第2話 娘はマントの中。


「とにかく、場所を変えてゆっくり話そう。落ち着いて話せる場所……」


 どこ行っても、注目しているやじ馬がついてきそうだ。

 ここは無難に、部屋の中に入れる宿屋にしておこう。

 活動拠点の街キツミのマップを確認。HPなどを回復する宿屋があったはず。

 ちゃんとマップが表示されて、ホッとする。うっすらと半透明だけれど。

 人もどの場所にいるか、表示されいるのはゲームと変わらない。

 フレンド登録していれば、名前表示もされるけれど……ここにはフレンドがいない。

 元々フレンドはいなかった……。

 とりあえず、宿屋にタッチをしてマーカーをつけておく。

 そのまま、方向の矢印が視界に現れるので、ソラちゃんの手を引いて歩き出す。

 ソラちゃんは、嬉しそうにニコニコしている。

 私は注目を浴びすぎて、げんなりしている。

 セクシーなロングドレスを着ているせいか。はたまたナイスバディなせいか。

 注目の視線が痛い。こっそりスクショされるだけなら、まだマシに思えた。

 そうだ。私のアイテムボックスには、マントがあったはず。

 装備として設定すれば、マントを羽織ることになった。

 もふもふの黒いファーがついた純黒のマントで、露出が隠せる。

 男達の舌打ちが聞こえたが、気にしない。

 スースーしていたウエストが隠せて、安堵。


「わー!」


 手を引くソラちゃんは、マントの中だ。

 大丈夫かと問おうとしてけれど、ソラちゃんは楽しそうにはしゃいでいる。

 まっ、喜んでいるなら、いいっか。


「いらっしゃいませ! マタタビ宿屋へ!」


 にっこりと出迎えてくれるのは、獣人の女性店員さん。

 猫耳と尻尾を生やした種族である。

 ゲームだと宿屋に入る直前、「休憩して回復しますか?」の文字が浮かぶけれど、それはない。

 普通の宿屋のようだ。


「とりあえず、一週間、部屋に泊まりたいのですが、空いてますか?」

「はい! すぐにご用意できる一人部屋がありますよ!」

「ソラも! ソラもいるなの!」


 一人部屋と言う女性店員に、自分がいることを主張するソラちゃん。

 あ。マントに隠れてしまったか。


「二名です」

「失礼しました! 二名様ですね! 二人部屋でお間違いないでしょうか?」


 ほっこりしたように微笑む店員さんは、マントから出てきた女の子に癒されたらしい。

 私も可愛いと思いました。


「はい」

「宿代は前払いで5600ベリーとなります。そちらに食堂がありますが、別料金となります」

「わかりました」


 きゅるるるっ。


「……」

「……」

「……」


 マントの下からお腹の虫が鳴った。

 お腹を満たしたばかりの私ではない。

 マントを捲れば、恥ずかしそうに俯くソラちゃんがいた。

 お腹空いたんだね。


「食事も今いただけますか?」

「かしこまりました! ではお食事中に部屋を整えておきます!」

「よろしくお願いいたします」


 二人して、ソラちゃんを微笑ましく見てしまう。

 女性店員さんとのやりとり終えた私は、ソラちゃんをつれて、広い食堂スペースに移動した。

 開いている席について、テーブルの上に置いてあったメニューを見てみる。

 よかった。字、読める。日本語に見えた。


「ソラちゃん。何食べたい? 好きなものは何?」

「ソラ、嫌いなものない!」


 キリッと言い退けるけれど、またきゅるるるっとお腹が鳴る。

 恥ずかしそうにお腹を押さえる姿、可愛い。


「じゃあ、すぐに作ってもらえるものにしようか。すみませーん」

「はーい」


 呼びつければ、豊満な体系の女性がやってきた。

 猫耳と尻尾をつけている。同じ毛色だから、受付の人と母娘かしら。


「この子がお腹を空かせてしまっているので、すぐに用意できる料理を出してほしいのですが」

「そうですね、出来立てのシチューとパンなら出せますよ」

「ではそれを一人前ください」

「あら、一人前でいいのですか?」

「あーそうですね……パンは二人前ください」


 一人一品注文すべきよね。

「かしこまりました!」と女性は、カウンター奥へと戻っていった。


「ソラちゃん。召喚獣の召喚には、召喚石が必要だったよね? 違う?」

「うん、召喚石使った」

「どこで手に入れたの?」


 召喚石は、クエストの特別報酬とかでもらえる貴重なアイテムだったはず。

 借金で縛られていたこの子が持っているのは、おかしい。


「拾ったの」


 あっさりと答えたソラちゃんは、ケロッとしていた。


「拾ったの、使っちゃったのかー……」

「うん! きっと、神様がくれたの! 人生一発逆転するために!! ママと会わせてくれたなの!!」


 そういう考えもあるけれども。


「なんかすっごく大きな召喚石だったなの!」

「それを売れば、クランから解放してもらえたんじゃない?」


 かなりレアな召喚石だったのかしら……と片隅で思いつつも、聞いてみた。


「ううん、絶対に盗られたもん……あの人、意地悪だもん」


 しゅんと俯くソラちゃん。

 確かに、ソラちゃん自身がお金を用意しても、いちゃもんつけてこき使い続けそうだもんなぁ。

 私はソラちゃんを慰めるために、頭を撫でてあげた。

 頬を真っ赤に染めるソラちゃんは、気持ちよさそうに目を細める。

 何その表情。可愛すぎか。


「……」


 実の親がいないのかいるのか、訊けそうにないな。

 母を求めている時点で、いないに決まっている。

 親なし子。そして雑用でこき使われている。可哀想だ。

 シチューが運ばれてきたら、ソラちゃんはますます可愛い顔をした。

 ほくほくと温かいシチューをスプーンで口に運べば、わふわふと口の中で冷まそうとし、そして咀嚼。ごっくんと飲み込み、目を輝かせる。落ちることを防ぐためのように頬を押さえ込む。

 可愛い仕草である。

 私も私で、パンを食べることにした。

 丸みを帯びたパンをちぎって食べてみる。

 んん! バターが効いている美味しい味!

 やっぱり、ここは現実だ。文字通り、噛み締めながらも、考えた。

 さて。どこまでゲームと一致しているか。調べないといけない。

 とりあえず、メニューを開く。

 本来ならボタンを押すところだけれど、握っていたはずのコントローラーはない。

 さっきから念じているだけで開くのよね。

 ゲームだと、【ステータス】【マップ】【設定】【お知らせ】【ヘルプ/サポート】【ショップ】が表示されるのに。

 【ステータス】と【マップ】しか表示されていない。

 左側には【クエスト】【アイテムボックス】【パーティ】【フレンド】【ミッション】【メニュー】の欄があるけれど、【クエスト】と【フレンド】機能は使えないみたいに文字がうっすらしている。

 いや元からフレンドいないので、そういう仕様だけれど。

 恐らく【クエスト】の方は、何も引き受けていないので、はっきり表示されていないのだろう。

 このゲームでは、冒険者という職業があるけれど、私は登録をしていない。

 冒険者として登録せず、自由に探索を楽しむプレイスタイルがあるので、それを選んでいた。

 冒険者登録のメリットは、依頼を引き受けたらパーティを募集が出来ることとかで、ソロを貫く私には関係なかったのである。

 冒険者登録が必要な依頼もあったけれど、それ以外を引き受けつつ、お金とレベルを稼いでいた。

 ふっ。昔の話よ。

 でも、今は情報収集のためにも、登録してみるべきかもしれない。


「ソラちゃん。冒険者ギルドに行ってきていい?」


 頬一杯にパンを詰め込んだソラちゃん。


「ゆっくり食べて」

「うん! ママ!」


 口元をナフキンで拭いてあげると、嬉しそうにニコニコしたソラちゃんにまた癒される。


「ギルド行くなら、あたしも行くなの! ママと一緒がいい!」

「んー……じゃあその前に」


 ぱくっと最後の一欠けらのパンを口に放り込んだ私は、にっこりと笑い返す。

 ソラちゃんは、きょっとんとした。

 猫耳の女性店員さんから部屋の鍵をもらったあと、場所を聞いた仕立て屋に行き、サクッとソラちゃんの服を仕立ててもらったのだ。

 ボロいワンピースのままでは可哀想なので、淡い水色のフリルつきワンピースを買ってあげた。

 気に入ってくれたようで、くるっと回ってスカートを舞い上がらせたソラちゃんは「どう?」と満面の笑みで見上げてくる。

 ……天使かな???


「可愛いよ、とっても似合ってる」


 それから仲良く手を繋いで、冒険者登録と依頼を引き受けられる冒険者ギルド会館へ向かった。

 ギルド会館は、ゲームとよく似ている内装だ。

 入って右にある掲示板が、依頼を張り出している掲示板。とは言え、見る限り、紙ではなく板で発行しているようだ。板が、ぶら下がっている。

 左にはマップらしきものが、額縁に入れて飾られていた。

 ゲームでは中央には何もなかったが、今はソファーが置いてあって何人かが座っている。

 それを見てから、数人が並んでいるカウンターへと向かう。


「冒険者登録をしに来ました」

「はい。では、ステータスを確認しますので、こちらの石板に手を置いて魔力を込めてください」


 ステータス確認か。

 手を置こうとして、私は躊躇した。

 そういえば、召喚されてから自分のステータス確認してない。

 どう表示されるのだろうか。

 そもそも、魔力を込めるってどうやるの?


「大丈夫ですよ。犯罪履歴がなければ」


 受付の女性が、にこやかに言う。

 私に犯罪歴なんてないんだけれど。

 心配なのは、魔力の込め方だよ!

 ええいままよ! とやけになって手を置き、力を込めた。

 スッとスクリーンが手を置いた石板の上に表示される。


[名前 アエテル・ウェスペル レベル130

 性別 女性   種族 人族

 適性職 魔導師

 称号 【魔女王】 異世界から召喚されし者

 HP 390000/390000 MP 650000/650000

 攻撃力5550 魔法攻撃力16000

 防御力18050 素早さ6000


 特殊スキル 能力透視 感知


 犯罪履歴 なし]


 あ、よかった。普通にプレイヤー名だ。レベルもそのまま……。

 当然、犯罪履歴もなし。


「ひゃ。ひゃくっ、さんじゅう~っ!!?」


 急に大声を上げたものだから、私もソラちゃんもびくっと肩を震え上がらせた。

 声を上げたのは、にこやかに対応をしていた受付嬢である。


「れれれっレベル130!!?」


 くるっと石板を回して、自分がよく見えるように正面から確認しては、頭を抱えて叫んだ。

 古参なら、普通のレベルなんだけれど……?

 ざわざわ。ギルド会館内にいる冒険者達が、注目してしまっている。

 受付嬢は、卒倒してしまった。


「えっ、大丈夫ですかっ?」


 カウンターを乗り出して確認するが、目を回している様子。

 大丈夫ではなさそう。他の受付嬢が必死に揺さぶっているが、気を失っている。


「おい! そこのねーちゃん!!」


 ざわつく後ろの方を振り向けば、どうやら私のことらしい。


「レベル130だって? どんなインチキをしやがった!?」


 いや、インチキなんてしないし、そもそも出来ないのでは?


「罰を下してやる!! 決闘だ!!」


 インチキと決めつけて、決闘を申し込まれてしまった。


「受ける筋合いないんで、お断りします」

「ハッ! つまり、インチキを認めるんだな!? レベルを改ざんしやがって!!」

「インチキしてません」

「往生際が悪いぞ!」


 なんでそう決めつけるかなぁ……。

 他の冒険者にも睨まれる始末。

 なんとなく、絡んでくる男の冒険者を能力透視で見てみた。


[名前 ガルパン・ゲロレ レベル25

 性別 男性   種族 人族

 適性職 剣士  称号 冒険者

 HP 6000/6000 MP 3500/3500

 攻撃力2350 

 防御力1850 素早さ900]


「えっ、よわっ」


 ほぼ初心者レベルではないか。

 それで絡むとか正気なの?

 思わず、口にしてしまった。

 侮辱と受け取った男の冒険者は、青筋を立てた。


「表出ろ!!! てめーが格下だってことを思い知らせてやる!!」

「ママは強いもん!! ねっ!? ママ!!」


 男の冒険者に言い返したのは、マントに隠れていたソラちゃん。

 いや、ソラちゃんは、私の実力知らないよね。

 証明して、と言わんばかりのキラキラな眼差しを注がれてしまった。

 うっ……うっ……! ううっ……!

 私は致し方なく、決闘を受け入れた。



 

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