詩「酩酊の初夏」

有原野分

酩酊の初夏

さくらの散った

心の奥にある見捨てられた庭

どうにも懐かしい明かりが灯って

世界は回っていく

世界が回っていく

止まらない手酌

笑い声

白夜

蛙の鳴き声

気がつくと

酒の果てに目が潰れて

痛みでしばらく眠れなくなって

割れたコップの欠片

心にできた生傷

雨の音

それすらもひどく痛み

自分を殺したくなる衝動が

――蚊

しかしこれでよかったのだと

くり返す暗示と過去

もう二度と

輝かしき栄光が戻らないように

二度と戻らないモノの情念が

明日の首に縄を回す

朝日のない世界

もうなにも見ないで済む

遠ざかって薄れていく思い出の

例えば父がよく買ってきてくれた

その総菜パンや

母がよく作ってくれた

生姜の効いた鶏のから揚げ

揺れる心

誰かと待ち合わせをした

湿気でふやけた下駄箱の匂い

外に出るための二本の足を

錆びついたのこぎりで刻んでいく

平均台はバランスを崩す

世界が止まる

庭の隅で小鳥のような心臓が

一度だけトクンと小さく鳴った

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詩「酩酊の初夏」 有原野分 @yujiarihara

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