moon night

朝夜

moon night



月の出ている夜、私は人でなくなる。



窓から飛び立つ。身体は軽い。

今日はどこへ行こうか。

夜闇も、夜風も、私を取り巻くもの全て心地が良い。


夜の帳にどっぷり浸かった街。私。夜のヴェールは纏ったばかり。まだ夜は長い。

気まぐれに、通学路を歩く。地面は歩いていないけれど。


「あれっ。月希?だよ、な?」


不意に、下から声をかけられた。


「智だ。こんな時間にどうしたの?」


智が、自転車に跨って私を見上げていた。


「俺は、学校に忘れ物したから取りに行こうと……。月希は?なんか浮いてる?けど」


「私は、散歩?」


「なんで疑問形になるんだよ。それよか、お前、幽霊にでもなったの?俺は呪うなよ」


「幽霊にはなってないよ。人じゃないとは思うけど」


「なんだその曖昧な感じ。まあ良いけど。お前、透けてる」


「ええっ」


驚いて自分の腕を見る。確かに透けていた。腕が透けて、地面が見えている。そういえば、今の自分の姿を見た事は無かった。


「気付いて無かったのか。まあまだ死んでないんだったら安心だな」


「呪われないから?」


「そうそう。呪うなよ」


二人して変な会話が可笑しくて笑った。

智とこんな風に話すのは久しぶりな気がする。同じ学校なのに、いつからかあまり話さなくなっていた。なぜだろう。


「こんな時間に学校なんて開いてないんじゃないの」


「ところがだな、この間俺、警備員と仲良くなったんだよ。その警備員が今日学校で宿直してるらしいから、こっそり開けてもらう」


「どうやってそんな伝手作ったの……。呆れた」


「まあまあ。学校に忘れたもんがさー、明日……あっもう今日か、提出の奴なんだよな。あれ出さないと内申がやばいんだよー。まだ一ページもやってない」


「馬鹿じゃん」


「ひどっ」


「でも内申なんて先生の目に付かなければ大概貰えると思うけどな」


「まあなー。でも俺は成績が無いからちょっとでも稼がないと」


「学校までついて行こうか?」


「いい。警備のおっさん腰抜かすから」


「ああそっか。そういえばあんまり驚かないね、智は」


「まだ夢だと思ってるからな。白昼夢?夜だけど」


「触ってみる?夢じゃないから腰抜かすかも」


「やだね」


嫌と言いつつも智は私の頭に手を置いた。


「……驚いた。透けてるのにちゃんと触れるんだ」


智はしばらく私の頭を撫でた。なんだかこそばゆい。


「今のお前のが良いよ。なんかさ、昼のお前は学校で息してないみたいに見えるから。夜のが良いよ」


「そうかもね。私もこっちの方が好き」


世界がずっと夜だったら良いのにな。私はずっと人でないもののままでいられる。


「ねえ智、また夜に会える?」


「そうだな、寝てなかったら」


「じゃあ、また?」


「またな。おやすみ」


智は自転車で走り去って行った。

また夜に会えたらいいな。

曖昧な夜に曖昧な約束をした。

今日はいい夜だ。まだ夜は長い。夜のヴェールはまだ脱がない。

今日はどこへ行こうか。

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