Memory
狩野すみか
メモリー
むかし、むかし、あるところに、メモリーという男の子がいました。メモリーは、町外れの大きな古いお屋敷に、バクという猫と暮らしていました。
ある晴れた朝のことでした。メモリーとバクが、庭で洗濯物を干していたところ、
「何か光ってるよ?」
バクが突然手を止めて、金木犀の木陰をさしました。
「何だろう?」
二人は顔を見合わせると、恐る恐る、そちらへ向かって行きました。近づいてみると、それは指輪でした。
「こんにちは。可愛いお坊ちゃん、猫さん」
草の上で光る指輪は、嬉しそうにメモリーとバクを見上げました。
「こんにちは」
「もし、あなた方が、私を拾ってくれたなら、お礼にお話をして差し上げましょう。これでも私は、むかし、遠い海の向こうの国で、伯爵夫人の指にはめられていたのです」
指輪は小さな身体をそらして、誇らしげに言いました。
「行こうか、バク?」
「うん」
メモリーとバクは、指輪を無視して行こうとしました。
「あ、ちょっと待って下さい!お坊ちゃん、猫さん!」
指輪はあわてて二人を呼び止めました。
「ごめんなさい!嘘です。お二人に拾って欲しくて、嘘をつきました!私は遠い海の向こうの国に行ったこともなければ、伯爵夫人にお目にかかったこともありません」
「やっぱりね」
ようやく、メモリーとバクは指輪の方を向きました。
「悪いけど、どう見ても、あなたは伯爵夫人の指にはめられていたようには見えない」
二人は声を揃えて言いました。
「ええ、そうですよ。どうせ、私は、ちゃちな指輪です」
指輪はすねて言いました。
「パールは輝きが失せてますし、台座も18金ではありません。だけど、私にも、私の物語があるんですよ」
「だったら、それを話せばいいじゃない」
メモリーが言いました。
「さっき、僕たちが、あなたを無視して行こうとしたのは、あなたがすぐにばれるような嘘をついたから」
少年は少し怒っていました。
「もし、あなたが、自分の物語を話したくないなら、無理に話す必要はないけど、嘘は、もっと上手について欲しいものだね。どう見たって、あなたはアンティークには見えない」
「メモリー」
バクが、たしなめるように言いました。しかし、メモリーはむくれて、そっぽを向いています。
「ごめんなさい」
指輪が小さな声で言いました。
「信じてもらえないかも知れないけど、私は、どうしても、あなた方に拾って欲しかったんです。いつからここにいるのか分からないんですけど、ひとりは辛くて、寂しくて。人の手の温もりを思い出しては、悲しくなるんです」
「分かります。私も、メモリーに会うまではそうでしたから」
「……猫さんも?」
「ええ」
指輪とバクの間で、何かが通じたようでした。
「……持ち主は、どんな方だったんですか?」
「活発な方でした。おしゃれが好きで、戦時中でも、パーマをかけたり、派手な着物を着たりして、年の離れた弟を使って、妹たちを外食に連れ出したりしていました。ご近所には、非国民と呼ばれてましたっけね」
指輪はとても懐かしそうでした。
「……もしよければ、うちでお茶でもどう?」
「メモリー」
メモリーはちらりとバクを見てから、また指輪を見つめました。
「僕、ちょうど退屈していたところなんだ。あなたが家に来て、何か話してくれると嬉しいな」
「え、いいんですか?」
「ええ、あなたが良ければ。バクも賛成してくれると思うし」
「もちろん!」
「ありがとうございます!」
指輪は喜びで、パールを輝かせました。
「どういたしまして」
こうして、この日から、指輪はメモリーとバクと、メモリーの大きな古いお屋敷で暮らすことになりました。
Memory 狩野すみか @antenna80-80
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