ヴァーチャルデート

ピート

 

「お兄ちゃん、か……」電話を切ると慎治はそうつぶやいた。いつまで、たってもお兄ちゃん止まりなのかな……優しいお兄ちゃん、頼れるお兄ちゃん。

 幼なじみの舞との電話が慎治を落ち込ませていた。

 十年かぁ、ずっとお兄ちゃんだったのになぁ。いつからだろう?舞を女として意識するようになったのは。慎治は今の関係が壊れてしまうのが嫌で気持ちをずっと押し殺していた。

 ハァ~、慎治はため息をつくと、さっきまでの会話を思い出した。


「お兄ちゃん、相談があるんだけど……聞いてくれる?」

「相談?宿題の手伝いの間違いじゃないのか?」茶化すように言うと舞は少し拗ねた口調で、こう答えた。

「彼女もいない、お兄ちゃんに相談するのが間違いか……」

「うん?舞、今なんて言った?まさか、好きな男ができたのか?」

「違うよ、できたんじゃないよ。ずっと好きな人がいるの。気付いてくれないから、自分から誘う事にしたの」

「だ、誰だ?どんな奴なんだ?」

「お兄ちゃん、やっぱり気付いてなかったんだ……よく知ってる人よ、毎朝、顔見てる」

「何?俺の知り合いなのか?だ、誰だ?」

「いいじゃん、誰だって」

「相手がわかんなきゃ、協力しようがないだろ?」

「いいの、自分で誘うから……」

「じゃあ、相談ってのは何なんだよ?」

「好きな人との初めてデートだから、緊張すると思うの……だから、お兄ちゃんに予行演習に付き合ってほしいの……ダメ?」

「予行演習?擬似デートか?でも相手に見られたらどうするんだ?」

「お兄ちゃんとなら、いつも一緒だから問題ないよ。それとも舞とデートはイヤ?」

 訴えかけるような声だ。慎治はこの声に弱かった。

「わかったよ、じゃあ、いつがいいんだ?」

「今度の土曜日」

「明後日じゃんか。わかった、朝、迎え行けばいいのか?」

「ダメよ。デートなんだから。駅前で九時に待ち合わせね」

「九時に駅前だな、わかったよ。遅刻厳禁だぞ」

「ありがとう、お兄ちゃん。またね」




 はぁ~、舞の好きな男か……毎朝、俺が顔を合わす相手となると、かなり限定されるな……しかし……はぁ~。

 出てくるのはため息ばかりだ。良き兄(?)としては、協力するべきなんだろうな……しかし誰なんだろう?

 明後日か……本来ならデートなんだから、喜ぶべきなんだろうけど、後日、同じコースをそいつと舞が歩くのか……やりきれないよな……はぁ~。慎治は深くため息をつくと、親友の和也に電話をかける事にした。


「和也か、相談があるんだけど」

 慎治は電話の内容を和也に伝えた。

「そうか舞ちゃん、ついに行動にうつしたか」

「ついに?お前知ってるのか?相手は誰だ?教えてくれ!」

「怒鳴るなよ、お前だけだぞ。多分知らないのは……」

「誰なんだよ?」

「心配しなくても、すぐにわかるさ。デート頑張ってな。俺は今から彼女と勉強だから、切るぞ」

 そう言うと和也は本当に電話を切ってしまった。

 俺以外は知ってる?舞を見てたらわかるって事か……明後日には遅くてもわかるだろうしな。舞を泣かすような真似したら誰だか知らないが許さないぞ。




 土曜日、慎治は少し早めに着くように家をでた。舞の家は隣だというのに、わざわざ駅で待ち合わせか……待たせるのイヤだからな、急いで駅に行っておくか。

 舞のヤツ遅いな、何やってんだ、あいつ…

 時計を見るともう十分になろうとしていた。

 周りを見ても舞の姿は見えない。

 うん?圭介じゃないかな、舞がくるまで話でもしてるか。

「よぉ、圭介!待ち合わせか?」

「せ、先輩!?どうしたんですか?」

「待ち合わせだよ、遅刻みたいなんだ。まだ相手がこなくてな。圭介もか?」

「え?ええ……」

「お互い、相手がくるまで話でもしないか?」

「いいですよ、先輩は誰を待ってるんです?デートですか?」

「舞だよ、待ち合わせとかいいながら、まだこないんだよ」

「そ、そうなんですか……」

「圭介は?デートか?」

「ええ、OKなら来てくれるんですよ。勇気出して告白してみたんです」

「そうか……実るといいな。」

「ごめんなさい、準備に手間どっちゃって」舞が走ってやってきた。ずいぶんと急いだようで、肩で息をしてる。

「いいよ、圭介と話してたから……。だから迎えに行くって言ったんだよ。息切らせてデートの待ち合わせ場所にくるなよ」

「圭介君、ごめんなさい。私……」

「じゃ、先輩楽しんで来て下さい。僕はゲーセンでも行って帰ります」

「何言ってんだよ、圭介?まだ相手きてないだろ?」

「待ちくたびれました。実らない恋だったみたいです。舞さんと楽しんで来てくださいよ」

「諦めるのか?」

「ええ、諦めます」

 少し寂しそうにに圭介は答えた。

「圭介君、ごめんなさい」

「舞さん、謝らなくていいですよ。うまくいく事願ってます」

 そう言うと頭をペコリと下げ、圭介は帰っていった。

「お、おい!圭介、何のことだ?」

「行こう、慎治さん」

「な、何?し、慎司さん?どうしたんだ、急に?」おさまれよ動悸、顔にでるなよ。赤くなってないよな……?

「デートなんだから、お兄ちゃんじゃ変でしょ?何て呼んだらいい?」覗き込むように舞が問い掛ける。

「い、いいよ、それで……。で、何処に行くんだ?」

「どこでもいいよ、慎治さんにまかせる」そう言って舞は微笑んだ。

 可愛い……誰だ舞の好きな男って……?何か腹たってきたぞ。何やってんだ、クソッ!

「決めてないのか?練習とか言っておいて?」

「思いうかばなくて、一緒に遊べるだけで幸せだもん」

「じゃ、買物して、昼飯食べて帰るか」

「それだけなの?つまんないよぅ」

「ふくれんなよ、じゃ、その後映画観て帰ろう」

「その後、観覧車乗りたい」

「わかったよ、遅くならないうちに送るからな」すっかり舞のペースだ。考えてみると舞と二人で遊ぶのは何年ぶりだろう?気持ちがバレないように、二人でいるの避けてたからな……。




 あっという間に時間は過ぎた、楽しい時間は流れるのが早いものだ。夕焼けに染まる海を二人は観覧車から眺めていた。

「舞、こんなんで練習になるのか?」

「楽しかったよ、後は……」

「後は?そうか!誘い方がわからないんだな?心配するなよ、舞に誘われて断る男なんかいないって、大丈夫だよ」

「はぁ~」舞は大きくため息をつくと何かを決心したようだった。

「どうした?舞?気分悪いのか?」

「絶対、断らない?」

「断るような奴は俺がぶん殴る!」

「本当に?」

「誰なんだよ?」

「一回しか言わないよ」

「わかったから、誰だ?」

「ここにいる」

「はぁ?何言ってるんだ?小さいとはいえ、この遊園地に何人の客がいると思ってるんだよ」

「鈍感!今、ここには私とお兄しかいないよ」

「!?」

「まだ、わからない?それとも……」舞の瞳が涙でにじむ。

「舞、泣くなよ。わかった、俺はどうも人より鈍感らしい。圭介の言葉の意味も今わかった。舞、ずっと兄妹みたいに接してきたけど、俺は舞の事、妹なんて思ってない。今の関係が壊れてしまうのが恐くてずっと言えなかった」

「お兄……うぅん、慎治さん?」

「俺も舞が好きだ。これからも妹としてじゃなく、恋人として傍にいてほしい」

「嬉しい、全然気付いてくれないんだもん」舞の目から涙がこぼれおちた。

「舞……」慎治は舞の涙にキスをした。

「お兄ちゃん……」二人は見つめ合うと唇を重ねた。





 Fin

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