を持ちかけた老天使の御仁ごじんは相当に困っている様子でござった」


 これにはティナが即座に反応を見せた。


「それは許せません。パメラさん。ぜひ私たちにもお手伝いをさせて下さい」

「え? いや、それはありがたいのでござるが……」

「もちろん見返りなんていりませんよ。同胞の天使たちが困っているのですから、私も何とか彼らの助けになりたいんです」


 ティナがパメラにそう切り出したのはもちろん考えあってことだろうが、同胞を助けたいというのは本心だろう。

 こいつはそういう仲間意識のある甘ちゃんだからな。

 俺は同じ悪魔にも仲間意識なんて感じたことはねえから、ティナの気持ちはひとかけらも理解できん。


「いや、報酬をお支払いするのはもちろんやぶさかではござらんが、お会いしたばかりのティナ殿たちのご厚意に甘えるわけにはいかぬでござるよ。お2人にもご予定があるでござろうし……」

 

 突然のティナの申し出にパメラは困惑の表情を浮かべた。

 しかしティナは意気込んでさらに詰め寄る。


「予定なんてありませんよ。私もバレットさんも暇人ひまじんですから。堕天使だてんしたちの傍若無人ぼうじゃくぶじんな略奪行為を見過ごせません。義を見てせざるは勇無きなり、ですよ」


 誰が暇人ひまじんだ。

 

「そうでござるか……そこまで言っていただけるのであれば、ありがたくご厚意に甘えるでござるよ。よろしく頼むでござる」

「お任せ下さい。ね? バレットさん」


 やれやれ。

 人助けなんざ興味はねえし、堕天使だてんしどもをぶっつぶすのも大して面白くねえだろう。

 本来なら二つ返事で却下するところだが……パメラはなかなか骨のありそうな奴だ。

 こいつと対戦するまでは適当に理由をつけて、付かず離れずの距離を保っておく方がいいだろう。


 こいつが不正プログラムを保持しているかどうかは正直、俺にはどうでもいいことだが、実力者との対戦機会は貴重だ。

 ザコどもを何百何千と倒すよりもはるかにな。


「フンッ。堕天使だてんしどもをブチのめすのを手伝ってやるのは構わん。だが条件がある。パメラ。俺と一戦交えてもらおうか」

「またですかバレットさん……」


 俺の言葉にティナは盛大にため息をついてウンザリした顔を見せたが、パメラは白鞘しらさやを水平に構えて神妙な面構つらがまえでうなづいた。


「全力でお相手つかまつる。ただし今は受けた依頼を果たさねばならぬ身の上ゆえ、堕天使だてんしの襲撃を退けた後にお願いしたいのでござるが」


 そりゃてめえの勝手な都合だろ。

 こっちを優先しやがれ。

 そう言おうとした俺だが、いち早くティナが口を開いた。


「バレットさん。まずは堕天使だてんしとの戦いで準備運動をしてから、パメラさんとのお手合わせといきましょうよ。パメラさんに負担をかけないよう、主に私とバレットさんで堕天使だてんしをやっつけちゃいましょうね」


 チッ。

 小娘が知恵をつけやがって。

 俺が言おうとしたことを察知して、先回りしやがった。

 そんなティナの余計な気配りを察することもなくパメラは首を横に振る。


「いや、しかしティナ殿。これは拙者せっしゃが引き受けた仕事。拙者せっしゃが先頭に立たねば……」

だまってろ。堕天使だてんしなんざ誰が倒しても一緒だ。俺がさっさと片付けてやるからおまえは……」


 そう言いかけた俺だが、そこで耳が何かの音を聞き取った。

 それは何かが高速で空気を切り裂くような音だった。


せろ!」


 そう言った俺がその場に身をせるのと、小屋の窓ガラスを破って何かが飛び込んできたのは同時だった。

 それは拳大の石だったが、パチパチと火花を散らせていやがる。


 やばい!

 俺は咄嗟とっさに小屋のすみに飛び退いて両腕で急所を守る。

 視界のはしでパメラがティナを押し倒して椅子いすで身を守ろうとしたのが見えた瞬間、石が大きな音を立てて破裂した。

 途端とたんに細かくなった石礫いしつぶてが小屋中に飛び散った。


「ぐうっ!」


 俺は体のあちこちに石礫いしつぶてを浴びてダメージを負った。

 そして外から次々と同じようなぜる石が投げ込まれてきた。

 俺は即座に小屋の中にあるボロ机をひっくり返してそれをたてにする。

 それを見たパメラはティナを抱えて転がるようにして机の裏に飛び込んできた。


 同時に石がバチッと炸裂して石礫いしつぶてが飛び散り、俺たちが隠れている机に激しく衝突して音を立てる。

 石礫いしつぶてを浴び、ボロ机はあっという間に表面をけずられ、脚を折られていった。


 まずい。

 このままじゃもたねえ。

 かといってここであわてて部屋を飛び出せば、おそらく待ちせされているはずだ。

 外に出たところをズドンとやられるのはクソ面白くもねえ。


 敵は俺たちをいぶり出して、出てきたところでトドメを刺そうとしていやがるんだ。

 迂闊うかつだったぜ。

 いつの間にか小屋の周囲を取り囲まれていたらしい。


「どうするんですかバレットさん! このままじゃ机が壊れちゃいますよ!」


 ティナが俺の横で頭を抱えながらわめく。

 俺はそんなティナを見下ろして手短に言った。


「騒ぐな。今からここを脱出するぞ。屋根の上に抜ける。ここで死にたくなかったら、おまえはパメラを抱えて俺についてこい」

「え? 上?」


 ほうけた顔を見せるティナを無視して、俺は両手に炎を宿し、それを天井にむけて放った。


灼熱鴉バーン・クロウ!」

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