不器用君は名前を喚べない

鏑矢のアカミネ

第1話 不器用君の独白

不器用君の独白

どうして僕はこんなに受け身なのか。

自分から声をかけようとしたらなんでこんなに頭が痛くなるのか。塚本さんに声をかけようとすると、なぜだか分からないが、体が熱くなった。僕は人に話しかけようとしたとき、頭が痛くなってしまう。特に人の名前を呼ぼうとしたときだ。頭が痛くなって結局名前を呼べない。だから僕は今まで一度も人の名前を呼んだことがない。その場にいない人の名前を口にすることは出来るんだ。けれどその人がいる状況で、その人の名前を呼ぶことに激しい抵抗がある。原因は分からない。誰にも相談しないまま高校2年生の今に至っている。

中一の時クラスメイトの今村さんを頼った時にはこんなことをいわれた。なんで名前で呼んでくれないのと。僕は別にとしか答えられなかった。その時はそれで話は終わった。

けれどそれ以降、相手の肩や机をちょんちょんとして話しかけたり、なあなあと言って話しかけたりすることが億劫になった。他の人から僕の名前を呼ばれるのは嫌じゃないのに。なんで僕から他の人の名前を呼ぶことが出来ないのだろう。本当は呼んでみたいのに。

不器用君って全然人の名前呼ばないね。そうクラスメイトに話しかけられたことは一度や二度じゃない。そんな風に言われれば言われるほど、僕はもっと人の名前を呼べなくなる。そんな気がした。人の名前を呼びたい、呼ぼうと思うことさえ苦痛を感じるようになった。


西田秀一の日常風景

HRの授業は週に1回50分ある。総合授業のようなものに分類されるのだそうだ。授業内容は担任教師がテーマを出す。今日はなぜだかしらないが、ラジオを作るのだとか。ラジオを作る手順を、授業のはじめに先生から説明された。しかし僕はまるで分からず、手が動かなかった。説明通りに進められないのだ。他のクラスメイトは淡々と進めているのに。

なぜ僕はこんなに不器用なのだろうか。教えて欲しい手順を。先生に質問しようとした。そのとき、先生次はどうやるの。なんて声が聞こえて、先生は遠くへ行ってしまった。クラスメイトに聞こうかと思った。けれど邪魔をしてしまうなと思った。そう思ったらもう何も口に出せなかった。

じゃ手順1終わった人が結構増えてきたので、教室がざわついてきた。「一回みんな手を止めろー。」「次の手順の説明をする。」担任教師の村川が声高に言った。ああ、待ってくれよ。まだ僕は何も進んじゃいない。説明が終わると、また淡々と進み出した。

先生が近くに来た。よしこれでやっと先生に教えてもらおうと思った。

先生が声をかけてくれるかもなんて思ったり。先生これどうするんですか。なんて声がまた聞こえた。2つとなりの席で。ああ、じゃあの人の対応が終わったら先生を呼ぼうと思った。だからそれまで待っておこう。隣にいる塚本さんに声をかけられた。

あれ不器用くんまだ何も進んでないじゃん。どうしたの。

これはこうやるんだよ。おおこれはありがたい。「ありがとう。」「どういたしまして。」

これで手順2に進める。そう思うと塚本さんも自分の作業に戻った。

ああまた分からない。さっき手順2の説明を先生はしていたが、手順1が分からない僕は、手順1に気を取られているためまるで聞いていなかった。よし今度こそ先生に聞こうと思ったら、先生はまた遠くに行ってしまっていた。ならばもう一回塚本さんに聞こうか、と思った。けれどまた教えてもらってたら、塚本さんの進行が遅くなるな。また迷惑かけるななんて思った。そう思ったら教えてなんて自分の口からは到底出せなかった。

なあなあと言ったら塚本さんは反応してくれる。名前を呼ばずとも、机をちょんちょんとしたらクラスメイトは気づいてくれる。けれど僕なんかが話しかけてもまた手を止めさせてしまうなと思った。

ああ僕はなんて不器用なんだろう。クラスメイトの会話や笑い声が聞こえてくる。ああ楽しそうだな。それに対して僕は……。そう思うと頭が熱くなって、目が潤んだ。

15分後、授業終了のチャイムが鳴った。「はい今日はここまでー。」村川の甲高い声が教室中に響いた。手順2以降、僕の進行度はまごうことなきゼロだった。

結局授業が終わるまで自分から話しかけることはなかった。

村川先生視点

なんで西田は私を呼ばないのか。私じゃなくてもいい。隣の塚本を呼べばいい。

あれじゃあいつまでたってもラジオは作れないだろう。

何をやっているあいつは。なんて思っているが俺も小学・中学生のときはあんな感じだったか。なんも手が、体が動いていないじゃないか。なんて今だから言える。当時の私は西田より間違いなく不器用だったな。けれど西田も俺とはまた違う意味で不器用な奴だった。手順が分からない。だから手が止まっている。でも口は、体は動くだろう。先生から話しかけてほしい、なんてそんなことをあいつは思っているんだろう。私もお前らと同じ小学生、中学生の頃はそんな風に思っていたよ。「私も先生教えてよー」、なんて心の中でだけ叫んでウジウジしていた。けれどそれじゃあいつまでたっても進まない。私から話しかけて、不器用君にラジオを作る手順を教えるのでは意味が無い。それは西田のためにならない。相手に迷惑をかけたくない。その気持ちは分かる。けれど西田は自分という相手に迷惑をかけ過ぎなんかじゃないか。なんて私は思う。授業最初の説明だけで全員が、ラジオを完成させることが出来るなんて思っちゃいない。なんも言わずともこなす学生もいるだろう。けれど誰もがそんな人ばかりじゃない。自分なりに手を動かして、やっぱり分からない。

ならば他人を頼ればいい。何度でも他人を頼ればいい。自分一人じゃラジオは作れないと声高に言って欲しい。己の非力さを、弱さを認めて、それを打ち明けるんだ。力なんてなくてもいい。自分から助けてと言う機会はいくらでもある。自分は困っているだから助けて欲しいと他人に分かるように主張する。そうしないと他人は西田に気づいてくれないんだよ。

私から声をかけて教えるばかりじゃ、西田はますます自分から声をかけることは無くなるだろう。これは西田自身で気づいて欲しい。いや自分が気づくしかない。だから私が今思っていることを西田に言うのは止めておく。私は自分なりに考える素材をあくまで提供するだけだ。

考えるというのは一人でやることじゃない。自分の頭で分からないなら、他人の頭を使えばいい。先生が質問して、生徒がそれに答えるだけ。そんなのは小学生、中学生で嫌ほどやってきただろう。あれっ!こいつ雰囲気変わったな。自分から質問してきたか!なんて光景を私は見たい。私がなんと言わずとも。

精霊襲来

「不器用君で決まりだね。今回寄り添う人間は」。

「不器用君じゃない。ユウ君。」

「えっ?」

「西田秀一。それが本当の名前だ」。

「えっ。不器用君じゃないの。」

「教室内じゃそう聞こえているみたいだね。」リンは淡々と口にした。

西田君の本当の名前を我々精霊でさえ聞き取れない。それほどまでに西田君の位相が毒で呑まれている。「リンちゃんは最初から気づいていたの。」

「いいや、私もこのヘリコプターに戻ってくるまで気づかなかったよ。西田君の真名が書き換えられていることに。」

西田秀一は今、自分の名前を不器用君だと勘違いしている。西田君が他人から名前を呼びかけられても、西田君には不器用君としか聞こえていない。それほどまでに強い思い込み、つまり毒に支配されているのだ。つまり名前を間違うほどの悪い習慣が西田君にはあるということだ。

人間の悪習慣、すなわち毒を解毒するのが我々精霊のお役目だ。

「決めたんだろう。ユウ君。もう端から見ているだけは止めるって。」

「うん。」

強い思い込みが周囲にまで影響を与えて、不器用君なんて本当に呼んでしまっている生徒もいるようだ。その事実を教室内全員が気づいていない。担任教師は西田君の本当の名前を認識している。西田君と口に出して呼んでいる。だから完全に毒には呑まれていないようだが……。それでもクラスメイトが不器用君と呼んでいることには気づいていないようだ。

「一旦ユウ君もヘリコプターに戻ってくるんだ。」「いつまでもその教室に居着いていると、ユウ君も毒に呑まれてしまうよ。」西田秀一君を西田秀一として認識できなくなってしまう。

ユウ君まで毒に呑まれてしまっては任務を達成できない。

「我々の次の任務は「西田秀一自らに本当の名前を思い出させる」ことだ。」

リンがそう言うと、ヘリコプターで学校屋上付近まで接近した。

「今すぐヘリコに戻るんだユウ君。」

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