屋上で授業をサボっていたらクラスの女子がダル絡みしてくる。
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第1話
「あ、やっぱりここにいた」
4時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り響くなか、
10月の少し冷たい風が俺たちの間を吹き抜ける。
冬木はニコッと笑い、腰の後ろで手を組んで言った。
「坂川くん、3時間目もサボってたでしょ」
彼女の問いかけに、俺――
3つある校舎のうち、この校舎の屋上だけはどこからも目につかないサボりには絶好の場所。
ここで授業をサボって見つかったことはない。
「冬木も4時間はサボりか」
「うん……へくしっ!」
答えてから、冬木はかわいらしいくしゃみをした。
頬が少し赤らんでいる。
それを見ながら、そろそろ屋上でサボるのもつらい季節になってきたなぁなどと思った。
俺が授業をサボり出したのは、ちょうど半年くらい前、高校2年生になって少ししてからのことだった。
うちの高校では、授業に出なくても、課題を提出してテストで点さえ取ればある程度の成績がもらえる。
別に高いレベルの大学に行こうとは思っていない俺は、気が向かない時は授業をサボるようになった。
冬木が屋上へ来るようになったのは、夏休みが終わったころからだ。
彼女が言うには、授業に出ても新しい発見や感動がなくて退屈らしい。
それでも学年TOP10の成績をキープしているのだから、地頭がいいとはこのことである。
俺と冬木は、たまに2人のサボる時間が重なった時、こうして屋上でたわいもない会話を交わしながら時間を潰している。
「んあー。風が気持ちいいね」
冬木は両手を上げて大きく伸びをした。
少し体を反らせたせいで、平均的なサイズのそれが強調される。
何とは言わないが。
「さっき、寒そうにくしゃみしてたよな」
「嫌だな。雰囲気だよ、雰囲気」
冬木が笑うと同時に、ぴゅーとひと際強い風が吹いた。
制服のスカートが勢いよくめくれ、黒いそれが露わになる。
何とは言わないが。
慌ててスカートを抑えつけた彼女は、真っ赤な顔で言った。
「見た?」
「……何も」
「完全に嘘ついてるよね!?目、泳ぎまくってるよ!?」
「俺が見てないって言ったら見てないんだよ。それとも何だ。見ました素敵でしたご馳走様ですとでも言ってほしかったのか?」
「デリカシーはっ!」
「うるさい奴だな」
ため息をつくと、俺はポケットからラムネを取り出した。
2、3粒手に取って口へ放り込む。
甘味とわずかな酸味が広がった。
「それ欲しい!私もちょーだい」
冬木が立っている場所から右手を差し出してくる。
俺はあからさまに嫌そうな顔を作ってから言った。
「やだよ。何でだよ」
「ケチ。パンツ見たお詫びにちょうだいよ」
「事故だろ。そんなところで手を伸ばしてないで、近くに寄れよ」
「そっから腕を伸ばせばいいじゃん」
「俺は麦わらの海賊か」
「はははっ。欲しいツッコミくれるところ好きだよ」
そう言うと、冬木は俺の隣に腰を下ろした。
「ラムネちょーだい」
「ああ、もうめんどくさ」
ぼやきつつ、俺は冬木の手にラムネを乗せてやる。
彼女は笑顔でそれを口にすると、あむあむ溶かしながら食べ始めた。
何となしにその横顔を見つめていると、彼女の方もこちらを向いた。
「んー?どうしちゃったのかなぁ、私の方ばっかり見て。見とれちゃったのかなぁ?」
にやにやしながら、グイっと顔を近づけてくる冬木。
シャンプーなのか服の柔軟剤なのか、シトラス系の香りが漂ってきた。
「あーもう、そういうノリだるいわぁ。教室帰れよ」
「やだよ。今日はサボりって決めたんだから」
「胸張って言い切るなよ、そんなこと」
「わー。胸とかやっぱりいやらしっ」
「マジで帰れ」
俺が真顔で応じると、冬木はケラケラ笑った。
全く悪いと思っていない様子だ。
「今日は何するの?」
「何にもしない。ただぼーっとするだけ」
「じゃあさ、しりとりしない?」
「それくらいならいいけど」
「じゃあ私からね。えっとー、バルス!」
「いきなり破壊の呪文唱えるなよ。しりとりでいきなりバルス言う奴初めて見たわ」
「えへへ。いいから!スだよ!ス!」
「えへへってなぁ……。えっとス……ス……スクワット」
「ト……ト……ト●ロ!」
「ロ……ローマ」
「マ……マ……マ……まっくろ●ろすけ!」
「ジ●リ大好きかよ……。んー、ケーキ」
「キ……木●拓哉!」
「あれ?ジブ●じゃない……あ!ハ●ル!●ウルの声優が木村●哉!」
「せーかい!ほら、やだよ、や」
「クイズかよ……。えっと、やだな。や……や……」
4時間目終了のチャイムが鳴るまで、俺と冬木のしりとりは続いた。
それにしても、必ずジ●リ関連の単語で返してくるってどんだけ好きなんだよ。
※ ※ ※ ※
「そろそろ行こっか」
「だな」
チャイムが鳴ると同時に、しりとりを中断して屋上を後にする。
理由は簡単。このまま屋上にいると、弁当を持ったリア充カップルどもが大量に押し寄せてくるからだ。
授業中はぼっちサボり魔の天国だったこの場所も、昼休みになればキャッキャウフフお猿さんたちの花園と化す。
さっさと脱出するのが吉だ。
「例によって体育倉庫?」
「俺はな。別に合わせなくていいんだぞ」
「合わせるよ」
「あっ、そ」
予め屋上へ持ってきていた弁当を持ち、一旦校舎の外に出てから体育館横の倉庫へ入る。
バレーボール部が毎日きれいに掃除してくれているおかげで、倉庫内はきれいで嫌な臭いもない。
十分に弁当を食べられる環境だ。
腰を下ろして弁当箱を開けると、早速冬木が箸を伸ばしてきた。
「坂川くん、卵焼きちょうだい」
「交換ならいいけど」
「じゃあレタスをあげよう」
「正気か?」
「レタスじゃダメか。キャベツは?」
「だから正気か?」
「んー。じゃあサニーレタスならいい?」
「よく分かった。正気じゃないな。っていうか、どんだけ弁当に葉物野菜入ってるんだよ」
「入ってないけど?」
「は?」
冬木が見せてくれた弁当には、ハンバーグに卵焼き、トマトにブロッコリーが入っている。
レタスやサニーレタスはおろか、最初に言ったキャベツすらない。
それに卵焼きあるじゃねえか。
「何なの?もういろいろと何なの?」
俺がため息をつくと、冬木はハンバーグを食べながらケラケラと笑った。
「何なんだろうね?私は何なの?」
「俺が知るか。あーもう、お前と喋るのだるいわぁ」
「ごめんごめん。お詫びに卵焼きあげるから」
冬木は俺の弁当の上に卵焼きを載せてきた。
その箸、さっきハンバーグと一緒にお前への口へ入ってたよな。
言葉にすると間接キスだ何だとイジってきそうだから言わないけど。
「ん。俺からも卵焼きな」
俺はまだ未使用の箸で卵焼きを冬木の弁当へ加える。
一通りのやり取りが終ったところで、俺はようやく弁当を食べ始めた。
「おおっ、坂川くんちの卵焼き美味しいね」
「そりゃどうも」
「料理上手なんだなぁ、お母さん……」
実は、弁当作ってるのは俺なんだけどな。
「じゃなくて坂川くん」
「は?」
「いやぁ、坂川くんお手製卵焼き絶品だよ~。明日はハンバーグ作ってきて」
「怖い怖い怖い。何で俺が自分で弁当作ってること知ってるの?」
「
「ああ、何だ蛍から聞いたのか……」
「そうそう」
「……おい」
俺は弁当を置き、冬木の両肩をつかんだ。
自分でも分かる。今の俺、めっちゃ怖い顔してる。
「な、何?愛の告白?いやっ、私っ、心の準備がぁっ」
「バカか。そんなことより何で俺の妹を知ってる」
坂川蛍は俺の妹だ。
黒髪清楚系美少女のめちゃんこかわいい中学生の妹だ。
別にシスコンというわけではなく、兄妹というひいき目を抜きにしても妹はかわいい。
兄妹関係は良好で、たまに毒を吐かれるけど、それは愛情の裏返しだと思っている。……信じている。
問題は、そのかわいい妹と冬木の間にどうして関わりがあるのかということだ。
「ふっふっふ~。何ででしょぉねぇ?」
にやにや笑っている冬木の様子からして、本当のところを言うつもりはないらしい。
仕方ない。今日帰ったら蛍に直接聞くか。
冬木椎菜っていう悪いお姉さん知ってる?って。
※ ※ ※ ※
昼休み終了と同時に屋上へ戻り、午後の授業中はゲームをして時間を潰す。
6時間目も半ばに差し掛かったころ、ふと冬木がため息をついた。
「学校って何なんだろうね」
「急にどうした」
「いや、私たちはこうして授業サボってるじゃん?だけど課題出しててテストの点が良ければ成績は取れる。もうテストの時だけ学校来れば良くない?とか思ってみたり。学校に通う理由が見つからないっていうか」
「一理はあるな。うちの学校が特殊ってのもあるけど。まあそれでもさ、学校で体験できることって勉強だけじゃないんじゃないか?」
「例えば何?」
「んー何だろ」
学校で触れられる勉強以外のもの。
人間関係だの集団行動だのが定番の答えだろうが、ほとんど学校の人と関わっていない俺が言ったところでただの詭弁だ。
返答に困る俺の頭になぜか浮かんだのは、昼休みにここを占拠するお猿さんたちだった。
「恋愛……とか?青春ラブコメみたいなの」
「……へ?」
言ってからしまったと思った。
恋愛だの青春ラブコメだの、それこそ俺から縁遠いものじゃないか。
何を血迷って恥ずかしいことを口にしてるんだ、俺は。
「今のは忘れ……」
「なるほど。青春ラブコメねぇ」
いじられると思って慌てた俺だったが、意外なことに冬木はからかってこなかった。
真剣な表情のまま、俺の言葉を反復する。
「恋愛……青春ラブコメ……」
「いや、そんな真剣にならなくても。苦し紛れにパッと浮かんだことを言っただけだから」
「いや、ありかもしれないね」
「ありって……何が?」
吹っ切れたように晴れやかな表情で笑う冬木に、俺はどことなく嫌な予感を抱く。
冬木は笑顔のまま答えた。
「実はさ、高校辞めようかと思ってたんだよ」
「お、おう。いろいろ話が急だけどそりゃまた何で?」
「んーつまんないし、高校卒業の資格は取ろうとすれば取れるし、何なら株式投資で余裕のある生活ができるくらいは稼いでるし」
「最後のは初耳だ。マジで?」
「マジで。だからもう通わなくていいかなーと思ってたんだけど、やっぱり通うことにした」
「その心は?」
「坂川くんだよ」
冬木は俺のことをビシッと指さした。
「学校で青春ラブコメが学べるなんて、なかなか面白いじゃん。私、この学校に残るからさ、坂川くんが青春ラブコメ教えてよ」
「ちょっと待て。あれは苦し紛れに出たことでそもそも俺はお前に恋愛感情なんか……」
「私もだよ。ぜんっぜん、坂川くんのこと好きじゃないし。あ、LIKEではあるよ?LOVEじゃないだけ」
どうしてだろう。
告ってもいないのにフラれて、何ならちょっと傷ついたんだが。
「じゃあ無理だろ。お互い好きじゃないのに青春ラブコメも何もない」
「そうかな?犬猿の仲だった2人が惹かれ合うのって、ラブコメの定番だと思うけど。いいんだよ。始まりは好きじゃなくたって。どうせなら、私が坂川くんに恋できるよう頑張ってみてよ」
「……何で俺がアプローチする側なんだよ」
「男だから?」
「理由になってねぇ……」
俺はボヤきながらも頭の中で考え始めた。
女子から告白されたことすらない俺に、青春ラブコメを教えてくれとのたまう変なクラスメイトが目の前にいる。
今までになかったことだ。面白いといえば面白い。めんどくさくもあるけど。
俺が断ったら、彼女はこのまま学校を辞めるのだろうか。
別に冬木がいなくなったって、俺のやることは変わらない。
学校に通いながら、気の向かない時は屋上で1人サボる。
昼休みになったら逃げるように体育倉庫へ行き、また戻ってくる。
ただそれだけ。
退屈といえば退屈だが、俺はそれだって構わない。
だけど。
だけどまあ、暇つぶしにはなるか。
冬木の言う青春ラブコメがどんなものか知らないけど、今日のようにくだらない会話を交わしながらダラダラするなら悪くない。
1人よりは、楽しいのかもしれない。
これまであえて1人を選んできた俺だ。
2人を体験してみるのも悪くない。
そのために学校に来るのも悪くない。
「悪くないな」
別に1人の方がいいとなれば、冬木をフッてしまえばいいのだ。
付き合ってすらいないけど。
「いいよ。冬木が青春ラブコメのために学校へ来るなら、その茶番に付き合う。どうせサボってる間は暇だしな」
「ほんと!?」
「まあな」
手を叩いて喜ぶ冬木。
そんなに嬉しいかよ、こんな陰キャぼっちと一緒にいられて。
「あくまでも暇つぶしだ。めんどくさくなったら切る」
「もー。素直に私が学校を辞めるのがやだって言えばいいのに」
「な訳ないだろ」
「坂川くんはツンデレなんだからぁ」
「言っとくけど、既に俺の“やっぱやめとこうかなーメーター”が半分くらいまで来てるからな?」
「わーわーわー!ごめんってば」
「確認しとくけど、お前は俺に恋愛感情を持ってないんだな?」
「うん。確認しとくけど、坂川くんも私に恋してないよね?」
「ああ」
お互いが両想いだと確認して始まる青春ラブコメならともかく、全く好きじゃないと確認して始まる青春ラブコメってなんだよ。
外れもの同士の俺たちにはこっちの方が似合ってるのかもしれないけど。
「それじゃあ、今から青春ラブコメ開始ね。卒業する時には私たち付き合ってたりして」
「そうならないことを祈るよ」
「ひどっ!?」
「冗談だよ冗談。まずはそうだな、しりとりでもするか」
「それはラブコメなの?」
「知らねぇよ。俺が青春ラブコメに詳しいように見え……」
「見えない」
「即答だな、おい」
言い終わらないうちに被せてきやがった。
冬木がけらけらと笑う。
「2人で探そうよ。2人のラブコメ」
「だいぶひねくれたラブコメが出来上がる気がするけど?」
「それでもいいよ。楽しければ。ということで、楽しければのばでバルス!」
「いきなりなんだよ……ってしりとりか。えっとス……ス……」
ス……ス……好き……?
俺が冬木に好きって言う時は来るんだろうか。
しりとりにしろ、告白にしろ。
……分からんな。何にも分からん。
「スだよな……。スクワットは先言ったし、ス……ス……」
青春ラブコメのために学校へ来る冬木と、その暇つぶしに付き合うことにした陰キャぼっちの俺。
このちょっと変わった関係は、まだ始まったばかり。
屋上で授業をサボっていたらクラスの女子がダル絡みしてくる。 メルメア@『つよかわ幼女』発売中!! @Merumea
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