接触
四億年。
クトーラが生まれてから、今日までに流れた年月だ。まともに活動していたのはそれから一億年程度で、以降殆どの時間を寝て過ごしていたが……しかし四億年間この地球にいて、時代の節目節目をこの目で見てきた。
それだけの時間を生きてきた彼でも、金属が自在に飛ぶところなど見た事がない。
【シュオオオオー】
自分の周りを旋回するように飛ぶ金属を目の当たりにし、クトーラは感嘆した。この奇妙な金属の塊が文明の産物だと気付き、人類が持つ技術の高度さを思い知ったのだ。
今までたかが猿の末裔だと侮っていたが、これほど優れた文明を持つとは。果たして自分達に、このような物を作れるだろうか? クトーラにその自信はない。
だからこそ興味深く、故にじっと観察していた。一体どのような原理で飛び、どのような推力を持ち、どれほどの力があるのか。全てが興味深い。
それは金属の塊から、何かが光と共に放たれたのを見ても変わらない。放たれたものが身体に当たったところで痛くも痒くもなかったので、クトーラは稚児のように金属の塊を目で追う。
クトーラは知らない。その金属の塊が、戦闘機と呼ばれているものであると。
クトーラには知る由もない。彼のいる場所が西暦二〇三三年のアメリカ合衆国ニューヨーク州である事も。彼の傍にやってきたのは米国空軍の戦闘機。都市を防衛するため、強力な機銃やミサイルを装備した戦闘機による攻撃が開始されたのだ。
【シュオー。シュオオー!】
尤も、地肌どころか眼球に機銃を撃ち込まれても、クトーラは怯みもしなかったが。
痛みを感じないのではない。金属分を多く含むその身体は、機銃掃射でも穴一つ開かないほど頑強なのである。クトーラとしては攻撃されている感覚すらなく、なんらかのコミュニケーションを試みているように感じた。
成程、自分との対話を求めているのか。戦闘機及び人間の『殊勝な心掛け』に、クトーラも触腕を大きく広げて応える。更に【シュオオオオオオーッ!】と何時も以上に力強く鳴いた。クトーラ達に文字はないが、鳴き声による言語ぐらいはあった。人間達に通じるとは思わないが、だがこれほどの文明を持つ生物であれば、こちらが意思疎通を図っている事は伝わるだろう。
猿共に文明を与えた時は、言葉が通じなかったのも途中で飽きた一因だった。しかし人間達の知能の高さは、飛び回る
果たしてこの生き物達は自分をどれだけ楽しませてくれるのか。そんな期待に胸を躍らせていたところ、戦闘機からまた光と、そして今度は大きな塊が飛んできた。
一体どんな挨拶を返してくれたか。期待感から飛んでくるものをじっと見つめていたクトーラの顔面に、物体は勢いよくぶつかる。
次いで、大きな爆発を引き起こした。
【……シュー?】
爆発によるダメージはなし。しかしその光景と衝撃は、クトーラに一つの疑問を抱かせる。
ひょっとすると、これはコミュニケーションではないのだろうか?
生物によってコミュニケーションは様々だ。声だったり光だったり仕草だったり。しかし爆発を用いる生物がいるとは、ちょっと考え辛い。人間が爆発に耐えられるぐらい頑丈ならばあり得るかも知れないが、死んでしまうような一撃でコミュニケーションなど取れる筈がない。
色々と考えてみるに、どうやらこれは攻撃のようだった。
【…………………………】
途端、クトーラから『暢気さ』は消えた。
代わりにその身体を満たすのは、激しい『闘争心』。
クトーラ族は寛容だ。
気紛れでいい加減な性分ではあるが、基本的にはどんな生物にも友好的に接する。ただその強大な力と無邪気さが合わさり、相手を死なせてしまったり、遊びと称して大虐殺をしてしまうだけ。相手が何かをしてきたとしても、それが攻撃でない限り大概は許す。対話を試みるなら、それに応える事も喜んでしよう。
だが、攻撃となれば寛容さは終わる。
何故なら彼等は寛容である以上に、血と闘争をこよなく愛しているから。戦う意思を見せる者には、同じく戦いの意思を示す。こちらの血を見ようとするなら、万倍の傷を与えて応える。それが彼等にとっての敬意であり、愛情であり、最上のコミュニケーションなのだ。
人間が自分達の感性を理解しているとは、クトーラも思っていない。だがそんな事は重要な話ではない。
戦いこそがクトーラ族の在り方なのだ。
【シュアオオオオオオオオオオオオッ!】
闘争の咆哮を上げ、クトーラは人類に対しその感情をぶつける事にした。
とはいえ猛り狂おうとも、クトーラの知能は高い。攻撃してきた戦闘機達は今や遥か上空を飛んでおり、いくら触腕を伸ばしても届かない事はちゃんと自覚している。
そして地磁気を利用した飛行方法でもその高さまで行けなくはないが、戦闘機達の速度は明らかに地磁気飛行するクトーラよりも上だ。飛んでいくそれを追ったところで、あっさり逃げられるのは目に見えている。クトーラの頭脳であればこの簡単な事実を認識するなど訳ない。
ならばどうするか? 難しく考える必要はない。要は届けば良いのだ。
幸いにして、周りには投げ飛ばせるものがいくらでも存在している。おまけにお膳立てでもされているかのように、金属が山ほど見られた。知らない故仕方ないとはいえ、このような場所で自分に喧嘩を売る人類を、クトーラは心底間抜けだと思う。
【シュゥオオオオ……】
クトーラは全身の細胞を活性化させ、電力を生産。これを身体、特に一本の触腕の先に集中させ、強力な磁力を生み出す。
その強さたるや、数キロ彼方にある自動車を引き寄せ、宙に浮かべてしまうほど。
車は中に人間がいる事などお構いなしに浮かび、磁力を発するクトーラの触腕へと集まる。次々と集まる車の圧によって、最初に触腕に到達した自動車は潰れていく。勿論、中の人間諸共だ。誰一人として逃れられず、中で挽肉に変わっていく。
更にクトーラは集めた自動車に生体電流を流す。これは生き延びた人間を焼き殺すため、ではない。金属に電流を流す事で、磁石を作り出しているのだ。文明を作り出す事が出来るだけの知能を持つクトーラ族にとって、この程度の基礎科学は小さな幼体でも知っている。
磁石化した自動車達は違いにくっつき合って一塊となり、クトーラの触腕に張り付く。その『手触り』からクトーラは、自動車達の磁石化完了を把握。
【シュオッ!】
すると細胞から作り出していた電気の流れを逆転。触腕が帯びていた磁極を瞬時に反転させた。
磁石同士がくっつく時というのは、磁極が異なる時だ。磁石化した自動車塊とクトーラの触腕の先も同じであり、N極とS極でくっついていた。されど電流の変化により触腕の磁極が一瞬で反転。今や同じ極が隣り合っている。
この時起きるのが、磁石ではおなじみの現象である反発。互いに離れようとする。
クトーラの触腕は、クトーラ自身の筋力に支えられているため動かない。だが車の集まりは違う。金属故に重くはあるが、クトーラが生み出した磁力の強さと比べれば小さな質量だ。得られた反発力は数百トンの質量だろうと難なく突き動かす。
故に、一塊となった車達は猛烈な勢いで空を飛ぶ。
車達の飛行速度は秒速一キロに達する。戦闘機達の飛行速度を遥かに上回るそれは、瞬く間に距離を詰めていき――――戦闘機は躱しきれず、命中。
当たり方は翼の片側部分を半分ほど吹き飛ばした程度。だが戦闘機はぶつかった衝撃からかぐるんと回転し、錐揉み状態に陥る。壊れた面から火災も発生し……ついに爆発。よもや落とされるとは思っていなかったのか、仲間が一機落とされただけで戦闘機全体の隊列が僅かに乱れる。
【シュシュゥゥ、シュシュシュシュ……】
知的と言っても所詮はこの程度かと、クトーラは嘲笑う。
しかし人間達は未だ諦めず、攻撃を続けてくる。小さな無数の金属を撃ち込んできたり、はたまた爆発する大型の金属を放ったり。その度にクトーラは車を集め、射出して撃ち落とすが……どうやらこの国は相当たくさんの戦力を持っているらしい。数機撃ち落としても、続々とやってくる。
最初こそ諦めの悪さを笑っていたクトーラだったが、段々と代わり映えしない攻撃に飽きてきた。クトーラ族は戦いを好むが、飽き性でもある。いくら攻撃といえども、単調なものは好みではないのだ。性懲りもなく同じ攻撃を繰り返す人類に、クトーラは少しずつ苛立っていく。
そんな時に、今までよりも少し強い衝撃が彼の表皮に突き刺さった。
【……シュォ?】
巨大な眼球を動かして攻撃された方を見遣ると、三キロほど離れた位置にある小高い丘に大型車両がある事を確認出来た。
車両の総数はざっと十両。都市にある車両と違い、車輪部分が履帯で出来ている。また上に細長い筒状の装備があった。
これが人間達が戦車と呼ぶ兵器である事を、クトーラは知らない。しかしクトーラの優れた知能はあれがなんらかの(恐らく金属類)物体を高速で射出し、その運動エネルギーで対象を破壊する兵器だと見抜いた。それと同時に勘違いも起こす。
人間達は力の出し惜しみをしていたのか、と。
実際には出し惜しみではなく、単純に戦車よりも戦闘機の方が『速い』ため、先に攻撃してきただけなのだが……クトーラの優秀な知能は、その時間差を理解しない。優秀であるが故に、一斉攻撃をしてこない事自体を戦略の一つだと認識したのだ。まさか人間達が「たかがイカの化け物にこんなにも苦戦するなんて」と考えているとは、夢にも思わずに。
クトーラの心は再び踊り出した。今までの単調な攻撃は戦略的行動であり、人間の力はこんなものではないらしい。思えば自分はよく母親に「アンタは早とちりする性格なんだから落ち着いて行動しなさい」と叱られたものだ……
懐かしき過去に思いを馳せて止まるクトーラを、人間達はどう見たのか。更に苛烈な砲撃とミサイル攻撃を仕掛けてきた。効いていると思ったのかも知れない。
【シュゥオォォォ……】
しばらく砲撃を受け続けていたクトーラだったが、やがて六本の触腕を大きく広げた。人間で言うならば、降伏を意味する行為である両手を上げるように。
無論、クトーラは人間に下るつもりなど毛頭ない。折角戦いが面白くなってきたというのに、ここで止めたら相手に失礼ではないか。即ちこれからやるのは返礼。心躍る戦いへの感謝を伝えるべく、今まで見せていなかった自らの力を披露するためのもの。
クトーラの全身が光り始めた事が、その力の行使が始まる合図なのだが……人間達に、それを知る術などなかった。
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