絶望的で核心的な「うわさ話」
女性の身体は、出産が終わったからと言ってすぐ元通りの生活が出来る状態にはならない。
体力はもちろん、開いた骨盤の回復や大きくなった子宮が元に戻ろうとする収縮、それに子宮の収縮過程で子宮腔内から悪露(おろ)と呼ばれる分泌物が数週間に渡って排出されたりと、完全な健康状態に回復するまでに要する時間は決して少なくはない(一般的に六から八週間かかると言われている)。
ところがカオルの回復はすこぶる早かった。出産後一月ほどで、出産前の生活に戻った。当たり前の話だが、身体がとても軽くなったとなぜか毎日はしゃいでいる。
その後は生まれた子どもの育児機能を最優先させるため、妊娠、出産の準備として起こる月経(生理)は、すぐには再開しない。
その最たる事象が、授乳だ。
赤ちゃんにおっぱいを吸われることで母親の身体の中にはプロラクチンというホルモンが大量に分泌され、これが逆に卵胞ホルモンの分泌を減らす効果を齎し、排卵を抑える働きがあるのだ。
授乳期間などの影響もあって、生理が再開する間隔には個人差があり、三か月から六、九か月、それに一年、一年半とそれぞれが二〇%前後の割合で存在するらしい。
出産後の一か月検診にボクも付き添って病院へ向かった。
この検診は赤ちゃんの健康状態をチェックすることはもちろん、母親の身体の回復状況を確認するための検診でもある。
名前を呼ばれると、ちょっとココで待っててねと言葉を残し、カオルは希と共に診察室の中に消えた。気付くと待合室にいる男はボク独り。周りの席は全て女性で埋め尽くされ、当然のことながらその大半は妊婦だった。何も悪いコトはしていないのに急に肩身の狭い思いがして、ボクは身体を縮め、居眠りのフリを決め込もうとした。
そこに背後から幼児の奇声と、話し掛けている母親やらしき女性の声が。咄嗟に目を開け、辺りを見回すと案の定椅子に空きはない。ボクは迷わず立ち上がり席を譲った。
衣服の上からでも目立つほど大きなお腹を抱えた若いママが、スミマセンとお辞儀をすると、手を引かれた二歳くらいのお姉ちゃんが、真似して腰を曲げ、愛嬌を振りまいてくれた。
ボクは一旦待合室を離れ、トイレへ向かった。その後は待合室の近くの通路にあるベンチに腰掛け、二人を待つことに。
要を足して手を洗い、ハンカチを取り出しながら通路へと出ようとした時、ボクは偶然通りかかった女性二人の、気になる会話を耳にした。
「先月出産したあの奥さん、五十七歳っていう年齢にも驚いたけど、その割にはっていうか、その歳なのに、まるで三十代前後にしか見えなかったわね」
カオルの話だとすぐに理解し、足を止めた。そしてトイレ内に留まったまま聞き耳を立てて、会話の続きを待った。
「そうね、それに病院に来たら急に陣痛が始まって、あっという間に生まれちゃって……」
彼女たちは産婦人科の看護師のようだ。
看護師(仮)A(以下Aと記す。)
「驚異的は早さだったわよね!」
看護師(仮)B(以下Bと記す。)
「経産婦の出産でもダントツの最短記録ね。そう……、それでね、出産に立ち会った助産師さんに聞いたんだけど……」
A「なにを?」
B「それがね、分娩台の上で奥さんがいきみ始めた瞬間、ソコを覗き込んだら……」
A「覗き込んだら?」
B「その時ソコがもう大きく口を開けてたんだって!」
A「ええっ、ソコが?!」
B「それだけじゃないの。ソコの中がね……」
A「ソコの中が?!」
B「何だか不気味だったんだって!」
A「不気味ってどういうこと?」
B「奥さんの奇麗な外見からは想像できないくらい赤黒く変色していて、それがまるで内臓の病気で下血した時の色みたいだったって。しかもその上内壁が異様な動きをしていて、別の生き物みたいですごくグロテスクだったって……」
A「本当に気味が悪いわね」
B「それでその様子を呆然と見ていたら、あっと言う間に赤ちゃんが下りてきて、慌てて取り上げたってんだって。あっ、赤ちゃんは普通に元気でカワイイ男の子だったって言ってた」
A「それはそれで何となくホッとしたわ」
うんうんと二人の声が届き、頷き合っている様子が窺えた。
B「でも、その時の光景がいつまでも忘れられずに時々夢に出てきたって、みんなに言いふらしてたみたい」
A「二十代の頃に初産で来た女性が、その後何人も産んでその周辺の色が変わるのは当たり前に見てきたけど……」
B「そう、助産師さんもそう言ってた。『私も長い間この仕事をしていて、何回もお産に立ち会った女性は何人もいるけど…』」
A「いるけど?」
B「『あんな色は見たことがない。何百年も使ってないと出ない色だ』って妙な感心をしていたわ」
A「なんだか怖いわね」
B「そうそう、それでね、こんなたとえも言ってたわ」
A「どんなたとえ?」
~まるで『悪魔の口』みたいだったって~
(!)
やはりカオルは悪魔の手先、いやあの夢に登場したリリスそのものなのだろうか?
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