神の雷

 クトーラの身体を作る無数の細胞が、大量の電力を生み出す。

 生体電流の一種であるがその発電量は凄まじく、五百ギガワットアワー……人間が作り出した原子力発電所三百基以上の発電量を誇る。

 それと同時に細胞内に含まれている金属元素が、次々に細胞外へと排泄される。金属元素は体液により運ばれ、やがて触腕内部にある螺旋状器官へと辿り着く。この螺旋状器官には発電して得た電力の大半が集められていて、凄まじい電磁力を有していた。

 金属元素は螺旋状器官の中に入ると、流されている電磁力により加速。最終的に触腕の先端に辿り着くが、この先端には『円形』の器官が存在していた。ぐるぐると螺旋内を駆け巡る中で加速していた金属元素は、この円形状器官――――の中で更に加速しながら、次々に集められる事で密度を増していく。

 そして最高速度に達するや、クトーラは円形加速器の一部を盛り上げて『坂』を形成。坂にぶつかった金属元素はその道に沿って駆け上り、触腕の爪の根元部分……そこに開いた小さな穴から射出される。

 射出前の予兆として、高エネルギー状態の金属原子の熱量により触腕の先が光り出す。昼間であっても観測可能な程度には強い輝きだ。

 人間達もこの光を目視で確認する事は出来る。何か、不穏なものも感じ取ったのだろう。戦闘機はこの場から飛び去ろうとし、戦車は後退していく。逃げようとしているようだが、クトーラがこれから繰り出そうとしている攻撃に対してはあまりに遅く、そしてクトーラは彼等を見逃すつもりがない。


【シュゥ】


 小さな呻きと共に、クトーラは触腕に溜め込んでいた金属原子を撃ち出した。

 放たれた金属原子が持つ膨大なエネルギーにより、通過点にある大気分子がプラズマ化。強烈な閃光を放つ。それが一直線に伸びていく様は、正に『レーザー』光線。実際には金属原子の射出であるそれは、レーザーではなくビームと呼ぶのが正しく、また光速よりも遅い。それでも放たれた金属原子の最高速度は光速度の九割ほどに達する。この桁違いの速さと金属原子の質量により、対象を物理的に破壊する。

 高出力金属原子砲――――これはクトーラ族が好んで使う技の一つだ。

 この技の好ましいところは、数多ある技の中でも特に『派手』である事。クトーラ族は戦い好きであるが、その戦いの中でも鮮やかで過激なものを好む。眩い閃光という派手な技で戦場を染め上げるのは、彼等にとって極めて重要な要素。クトーラも種族の一般的な思想に乗っ取り、六本の触腕から六本の高出力金属原子砲を放つ。加えて自らの身体も(余剰電力を光に変換して排出するため)眩い光を放つため、姿も極めて神々しいものとなる。

 とはいえこれは実用的な利点ではない。戦闘面での利点もちゃんと存在している。

 戦う上での大きな利点の一つが、単純故に通じやすい事。やっている事は要するに重たいものを高速で投げ付けているだけで、クトーラに撃ち込まれた戦車砲や機銃と、相手にダメージを与える理屈はそう変わらない。大雑把に考えればただの投擲なのだ。

 ただし光速の九十パーセントもの速さに達する投擲であるが。ほぼ光と変わらぬスピード故に、視認した時と着弾はほぼ同時。神経伝達にも速度があり、例えば人間の場合、目で見てから反応するまでに〇・一〜〇・二秒ほどを必要とする。見えたところで反応を起こす前に命中するのだから、狙いが正確である限り『必中』の攻撃となる。

 更に撃ち出すものが小さな原子ともなると、当たった後の反応が他の投擲攻撃とは少々異なる。

 光速に近い速さでぶつかってきた金属原子は、対象を構成する原子と激突する。凄まじい物理的衝撃を受けた原子は、その形を保つ事が出来ずに崩壊。原子を構成していた陽子や電子、中性子を周辺にばら撒く。

 飛び散ったそれら粒子はどうなるか? 勿論すっと消えてしまう訳ではない。飛び散った勢いのまま飛んでいき、近くの原子に激突する事がある。その時の勢いが十分に強いと、また原子が崩壊して陽子などを撒き散らす。すると今度はこの粒子が他の原子を破壊し……といった具合で連鎖反応が発生。原子の密度が低ければ反応は止まるが、『固体』を形成する密度では高確率で次の崩壊が起こるため、連鎖反応は続くどころか勢いを増していく。

 人間はこの反応を臨界と呼ぶ。

 即ち核爆発――――クトーラが高出力金属原子砲を撃ち込んだ戦闘機や戦車も、次々と核爆発を起こして吹き飛んだ。質量そのものを燃料にして引き起こす爆炎は、半径数百メートルにも及ぶ。衝撃波は更に十数キロと渡って広がり、近くにいた人間達の兵器を巻き込んだ。ついでに、人間達の都市も吹っ飛ばす。巻き込まれた人間達は、自分が何故死んだのかも理解する事が出来ていないだろう。クトーラの頑強な肉体だけが、この破滅的な力に耐え抜く。

 とはいえ一回の爆発で、全ての人間と兵器を巻き込んだ訳ではない。空にはふらふらしながら飛ぶ戦闘機が、地上には遮蔽物の影から現れる戦車がいた。

 ここで活躍するのが、二つ目の利点。効率の良さだ。


【シュゥオオオオオ……】


 六本の触腕の向きを変え、次々と高出力金属原子砲を放つ。その数は十や二十どころか、百に迫ろうとしていた。

 攻撃時に放つ金属原子の量は極めて僅かなもの。また、要するに重たい原子であればなんでも良いので、体内で余っている原子を使える。しかも身体で発生させた磁力を用いれば、土壌から金属をいくらでも引き寄せる事が可能だ。補給面での問題はない。

 実質消費するのは発電に用いたエネルギーぐらいなものだが、この消費エネルギーもクトーラの体力から見ればごく僅かなもの。人間で例えるなら、ちょっと重たいものを片手で持ち上げる程度の気軽さで撃ち出せる。

 クトーラからすればこの技は、それこそ軽めのパンチといったところ。だが人間達からすれば、神から下された鉄槌が如く破壊力を宿していた。そしてこのクトーラは、人間達が期待する慈悲深さや愛を持ち合わせていない。

 敵対者は塵一つ残さずに消し飛ばす。逃げる者を執念深く追う事はせずとも、逃げる者の背中を見送る事もしないのだ。


【シュゥオオオアオオオ!】


 薙ぎ払うように高出力金属原子砲を撃てば、核の炎が一直線に広がる。地上の戦車はこれで一つとして残らない。

 空には数で勝負。人間が使う銃弾のように、連続かつ多数の高出力金属原子砲を乱れ撃ちして戦闘機を貫く。爆風が空に広がり、紅蓮の炎と灰色の煙が青空を埋め尽くす。 

 アメリカ合衆国ニューヨーク州。人類文明でも有数の、或いは中心的な大都市。

 その大都市が、クトーラが放った数十発の『ビーム』により一瞬で跡形もなく消え去った。二千万人の市民を巻き込んで。それも何処かの敵対国が撃ち込んだ新兵器でも、高度な文明を持つ異星人の攻撃でもなく、たった一体の生物がこの惨事を引き起こしたのだ。


【……シュオッ、オッ、オッ、オッ】


 その光景を生み出したクトーラは、無数の爆発の中心地で笑う。

 中々面白い戦いだった。空飛ぶ金属や、地上を走る金属など、人間の文明力はこちらを幾度となく驚かせてくれた。『強さ』は特筆するほどのものではなかったが、戦いとはぶつかり合った強さだけで語るものではない。様々な驚きもまた戦いの魅力である。

 そしてクトーラは、もう人間と戦う意思を持っていなかった。彼等にとって戦いは楽しみの一つ。痛みも傷も彼等からすれば楽しさの証でしかない。仮に目玉を抉られたとしても、それで相手を恨んだり、ましてや種族ごと根絶やしにしてやろうなんて梅雨ほども思わないのだ。むしろ爽やかな気持ちになり、相手に親しみすら感じるほどである。


【シュオー……シュオッ】


 気分がスッキリしたところで、また人類の文明を見て回ろうかとクトーラは思う。戦いを愛するのと同時に、戦いだけが世界の全てでない事も彼は知っていた。面白い戦いを見せてくれた人間達は、他にも面白いものを見せてくれるかも知れない。

 とはいえこの都市は戦いの余波で、すっかり破壊し尽くしてしまった。何十と起きた核爆発により瓦礫すら残らなかった、灰ばかりの平坦な大地を見ても流石に退屈である。

 ちょっとばかり調子に乗り過ぎたか。自分の『失敗』を認識するだけの知能を持つクトーラは、自らの行いを反省した。ただしそれは好奇心を満たす機会を失った事に対するもの。人間を消し飛ばした事に一切の罪悪感は抱いていない。

 それにクトーラは決して考えなしにこの都市を跡形もなく破壊したのではない。これだけ高度な文明を築いた人間の勢力が、この都市一つに収まるとは考え難い。繁栄と共に広範囲に広がっていくのは、生物が持つ基本的な本能と性質なのだから。

 それに巨大な都市を維持するには、莫大な量の資源が必要だ。鉄鋼や燃料、食糧などの資源を全て都市の近くで賄うのは困難であるし、それら原材料を加工に適した『地形』や『環境』も異なる。加えて、原材料の加工にも労働力が必要だ。そして労働力が豊富であるなら、分業化・専業化した方が効率的であるし、様々な競争にも勝ちやすい。

 ならばこの都市以外にも、様々な産業に特化した都市がある筈だ。クトーラの高度な知能は、人類文明の基本的な構造を既に見抜いていたのである。

 ……奇跡的にもあらゆる産業が存在出来る、多種多様な資源がドバドバと溢れ出る特別な地域という可能性もゼロではなかったが。その場合この小さな都市の壊滅は人間の滅びを意味していたが、それならそれでまぁ良いかとクトーラは思っていた。所詮こんなのはただの暇潰し。失われたなら「残念だなぁ」で終わる話に過ぎない。


【シュォオオオオン】


 果たしてどちらの可能性が正しかったのか。クトーラはそれを確かめるため、とりあえず北に向けて進み出すのだった。

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