幼馴染に救われた話

月之影心

幼馴染に救われた話

 世の中に自分以外の他人が居る時点で自分と他人では『差』『違い』が出来るのは当然であって、そこに『序列』を求めるようになるのは競争社会に生を受けた者全てが持つ本能なのかもしれない。




「おぉぃ!相原あいはらぁ!」


 登校して教室に向かう廊下を歩いていると、後ろから生理的に受け付けない声が僕を呼び止めた。


「あ……ぅ……」


 こいつは同じクラスの寺沢てらさわ剛志つよし

 背は僕より少し高いくらいだが体の線が半分くらい。

 賑やかでクラスのムードメーカー的存在なのだが、その実は他人を面白可笑しく弄ってくる……要するに僕の天敵だ。


「ぎゃはははっ!朝から何キョドってんだよ?何もしてねぇじゃんか!」


 『まだ』って事は、これから今日も何かと僕を弄ってくるって事じゃないか。


「けど心掛けは褒めてやるよ。早速だけど、俺喉渇いてんだわ。」

「あ……えと……」


 脇腹に寺沢の拳が押し付けられ、僕は体を固くして身構える。


「『えと』じゃねぇだろ?俺が『喉渇いた』って言ったら……分かってるよな?」


 寺沢はちょうど通り掛かった購買部横の自動販売機の前で足を止め、僕の肩に置いた手にぐっと力を入れて僕の足も止めさせる。

 僕は黙ってポケットから財布を取り出し、自販機に100円を入れた。


「お?いいのか?いつも悪ぃな!」


 寺沢は自販機のランプが点いている中から選んでボタンを押す。

 『ガコンッ』と音がしてペットボトルが取り出し口に落ち、寺沢がそれを取り出すとそのまま僕を残し、ちょうど横を通り掛かった他のクラスメートを捕まえて教室に向かって行った。


「俺『喉渇いた』って言っただけなのに相原がジュース奢ってくれたんだ。アイツだよなぁ。」


 そんな事を言いながら。

 僕は奥歯をぐっと噛み締め、ただ耐えるしか出来ないでいた。


 他にも、持ち物を隠されたり、机に落書きされたり、無視されたり……なんてのは寺沢を中心に毎日のようにされていた。




 僕は小学校の頃から所謂『弄られキャラ』が定着していた。

 背はそこそこ高い方だったが横幅も学校で1、2を争えるほど広く、それ故に運動に関してはさっぱり。

 子供の頃は『足の速いやつ』や『球技の上手いやつ』がヒーローで、僕みたいなやつはそのヒーローたちを引き立てる為の雑魚に過ぎない。

 その雑魚の中にも、悔しさをバネにのし上がってくるやつもいる。


 だが僕は何も出来なかった……いや……何も

 『どうせ僕なんか……』

 そんな思考が頭の奥に定着し、高校生になった今も、『雑魚』のままだった。




 高校2年になってクラスのメンバーの入れ替わりはあったが、田舎の生徒数の少ない高校故に、大半は1年と変わり映えしない顔ぶれ。

 小学生の頃から僕を弄り続けているメンバーもいる。

 勿論、『寺沢』もいる。

 半ば絶望、半ば諦めの中、終わりの見えない苦痛に僕は益々人と接する事が苦手になっていた。




 僕の隣の席はいつも空いていた。

 これはイジメとは関係無く、要するに休んでいるだけのようで、その席の主が誰なのか知らずにいた。

 勿論、休んでいる理由も知らなかった。

 ただ、空いているのをいい事に、寺沢やその取り巻きたちは休み時間になるとその席の周りに集まり、予想通り僕を弄ってきた。




 そんなある日、高2になって半月ほど経った頃だろうか、僕の隣の席の主が初めて登校してきた。


 女の子だった。


 透き通るような白い肌に大きな目と長い睫毛が印象的だった。

 前髪を眉毛のすぐ下で真っ直ぐに揃えてある少し赤みがかった髪は、肩に触れるくらいの長さでサラサラだった。

 あまりの可愛らしさに一目惚れ……とはいかず、持ち前のコンプレックスの方が先に出て、『どうせ僕なんか相手にされない』といつものようにを作って関わらないようにしようと思った矢先、その子が僕に声を掛けてきた。


優希ゆうきくん……だよね?久し振り。」


 初めて見た子に自分の名前……苗字ではなく下の名前を呼ばれ、僕は驚いて目を真ん丸にしてその子を見てしまった。


「元気だった?」


 優しく語り掛けるその子は、まるで僕を慈しむ天使のような笑顔だった。


「え……あ……ぅ……」

「ふふっ。やっぱり優希くんは変わってないね。」


 変わっていないと分かるという事は、この子は僕の事を以前から知っているという事……でも僕はこの子が誰なのかさっぱり分からない。


「あ~、私ちょっと変わったから分からないかな……桃香ももかだよ。」


 名前を聞き、僕の記憶は一気に幼少期に引き戻された。


 小山こやま桃香。

 幼い頃、僕の家の隣に住んでいて、小学生時代はよく一緒に遊んでいた幼馴染だ。

 親同士の仲が良く、お互いの家でパーティをしたり一緒に家族旅行に行ったりしていた。

 確か中学生になる前くらいに桃香の父親の都合で引っ越して、それ以来会っていなかった気がする。


 でも……


 桃香はもっと日に焼けた活発な女の子だった筈。

 時期によっては髪も僕の方が長い時もあったくらいで、その元気さと言葉遣いで男の子と間違われる事もしょっちゅうだった。

 目の前に居る『桃香』と名乗った女の子とは正反対と言ってもいい。


「ねぇ、おじさんとおばさんも元気にしてる?」

「あ……えっと……うん……げ、元気……だよ……」

「そっかぁ。ねぇ、今日帰ったら優希くんの家に遊びに行ってもいい?」

「え?あ……う、うん……」

「やった!あそだ。どうせなら一緒に帰ろうよ。」

「ぅぇっ!?あっ!えっ……」

「そうしよ!けってー!」


 元気は元気だったが見た目が僕の知っている桃香とは全く違っていて、結局戸惑いを隠せないまま授業を受ける事になった。




 休み時間になると、桃香は多くの友達に囲まれていた。

 いつもなら桃香の席を囲んで僕を弄ってくる寺沢たちも、席の主が登校してきたからなのか、離れた所からこちらを見るだけだった。


 いや……見ているのは桃香だろう。


 何にしても寺沢たちに弄られずに一日を終えられるのは有難いことだ。




 放課後、掃除を終えて下駄箱で靴を履き替えていると桃香が飛んできて声を掛けてきた。


「優希くん!一緒に帰ろうって言ったでしょ!?何で先に行っちゃうのよ!?」

「あぅ……ご、ごめん……友達と……お喋りしてたから……邪魔しちゃいけないと……思って……」

「もぉっ!言ってくれればすぐ帰れたのにっ!まぁいいわ。さ、帰りましょ!」


 不貞腐れて文句を言っていた顔を一瞬で笑顔に変え、桃香はさっさと靴を履き替えて僕を引っ張って学校を出た。




 一緒に帰りながらも、僕は未だに隣に並んで歩いている子が、あの幼馴染の桃香と同一人物だとは信じ切れていなかった。


「あの駄菓子屋ってまだあるんだ!お婆ちゃん元気かなぁ?」

「あそこの公園って遊具撤去したの?よく一緒に遊んだよね。」

「あの角って何かあったよね?タバコ屋さん!いつも窓口に座ってた猫可愛かったね!」


 同一人物とは思えなかったけど、桃香は僕の中の『桃香と遊んだ記憶』と全く同じものを出してきて『懐かしいねぇ』と言っていた。

 見た目は変わっても中身までは変わらない筈。

 やっぱりこの子は桃香で間違いないのだろう。


「あ、あの……えっと……」

「ん?何?」


 桃香は今朝会った時と同じ、天使のような笑顔で僕を見ていた。


「気を悪くしたらごめんなんだけど……その……僕が覚えてる『桃香』と見た目があまりにも違い過ぎて……えっと……あの……」


 桃香は詰まりながら言葉を選んで話す僕の顔をじっと見たまま話し終わるのを待っているようだった。


「つまり……な、何でそんなに変わったのかな……って……」


 僕の話が終わると、桃香は目をぱっと見開いて楽しそうに笑い出した。


「あははっ!だって優希くんと最後に会ったのって何年前よ?しかもあの時は小学生で今は高校生。そりゃあ変わるでしょ?寧ろ優希くんが変わって無さすぎよ。」


 口調はあくまでも優しかった。

 それは子供の頃、僕がイジメられて泣いていた時に慰めてくれていた当時の桃香そのもののように。


「まぁ確かにここまで変わるなんて自分でも思わなかったけど。」

「な、何か……あった……の?」

「何かって程でも無いんだよ。パパの転勤で県外の中学校に行ったんだけど、そこがいわゆる『お嬢様学校』でね。感化されたママに『おしとやかになりなさい』なんて言われちゃって。」


 話をしていくうちに、見た目は別人みたいになっているけど中身は昔の桃香そのものだという事が何となく理解出来てきた。


「そ、そうだったんだ……」

「そ。だからこんな見た目だけど中は子供の頃の『お転婆桃香』だよっ!」


 僕は昔よく遊んでいた頃の桃香をじわじわと思い出し、思わず『ふふっ』と笑ってしまっていた。

 再び街中の思い出を探しながら、僕と桃香はゆっくり家へと帰って行った。




 我が家で桃香一家が戻ってきた事を知らなかったのは僕だけだった。

 別に親と仲が悪かったわけではないが、まぁ『思春期の男の子』って感じで、家でも殆ど親と話なんかしなかったから当然かもしれない。

 何でも桃香の父親は転勤族で(その事すら初めて知った)、さすがに高校生の娘を全国あちこち連れ回すわけにいかないと桃香の希望を聞くとこの街がいいと言ったので、桃香と桃香の母親を前に住んでいた家に住まわせ、父親は単身赴任を選んだということらしい。


 桃香が戻って来たことに、父親も母親も喜んでいた。

 『また優希と仲良くしてやってね!』と母親。

 『うちの娘になってくれると嬉しいのになぁ』と父親。

 そんな盛り上がる会話について行けず、僕は黙っているしか出来なかった。




**********




 桃香が戻って来たからといって寺沢たちのイジメが納まるなんて事は無かった。

 普段、隣に桃香が居る時は僕を弄る事も無く、敢えて言うなら『そこに居ないもの』として無視をされていたが、桃香が居ないと以前にも増して弄ってくるようになった。


「おぉい!相原ァ!随分色気付いてんじゃねぇかよぉ!」


 寺沢たちからの弄りが減った分、僕は桃香とよく話をしていた。

 幼馴染というのもあり、昔の話をすれば尽きる事は無かったので、つい休み時間中話し込む事もあった。

 寺沢たちからすれば、それが『色気付いている』と見えたのかもしれない。


「オマエが小山さんと馴れ馴れしくするから俺ら話が出来ねぇじゃんかよぉ!あぁぁ?」


 狙いは桃香のようだった。


「もうすぐ小山さん戻ってくるだろぉ?そん時オマエが居たら邪魔なんだぁ……って分かるよなぁ?」

「ぁぅ……えっと……」

「俺喉渇いたんだよなぁ。オマエに色々話し掛けたからよぉ!」

「んぐっ……」

「最近奢ってくれなくなったよなぁ?その分のあるって思うだろぉ?」

「ぇ……ぁ……」

「そうだなぁ……炭酸5本くらい飲まなきゃ喉潤わねぇよなぁ!」


 寺沢の取り巻きは下卑た顔でうんうんと頷いて、次いで俺を見下すようにして笑っていた。

 僕は諦めて席を立つと、お尻のポケットに入れた財布があるのを確認して教室を出て行った。

 背後からは寺沢たちの『ぎゃはははっ!』という下品な笑い声が聞こえていた。




 教室を出て学校の外のコンビニに行こうとして下駄箱まで来た時、桃香が声を掛けてきた。


「優希くん?どこか行く……の……?ってどうしたの?酷い顔して……」

「酷い顔は元々だ……」

「違う違う、そうじゃないって。何かあったの?」


 僕はいつもと変わらない桃香の優しい声に打たれ、目頭が熱くなってくるのを感じていた。

 そうなるともう止まらなかった。

 桃香に背を向けたまま肩を震わせると、目から零れる涙が止まらなかった。


「え?ど、どうしたの?ホントに何があったの?」


 桃香の声に緊張が混じる。

 僕は恥も外聞も捨て、桃香の方に向いて教室であった事を話した。

 話をしている間、桃香は僕の肩を優しく撫でてくれていた。




「よしっ!」


 全て話し終えると、桃香は明るい声でそう言った。


「え?」

「買いに行こう!私も行く!」

「え……でも……」

「いいから!えっと、炭酸を5本?それが4人?おっけ!行こ!」


 そう言うと桃香は外履きに履き替え、僕の手を引いて外へ出ようとしたので、僕も慌てて靴を履き替えて桃香に引っ張られて行った。




 コンビニで500mlの炭酸5本×4人分を買って教室に戻る。

 扉を開けると同時に寺沢から怒声が届く。


「相原ァ!おせぇじゃねぇかy……」


 だが僕と一緒に入ってきた桃香を見て寺沢の勢いが止まる。

 桃香はコンビニの袋に入った計20本のペットボトルを重たそうに下げて、真っ直ぐ寺沢たちの方へ近付いていった。


「これ、買って来るように相原くんに頼んだのは寺沢くんたち?」

「え?あ……あぁ……そ、そうだった……かなぁ?」


 振り返って僕の方を見た桃香は、まさしく『鬼』だった。


「優希くん!間違いない?」


 こちらに向いた桃香の背後で寺沢が口パクで何かを言っていたが、僕は『うん』と答えた。

 再び寺沢の方に振り向いた桃香は、コンビニの袋を僕の机の上に『ドンッ』と置くと、中身を全て机の上に並べていった。


「飲むんでしょ?」


 桃香に圧されているのか、寺沢たちは微動だにしない。


「喉、渇いてるんでしょ?」


 こちらからは見えないが、桃香が先程振り返った時の『鬼』だったら、寺沢たちが動けないのも納得出来た。


「どうぞ、飲んで。」


 いつもの優しい桃香の声ではなかった。

 オカルチックに言えば、何かが憑りついているんじゃないかと思うくらい、冷たく厳しい声だった。

 耐え切れなくなった寺沢一党の1人がペットボトルを手に持ち、『プシュッ』と音を立てて蓋を開けて飲み始めると同時に、他の3人も同じように飲み始めた。


 炭酸なので一気にとはいかないが、何度かに分けて一党が1本を空けた時、寺沢たちにとって、それが『地獄の序章』だったことを思い知らされることになった。




「まだあと4本……あるんだけど?」




 一党が石像のように動かなくなったにも関わらず、桃香は続けた。




「休み時間……あと5分ね……」




 ここから見ても寺沢の取り巻きの手が震えているのが見えた。


 4人が3本目を空けた時、大きなゲップをした寺沢が机に手を付いていた。


「後で……飲むから……」

「ダメ。」

「え……でも……」

「ダメ。」

「い、いやさすg……」

「ダメ。」


 桃香は4本目の蓋を開けると寺沢の手元に押し付けた。


「休み時間中に飲めないならお金払って。1本千円ね。」

「げふぅ……ぅぇっ!?」


 たかっ!

 コンビニで1本150円だったのに……。


「な……げふっ……何だよそれ?」

「手間代。」

「て……っ!?そんなの払えねぇよ……がふっ!」

「だったら飲めばいいのよ。」

「無理だって……ごふっ……」

「だったら払えばいいのよ。」


 桃香のターンが終わらない。

 やがて観念したのか、寺沢が頭を下げた。

 これで片が付く……僕も、クラスの誰もがそう思った。


「わ、悪かったy……」

「ダメ。」

「えっ?」


 それは寺沢たちだけでなく、僕も、遠巻きに眺めていたクラスメートも、一様に驚きを隠せなかった。


「ダメ……って……」

「『飲み切る』か『払う』か、どっちか選んで。」

「だ……げふっ……だから……悪かっt……」

「ダメ。」

「な……!?」


 桃香の声が1トーン上がった気がした。


「謝罪は受け付けない!『飲み切る』か『払う』か!好きな方を選ぶだけよ!さぁ!どっち?『飲み切る』?『払う』?」


 桃香が言い放つと同時に、寺沢の取り巻きの1人が鼻をすすって泣き出した。


「うぇっ……げふぅっ……ご、ごめん……なs……」

「ダメ。」


 泣き出したやつが機能停止したように停まる。


「謝罪は受け付けない……そう言ったよね?」


 静まる教室。

 時折、寺沢一党の誰かが『げふっ』と空気漏れを起こす。


「あと3分。」


 桃香が静かに言う。

 誰も動かない。


「あと2分。」


 教室の壁の時計が無機質な音を奏でているだけだ。


「あと1p……」

「本当にごめんなさいっ!」


 寺沢がその場に土下座をした。


「もう二度と相原……相原君を弄りませんから!ゆっ……許してくださいっ!」


 続けて他の3人も寺沢に倣うようにその場に土下座をした。

 桃香は仁王立ちしたまま口を開いた。








「ダメ。」








 僕は絶対に桃香を怒らせちゃいけないと強く深く思った。




 その後、僕に対する寺沢たちのイジメは一切無くなった。


「桃香のお陰だよ。」

「うふふっ。もっと褒めてもいいのよ?」

「でも、何であんな事したの?」


 桃香は僕の顔を見上げながら昔話をしはじめた。




 むかしむかし、ある所に体の大きな男の子と、男勝りだけど泣き虫な女の子、それに数名の友達が居ました。

 女の子はいつも男の子たちと一緒に遊んでいましたが、ある日、ちょっとした事で友達と喧嘩をしてしまいました。

 喧嘩をした相手は男の子ばかり3人でした。

 でもいくら女の子が男勝りだと言っても所詮は女の子です。

 男の子3人相手では敵うわけがありません。

 叩かれ、ボールをぶつけられ、女の子は痛みよりも勝てない悔しさで泣いてしまいました。

 そしてついに相手の1人が足元に落ちていた大きな石を拾い上げて女の子に投げ付けた瞬間でした。

 体の大きな男の子は女の子の前に立ち塞がると、投げ付けられた石は体の大きな男の子の頭に当たりました。

 体の大きな男の子の頭からは血が流れていました。

 驚いた喧嘩の相手だった男の子たちは驚いて逃げていきました。

 体の大きな男の子は女の子の方に振り返って血の流れる頭を手で押さえながらにっこり笑って言いました。

 『ももかちゃんだいじょうぶ?』

 女の子は、

 『だいじょうぶ……だけど……ゆうきくん……ちが……」

 と震える声で言いました。

 体の大きな男の子は、

 『ももかちゃんがぶじでよかった!』

 と笑顔で言ったあと、その場に倒れ込みました。

 倒れ込んでからも、『ももかちゃんがぶじでよかった』と何度も何度も言っていたそうです。

 その時女の子は、

 『つぎ、ゆうきくんがきずつけられたらあたしがまもろう!』

 と心に固く誓ったとさ。

 おしまい。




 今の今まですっかり忘れていた。

 そんな事もあった。

 その時の傷は未だに左の眉毛の横に残っている。

 でも……


「た、たった……そ、それだけの為に……?」

「そうよ。優希くんは私を守ってくれた。だから次は私が優希くんを守るって決めてたの。」

「僕は……桃香ちゃんに守って貰えるような人間じゃないのに……」


 桃香は僕の手を両手で握り、いつもの優しい笑顔で僕の目を見た。


「優希くんは私が『私は優希くんに守って貰えるような人間じゃない』って言って嬉しい?」

「そんなわけないじゃん……あ……」


 桃香がにっこりと笑う。


「だからそんな事言わないで。優希くんは私を守ってくれた『ヒーロー』なんだから。」

「僕が……ヒーロー……?」

「そう。優希くんは私のヒーローなの。」


 僕は桃香が握ってくれた手を、そしてぽっこりと膨らんだお腹を見た。


「こんな体のヒーローっていうのも何か……無しだね……」


 桃香は『ふふっ』と笑って言った。




「じゃあ明日から理想のヒーロー目指して走りましょう。」


「え?でも……僕走るの苦t……」








「ダ・メ♥」


 僕のヒーロー化計画は僕の悲鳴と同時にスタートした。

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