【お試し連載】母として異世界召喚された【魔女王】。
三月べに
第1話 母として召喚された【魔女王】。
青い稲妻が、落ちる。
黒い炎が燃え盛る中。
禍々しい魔力を放つ女性が一人、立つ。
豊満な胸の谷間と細いくびれを惜しみなく露にした暗黒のドレスを纏う見目麗しい女。
カツン。
長い足が履いたヒールが一歩踏み込めば、黒い炎は散っていく。
白雪のように無垢な純白の髪と、ルビーのような赤い瞳を持つ【魔女王】が降臨した。
♰♰♰
VRMMORPG『TRIPLEMOON』。
洋風ファンタジー異世界が舞台。
通称”月月月”と表示されるし”トリムー”と呼ばれていることが多いゲームに、私はどっぷりとハマった。
私はオタク質ではあるけれど、ゲームは積みゲーが多い。
MMORPGは特に、興味を示してもちょっと触っては、すぐ飽きてそれっきりにする。
でも、この”トリムー”は、一年以上も続けていられるゲームだ。
一周年記念にしてレベル120以上が解禁になり、せっせと楽しんでレベルアップに努めていた。
三度の飯よりも”トリムー”をプレイする生活を送っている。
プレイと言っても、ソロプレイだ。
ぼっちな私は、いつもソロプレイである。
いや、たまには……ごくたまには……友だちも出来るけれども?
しかし、無駄なしがらみなしにプレイしたい気持ちが強くて、”トリムー”ではフレンド申請は総無視を決めていた。
いや、過去に何かあったとかじゃないんだよ?
でも人間関係は、はっきり言って面倒。
設定するだけで、拒否が出来るっていい。
楽が出来るって最高! ずっとゲームが出来たらいいな!
むしろ、ゲームがこの現実に来い!
「なんて、現実逃避している場合ではないか」
”トリムー”の古参の一人である私には、何故か二つ名がある。
運営から称号をもらってしまうほど、定着した。
二つ名【魔女王】。
プレイ名は、アエテル・ウェスペル。女。
職業、魔導師。レベル130。
ほぼほぼ、レベルで殴る脳筋な魔導師だったりする。
他のプレイヤーに比べて、特段強いプレイヤーではない。
そう自覚はしている。
古参なら、このレベルは普通。
特段、洗練された駆け引きをした戦いが得意なわけでもない。
もう一度言うけれど、レベルで殴る脳筋な魔導師である。
私は単に、この”トリムー”が好きなのだ。愛している。
そりゃあマナーの悪いプレイヤーに、青い稲妻を落としたり、黒い業火で黒焦げにしたことが何度かあるけれども。
二つ名がつけられるとは……。
特別に私だけの称号をもらってしまったので、ちゃんとつけておくけれども。
しかも由来は、魔女と魔王を組み合わせたことから出来上がったのだという。
魔女であり、魔王みたいという意味。
確かに、私はそれっぽい格好を好んでチョイスした。
キャラメイクしたプレイヤーの外見は、ボンキュッボンなセクシー系体型。そのくせ顔立ちは、目を大きくして少女っぽくしている。
私の好みだ、文句がありまして???
魔力を高めてくれる上に防御力が高いくせに、露出が多めなセクシードレスに身を包んでいる。
そのドレスが黒いから、ぶっちゃけ、黒い角なんかをつければ、女魔王っぽい。
「うわ、またスクショ撮られている……」
ハッシュタグ月月月やハッシュタグトリムーで検索すれば、結構あっさりと私の二つ名を見ることになる。
私をバックにしてスクショしたものを貼るプレイヤーがいるのだ。もうちょっとした有名人である。
むしろ、このゲームで一番の有名人は、私では???
雪のように真っ白な髪は軽くウェーブがついていて、目は真っ赤。胸元とウエストが露出したロングドレスは黒。
間違いなく、私だ。まぁ、その気になれば、私のキャラを真似ることは出来るけれど。
ずずずっとカップラーメンを啜り、喉に流し込んだあと、私はゲームの世界に戻ることにする。
いつものように、お腹は満たした。VRゴーグルを装着して、私はいつもの座椅子に腰を沈めて、スイッチをオンにした。
真っ白な視界。ここまでは普通だった。いつもと同じ。
しかし、次の瞬間、聞いたのは落雷の音だった。
そして、燃え盛る黒い炎の中に立っていたのだ。
あれ。
どうして。
こんな状況下にいるのだろうか。
カツン、と踏み出す。炎が散っていくけれど、私はそれどころじゃなかった。
なんでこんな高いヒールを履いているんだ、私。下手したら、バランス崩す!
とは思ったけれど、不思議なもので、特にぐらついたりしなかった。
いや待てよ。ゲームでヒールの高さの心配とか、普通しないのでは?
ふわーっと吹いてきて身体に当たる風に驚いて、私は思わずVRゴーグルを外そうとした。
しかし、スカッと空振りする。あるはずのものがない、この感覚。
あっれれぇ……?
困惑する私の前に、ふらつく女の子が一人いることに気付く。
とても小さな女の子。年齢は、十歳以下だろうか。
貧相なワンピースを着ていて、身体付きはなんとも貧弱さを覚える。
「あ、あたしのっ――――!」
青空のように青い髪はただ伸ばされただけで手入れはされていなくて。
スカイブルーの瞳は大きくて、涙を今にも溢しそうだった。
「あたしのお母さんになって!!!」
ぼっち人生をまっしぐらに突き進んで、うん十年。
生まれて初めて――――母になってほしいと頼まれた。
言葉を失って固まってしまうけれど、震えながらも女の子は必死な様子。
ついに涙を溢したと思いきや、ふらっと身体を傾けた。
とっさに腕を伸ばして、受け止める。
……重っ!?
いや、普通に軽いけれども。
重い!!
通常、感じない重さを感じて、私はようやく理解した。
私は今――――現実にいる!?
でも周りを見渡すと、見慣れた場所だった。
ゲーム『TRIPLEMOON』の景色だ。
ここは、活動拠点の街キツミ。
そしてこの場所は、召喚獣のガチャをするポイント。召喚儀式の広間。
三つの水晶の柱が立っているこの場所。間違いなく、私が知るゲーム”トリムー”のもの。
見慣れたゲームの景色なのに、現実だ。リアル。
肌で風を感じるし、女の子の重さもわかる。
これって、もしや……!
アニメとかでよく観てきた展開!
ゲームの世界に転移!? 私がゲームの世界に来た!?
「ううっ」
女の子が呻く。慌てて、彼女のステータスを、能力透視のスキルで確認した。
普通にスキルが使えたことに驚きつつ、女の子が倒れた原因を知る。
HPも少ないけれど、MPの方は0だ。
このゲームは、MPがなくなったら、HPが四分の一ずつ削れる仕様だったっけ。
先ずはHPの回復する薬を飲ませた。そして、MPを回復する薬を飲ませる。
あれ。この子。意外とMPを多く持っているようで、一つでは足りないみたい。
もう一瓶。MPを回復する薬を飲ませた。
「あれ? もうヘーキなの?」
ぱちっと目を開く女の子は、起き上がる。
「はっ! あたしの! お母さんになってほしいなの!」
またお母さんになってほしいと頼まれた。
「お名前は……?」
「っ……ないの」
ステータスに名前が表示されていなかったから、恐る恐ると訊ねてみたけど、地雷だったみたいで、泣きそうな顔をされてしまった。
女の子の闇に首を突っ込んでしまったーっ!
「なんで、お母さんになってほしいって言うのかな? ……ここって、召喚獣を召喚するための場所よね?」
話題をすり替えて、確認する。
「あたし! 人生一発逆転したくて! だから、魔力をありったけ込めて、召喚したの!! お母さんになってくれる人を!!」
人生一発逆転。女の子からパワーワードが出た。
誰だ。こんな女の子にそんなワードを教えたのは。
召喚獣を召喚する場所なのに、お母さんになってくれる人を召喚とか。
発想が子どもらしい気もする。でも当人は、本気だ。
その願いで、私を召喚してしまったということなのか。
ここはゲームの中なのか? ゲームによく似た異世界と考えるべきか?
こういう場合、どっちが正解だったっけ。
「見付けた! ガキ!!」
私の派手な登場でやじ馬が集まってきていたが、それをかき分けて現れた人物。
名前のない女の子は怯え出して、私のドレスにしがみついてきた。
「誰?」
「誰って、そっちこそ……って、うひょー!」
明らかに悪そうな男は、私を視界に入れるなり、叫ぶ。
叫ぶ要素なんて……あったわ。
男が喜びそうな巨乳が、私にはあった。
鼻の下を伸ばして凝視する目。はっきり言って不快。
「いかんいかん! そのガキはうちのクランの雑用係なんだよ! 働いてもらうぞ!!」
「イヤッ!!」
私の胸から目を背けて、気を取り直した様子で女の子に向かって凄む。
女の子は拒絶して、私の足に隠れる。
クランって……。プレイヤー同士が作る同盟的なやつか。
ソロプレイな私には、関係ないやつだが……。
「嫌がっているじゃない」
私は胸を隠すように腕を組むけれど、これが難しい。
胸、膨らみすぎ。現実でもなかったわけではないけれども……。これは大きすぎだ。
「部外者は黙ってろ! そんな胸を強調しても無駄だからな!!」
いや、隠すためであって、強調しているわけではない!!
「このガキの生活費を払ってやってたんだ! これから働いて返してもらう!!」
ひしっとしがみつく女の子を見てから、私は少し肩を竦める。
「いくら?」
「は?」
「いくらかって聞いているの。この子の、今までの生活費」
「ハンッ! 払えるのかよ!? 5万ベリーだぞ!!」
「払うので、チャラにして」
「……はっ?」
私は、所持金を確認した。
だてに一年以上プレイしていない。所持金は300億ベリーはある。
あっさり差し出したそれを、男は素っ頓狂な声を出しては目を点にした。
「5万ベリー。この子の自由と引き換えに」
ちりんちりんと、宙から落ちてくる金貨を数えつつ、男に手渡す。
金貨が1万ベリーなので、5枚でおしまい。
ゲームと同じでよかった……。
「一昨日来やがれ」
そう言い放てば、赤面した男は金貨を握り締めて、引き返していく。
「これでいい?」
私は女の子と視線を合わせるために、しゃがんで覗き込んだ。
「お母さんっ……!」
え。お母さんって決定なの?
なんで、そんなキラキラな目で見てくるの?
そりゃあ、助けてあげたけれども?
「とりあえず……」
「名前つけて、ママ!」
「ええ?」
とりあえず、やじ馬に見られているこの場所ではなく、落ち着いて話せる場所に移ろうと言おうとした。
ママ呼びに変わっているし……。
キラキラ光線を放つ目で見られては、断れない。
思わず顔を向けたのは、空だ。青い空。
女の子の髪も目も、空の色。
「ソラ」
「……ソラ?」
「だめかな?」
流石に安直すぎたかな。
「あたし! ソラなの!!」
いや、気に入ってくれたみたい。
「ママの名前は?」
「私は……アエテル。アエテル・ウェスペル」
「じゃあ、ソラはソラ・ウェスペル!?」
「いや、えっと、ええっと?」
「ソラ・ウェスペル!! ソラ・ウェスペル!! ソラ・ウェスペル!!」
私の手を握り締めながら、ウサギのようにぴょーんっぴょーんっぴょーんっと飛び跳ねる女の子ことソラちゃん。
名前をつけてあげたけれど、どうなんだろうか。
ステータスに反映されるのか、また能力透視で確認してみた。
[名前 ソラ・ウェスペル レベル05
性別 女性 種族 人族
適性職 魔導師
HP 100/100 MP 6000/6000
攻撃力30 防御力50 素早さ33
特殊スキル MP増量]
うわ。速攻で名前が付いたよ。
それにしても、このレベルでおかしなMP量である。
それが0になるほどの召喚をしたのだ。
よっぽど切羽詰まっていたというか、それとも本当にこの召喚に全てを賭ける覚悟で行ったのだろうか。
さっきの怯えた様子からして、かなりこき使われていたと予想が出来る。
こんな幼子に……腹立つ連中だ。
「ママ! ありがとうなの!!」
嬉しそうに呼ぶソラちゃん。
私は母性本能がくすぐられていたけれど、一方で複雑な感情を抱いていた。
ぼっち人生をまっしぐらに突き進んで、うん十年生きてきた私は。
好きなゲームによく似た異世界に、女の子の母として召喚されました。
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