第3話 ココア

 風の音が、相変わらず酷い。

 赤ワイン煮、ステーキ、ハンバーグ、肉団子入りスープ。鹿肉も食べきり、また、食料がなくなった。救助も来ないし、天気も回復しない。それで、黒川先輩と草津先輩のイライラが、酷くなってきたのだ。

「クソッ」

 草津先輩が薪を投げつけるようにストーブに入れ、火の粉がパッと舞い上がった。

 それに僕と翔子はビクッと体を縮める。

 僕の熱もようやく下がり、起きられるようになった。これで僕も何か手伝いを、と思ったのだが、不器用で、あまり役には立てそうにない。

 明るいムードメーカーである草津先輩がイライラとした様子を隠さず、いつも理知的でクールな黒川先輩もそれを咎めもせずに不機嫌な空気を醸し出し、空気は最悪である。

 ただただ、僕と翔子は、小さくなっているだけだった。

「何とかしないと、な」

「ああ。まずいよな」

 黒川先輩と草津先輩は低い声で言い、翔子はブルッと体を震わせた。


 薪までもが、少なくなってきた。

「いつまでこの寒波は続くんだよ!せめて吹雪さえやんでくれれば……!」

 草津先輩はぎらついた目でテーブルを蹴り、ソファのクッションを投げた。

「暴れても仕方ないだろう。カロリーを消費するだけだぞ」

 黒川先輩は冷静にそう言うが、窪んだ目は狂気を孕んだようにぎらつき、インテリ然とした雰囲気は消し飛んでいる。

「おい、黒川。狩猟に出るしかないんじゃないか」

 草津先輩が言うと、翔子は体をビクリと強張らせ、黒川先輩は考え込んだ。そして、窓の外を見、溜め息をついて、口を開いた。

「そうだな。天候の回復は、まだ望めそうもないしな」

 そして、2人揃ってこちらを向く。

「そう思わないか」

「……」

 気圧されて、何も言えない。

「あ、あの……狩猟も、危ないんじゃ……」

 何とか僕が言うと、草津先輩は瞬きをしないでじっと僕を見ながら、

「大丈夫。罠とか、手はあるし」

と、口元だけで笑って見せた。

 ストーブの炎が作り出す影が独特の陰影を作り出して、草津先輩を恐ろしいもののように見せる。

「そうですね」

 翔子が、僕の隣で決然と言った。

「翔子?」

「健太君、心配しないで」

 翔子は僕に笑いかけ、立ち上がった。

「ココアか何か飲みませんか。私、淹れて来ます」

「手伝うよ」

「いいから、座ってて。このくらい、1人で十分よ」

 そう言って、1人でキッチンに立つ。

 何の会話も無く3人で待っていると、トレイにココアを4つ乗せて、翔子が戻って来た。

「さあ、どうぞ」

 差し出されたトレイから、1つずつカップを取る。

 そして、同時に口を付けた。


 どのくらいしたのだろう。いつの間にか僕は寝ていたらしい。

「痛つ……」

「どうした、山代」

「黒川先輩。何か、頭がちょっと痛くて」

「風邪が治り切っていないんだろう。ゆっくりしておけ」

 黒川先輩は、心なしか、穏やかに見えた。

「はい。すみません。

 草津先輩は?狩猟に行ったんですか?」

「ああ」

「そうですか。僕がお手伝いする事はありませんか」

「ん、今のところはいいよ。無理するな」

「はい」

 そこで、姿の見えない翔子が、いつまでも帰って来ない事に気付いた。

「あの」

「ああ、有馬か?有馬なら、さっき出て行ったよ。自分が様子を見に行くって」

「翔子が!?」

「ああ。別府は部長という責任感からだったが、有馬は本来、一番スキーも上手いしな」

「まあ、そう、ですけど……」

 僕は、言い知れぬ不安を感じていた。

 吹雪という怪物が、恐ろしかった。



 

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