二度目のデート。~最終決戦?~

 家を出る時には薄く雲がかかり、生暖かく湿った空気が漂っていた。

 決して絶好の外出日和とは言えない陽気は、雲が切れると乾き始め、車の窓から吹き込む風も爽やかな肌触りに変わっていた。


 正面入り口のルートを通って、ショッピングモール四階の立体駐車場へ車を滑らせる。休日ではない午後のショッピングモール内部は、駐車場の混雑具合を見るだけで閑散としている状況が窺える。下階の店舗へ向かうため、停車位置のすぐ脇にあるエレベーター・ホールで二人はしばし迎えを待った。

 後から中年夫婦らしきカップルが少し離れて二人の横に立った。女性の方がカオルを見て何やら男性に話し掛けている。

「……に似てるわね」

「ホントだな……」

 どうやらカオルが知り合いの女性に似ているらしい。ボクは気づかないフリをして点滅する数字を目で追っていた。

「あのう、失礼ですが、石田ゆ○子さんですか?」

「えっ!?」

 女性の質問に、カオルは驚いたように声を上げた。

「女優の石田ゆ○子さんですよね?」

 どうやらカオルが芸能人に間違われたらしい。

「いえ、似てるってよく言われますけど、違うんですよー」

 よく言われる?

 カオルは穏やかに否定した。そうですか、あんまり似ているものでもしやと思って声を掛けたんですよと、女性は恐縮していた。

「人違いで申し訳ないんですが、お写真撮ってもいいですか?」

 なに、写真?ニセ物なのに画(え)が必要なの?

「ええ、いいですよ」

 えっ!OKなの?

 カオルは穏やかな笑顔を湛え、他人のスマホに収まった。礼を言い会釈する女性に隣りの男性も合わせて腰を曲げると、オメデタですねと妊娠に気づき、カオルに話し掛けた。

「そうなの、高齢出産なの」

 嬉しそうに微笑むカオルにお大事になさってくださいねと女性の声が飛び、四人は扉の開いたエレベーターに乗り込んだ。

 三階でエレベーターを降り、再び会釈をして下へ向かう二人と別れる。ボクは即座に耳元で訊ねた。

「カオルちゃん、似てるって言われるの?」

「ぜんぜん」

 軽やかに歩を進めながら、カオルはあっけらかんと返事をした。

「だったらどうして?」

「だってうれしいじゃない、有名女優に間違われるなんて光栄なコトだもの」

 確かに嫌な気はしないだろうが、写真を撮られるのは如何なものか?


「すみません。女優の吉○美智子さんですよね?」

 まただ。今度は三十代くらいの女性が、目を輝かせながら、並んで歩く二人の後方からいきなり前へ飛び出してきた。しかも人違いの相手が石田ゆ○子ではない。

「実はそうなの……」

 何と今度は肯定してしまった!

「カ、カオルちゃん……」

「でも今はプライベートだから大騒ぎしないでね」

 カオルはその女性に向かって小声で話し掛けた。 

「その代わり、静かにしていてくれたら写真撮ってもいいから」

 今度はカオルが自ら売り込んだ。女性は目を丸くして小刻みに頷くと、スマホを差し出し、カオルの前で操作を始めた。またしてもカオルは微笑んで他人の画像データに収まった。

 女性が小さくお辞儀をして立ち去ると、カオルは再び軽やかに歩き始めた。

 ボクはすかさず、しかも慌てて耳元に口を当てた。

「どうして嘘ついたの?」

「何だか楽しくなっちゃった!」

 カオルは戯けて舌を出す。

 正面左に焼き肉店の看板が見えて来た。目的地はもうすぐだった。


「比嘉○未さんですよね?お腹が大きいですけど結婚してましたっけ?」


「佐久間○衣……さんですよね?」


 すぐには辿り着けなかった。

 僅か数十メートルの距離で、立て続けに人違いされ、カオルは声を掛けられた。その度にまるで本物であるかのように、快く対応していた。しかし不思議だった。間違われる芸能人は何れもボクが好きなタイプの女優だ。しかも最後に間違われた相手は二十代の女優。

 普通は考えられない。

 何かのヤラセか?


「私ってそんなに芸能人ぽいかな?」

 カオルの頬は紅潮し、終始笑顔が絶えなかった。

「カオルちゃんどんどん奇麗になってるからムリもないかもしれないね」

 呆れてはいるが、ボクは相槌を打った。気分よくしているのに、水を差すような真似はしたくなかった。


「あそこだよね?たっくん急ごう!」

 その時だった。

「あっ!」

 カオルの身体が揺れた。

「どうしたの?」

「ちょっと気分が……」

 カオルの顔が青ざめてた。

「大丈夫?お腹は?」

「赤ちゃんは平気」

 ボクはカオルの両肩を抱き、倒れないように身体を支えた。細身とはいえ、身重のカオルは決して軽くはない。だがその心配は無用だった。

「あそこで少し休もうか」

 身体中に力が漲り、ボクはカオルを軽々と持ち上げていた。彼女の身体を横に向かせ、お姫様抱っこで抱え上げると、通路の脇に置かれた休憩用のソファに向かい、カオルを抱えたままゆっくりと腰掛けた。

「大丈夫?」

 ボクは身体を離さず、カオルを抱えたまま耳元で囁いた。それは直感的な判断だった。大きな不安を抱えた時、人は他人の温もりを求めると思った。だから密着し続けた。左手を肩口から背中に回し、カオルはボクの右頬に顔を寄せ、ゆっくり目を閉じた。

「うん……」

 少女のような返事が優しく耳に届いた。

 ボクの判断を拒むことなくカオルはやや落ち着きを取り戻した。

「ありがとう。何だか急に疲れが出てきちゃった」

「どこかで一旦休憩しようか?」

「ううん、ここでいい。このままでいて」

 カオルの言葉が骨伝導で耳に届いた。


「ちょっとムリしちゃったかな……?」

 カオルは呟きが耳に届いた。

「どうしてそんなにムリしちゃったの?」

 少し間があった。

「本当はね、私社交的でも何でもないの」

「それじゃあ、どうしてあんなに笑顔でいたの?」

 カオルは大きく息を吸い込んだ。

「プールのナンパもそう。たっくんのために、色んな人たちにも『きれいだね』って言われたいの。美人の女優さんに間違われるのって『あなたはとてもきれいですね』って褒めてもらっているのと一緒でしょ?だから褒めてくれた人には、愛想よくお礼をしたいの。それがたとえ間違いでも、快く対応することで相手が幸せになれるならそれは間違いでも構わないと思うの。たっくんよりおばさんの私が、たっくんの重荷にならないように、いつまでも奇麗でいたいの」

 

 この健気さが、堪らなく愛おしかった。


「たっくん……」

「なに?」

「お願いがあるの」

「お願いって?」

「このまま私をギュッと抱き締めていて」

 え?ここで?

「パパが相手じゃ、こんな処でこんなお願いは絶対にできなかった。優しいたっくんだから、ここで抱きしめていてほしいの」

「で、でもカオルちゃん、やっぱりちょっと恥ずかしいよ」

 カオルの反応はなかった。


「ねえ、たっくん……」

「うん?」

「キスして」

 えーっ、ココで!?

 一目を憚り、そっと粘膜を合わせた。そんなのダメと、カオルは唇を強く押し付けた。照れて身を捩ると、イイって言うまで離さないでと顔を押さえキスは続いた。ボクも覚悟を決め、唇が離れないよう、カオルを強く抱き締めた。

 大きく息を吐き、そしてカオルの香りを吸い込んだ。

 次第に羞恥の感情が解き放たれた。

 通り過ぎる人たちが皆振り返った。

 中には立ち止り、スマホを構える人もいた。

 やがて人だかりが出来た。でも二人の行為に、姿に、嫌悪感や否定する声は一切聞こえて来なかった。誰もが微笑ましく、そして静かに見守っていてくれた。


 それにしても、どんな女優にも引けを取らない、カオルの美しさはどうして生まれてくるのだろう?


「たっくんが私をいっぱい愛していて、いつも抱き締めてくれるからね」


 心を読み、いきなり口を開いたカオルにボクは驚愕した。

 そして少女のように微笑むカオルにボクの胸はときめいた。


 カオルちゃんはボクだけのモノ。決して誰にも渡しはしない!


 こんなに『絶賛幸せ中!』なのに、本当に人類滅亡の瞬間(とき)は近づいてるのだろうか!?

 

 寝息を立てるカオルを抱いたまま、ボクの意識も空を飛んだ。

 

「たっくん!」

(!)

「そろそろご飯食べよ!」

 覗き込むカオルの顔に生気がよみがえった。

 三十分ほど時間が流れていた。

「わかった、それじゃあ行こうか、焼き肉!」

「うん!」

 少女のように弾ける笑顔が全てだった。


 ところが……


 ロマンチックな雰囲気はココまでだった。


「落ち着いたらすごくお腹が空いてきた!」


 カオルはすっと立ち上がり、身重の身体をいからせるように力強く歩き出した。ボクはお供の召使いのように彼女の後を足早に付いて行くと、そのまま勢いを止めず、店内奥へと進んだ。

「先ずはこのお店のおすすめね」

 席に着くなり、すぐ様店員に声を掛け、注文を始めた。最初は店の名前を冠した一番おすすめのカルビを指差した。

「それから王道四種盛り合わせ……」

「これ最初に頼んだカルビも入ってるよ」

「被っててもいいの。それと……」

 細かいコトは気にしないらしい。『何でも来い』の食欲なのだろうか。

「ロースにホルモンミックス。あと豚カルビもね。盛り合わせ以外は全部三人前で」

「え?カオルちゃん二人分食べるの?」

「だってもう一人元気な子がいるんだもん」

 頬を膨らませてカオルはお腹を指差した。

「野菜も食べないと……」

「それじゃあ、焼き野菜盛り合わせ三つ。それにキムチも」

 野菜も二人分?

「あと飲み物はハイボール」

「お酒は……」

「は、ダメだからノンアルのビールで。たっくん飲み物は?あと他に注文ある?」

「ボ、ボクもノンアルビールで。注文はそれでいい」

「あ、あとあとご飯大盛ね!たっくんは?」

「ボクは普通でいい」


 完全に圧倒された。

 注文の品が届くや手際よく焼き始め、ボクへの分配も忘れず、タレを十分に浸した肉を次から次へと口の中に放り込んでいた。

 こんなにイキイキしたカオルは初めてだった。彼女が放つ美しさは、何処か危うい影を孕んでいた。艶の中にも儚さを併せ持っていた。だがこの時のカオルは違っていた。生きる気力を漲らせていた。まるで育ち盛りの子どものように、美しさの中にも弾けるような瑞々しさを窺わせていた。

 焼き肉店での食事はペースが速い。焼けた肉を休まず食しないと、自分の皿のストックが瞬く間に増えてしまう。テーブルにあふれるほど頼んだのに、届く皿が次々に空になりそんな心配は取り越し苦労に終わった。

 体格が大きな大食いの男性が料理を口から流し込むような、荒い食べ方をカオルは全くしなかった。どれもよく噛んで味わい、美味しそうに平らげていた。ボクも負けじと頑張った。そしてカオルは二人分を見事に平らげた。それどころか、まだ足りないと最後に再度注文した王道四種盛り合わせも全てクリアしてしまった。

 カオルはボクのために、ボクと長く生きるために少食を克服した。


 ボクはカオルを惚れ直した。


 色々あった二度目のデートもあとは家路に就くだけ。そう思うと、本格的な睡魔に襲われそうだった。

 満腹感と疲労感で重くなった身体を引き摺りながら駐車場に戻ると、二人の車以外

は既にもぬけの殻だった。キーを解除し、助手席のドアを開けて先にカオルを乗せると、足取り重く車の前をゆっくり回り、運転席のドアを開けた。乗り込むボクをカオルは何かを訴えるようにじっと見つめていたけど、何も言わないのであえて無視していた。


「ねえ、たっくん……」

 車のエンジンをかけると、突然艶のある甘い吐息がボクの鼓膜を震わせた。

「どうしたの?」

 嫌な予感がする。

「食欲が満たされたら……」

「満たされたら?」

「次はな~に?」

「次はえっと……」

 分かっていたけど、あえてはぐらかした。

「性欲……でしょ?」

「うん、まあ……」

「して……」

「うん、わかった。帰ったら……」

 本音はひと眠りしてからシタい。

「ここでシテ!」

「えーっ、ココで?」


(!!)


 カオルの細くて長い指が股間を這い回った。

「私、カーセックスしたコトないの」

 ボクだってないよ!

「だからココでシテ……」

「だから帰ったらいっぱいス……」

「帰ったらじゃダメ!ほら見て!」

 カオルは着ているワンピースの裾を捲り上げた。

(!)

 カオルのソコに、ショーツはなかった。亀裂には泉が吹き出している。

「な、なに?漏らしちゃったの?」

 カオルは大きな染みの付いたショーツを掲げ訴えた。

「ううん違うの。濡れて、こんなにあふれちゃったの。このままヤラなかったら、私風邪引いちゃう、だからすぐシテ。お家まで待てない!は、早く…」

 泉はシートを濡らしていた。

 苦しい理由を、今にも死にそうな悲壮感の漂う感情を表現しながら、カオルの瞳は濡れ、ボクを欲望を煽っていた。

「さっきは本当に死にそうだったのに……」

「今度は私を昇天させて!」

 カオルは商業的アダルト映像のような、臭いセリフを囁いた。独り耽る過去の記憶を蘇らせ、ボクの昂る感情を弄んでいるようだった。

 睡魔は火山噴火のように沸き上がる性欲には全く太刀打ちできないようだ。


「キスして」

 カオルの目は虚ろだった。

「焼肉食べたから、口臭いよ」

「私も臭いから大丈夫」

 二人は同時に吹き出した。

 そしてボクはエンジンを切った。

 運転席から身体を傾け顔を近付けると、カオルも顎を上げ、運転席の方に身体を傾けた。

 一瞬見つめ合い、そして唇を貪った。お互い苦しい体勢なのに、全く辛さを感じなかった。舌を絡め、吸い合い、唾液を飲み合った。目を閉じて戯れに浸るカオルは、露わにした下半身の亀裂に指を這わせ、水音を響かせていた。どうやって中を弄んでいるのか、腹部の膨らみが視界を遮り、全く分からなかった。ボクは右手で乳房を掴んだ。頂きの突起は、繊維の上からでも存在を強く主張している。指先で摘んで弄ぶのは自然な流れだった。鼻息が爆発的に荒くなり、お互いの指の動きは順調にカオルを昂らせているようだ。

「このままじゃ繋がれないから、シートを全部後ろに引いて、背凭れを全部倒して」

 一瞬唇を離し、ボクはカオルに指示を出した。カオルは戯れの動きを止めないように、左手でシートの脇を探る間、ボクも運転席のシートを後方に下げると、先にシードが動いたカオルの身体の上にボク身体が覆い被さった。下半身をスマートに晒す方法も分からないし、スペースもない。ボクはジーンズとトランクスを忙しく太股辺りまで摺り下ろした。

 カエルが仰向けに横たわるように、膝を九十度に曲げたカオルの両脚は窮屈そうにそれでいて目一杯外側に開かれていた。

「たっくんのモノ、何もしなくていい?」

「大丈夫、さっきのキスで大膨張した」

「私もビショビショ」

「それは始めから分かってる」

 二人は見つめ合い、そして吹き出した。

「お腹大丈夫?」

「大丈夫だから激しくシテ!」

「そんなことしたら赤ちゃんが大変だよ」

「大丈夫。赤ちゃんが『思い切りヤレ』って言ってる」

「そんなバカな」

 二人はまた吹き出した。

「キテ……」

 カオルは両手を広げ、微笑んだ。

「うん……」


 ボクは感情の赴くまま激しく突きあげた。

(もちろん赤ちゃんには負担を掛けないよう)

「あっ……」

 切ない喘ぎが漏れ、ボクは二度目を突き上げた。

「ああ、素敵。たっくんもっと強く、もっと奥に……」


 少年たちに犯されるプールでの夢が脳裏をかすめ、胎児も気にせず、ボクは必要以上にカオルの膣内(なか)で突き上げた。


「カオルはボクだけのモノ!絶対誰にも渡さない!」


 プールでの悪夢の中で叫んだ言葉が口を付いた。

 もちろんよとカオルは甘く返した。

「もっと強く、激しく、赤ちゃんは気にしないで、お腹の中を突き破っちゃうくらい私も赤ちゃんも、二人とも壊れて、死んじゃうくらい、たっくんのモノ、突き上げてね」


 表情や肉体の反応には暴力的は扱いを歓迎する動きが見られるのに、漏れる言葉は意外なほど冷静で熱を帯びず、ねっとりと絡み付くような艶を醸し出していた。

 やがてカオルの膣内(なか)が異様な動きを始めた。

 突き上げる度に中の蠢きが強烈に陰茎に絡み付き、腰の動きを躊躇させた。一瞬解放され再び突き上げると、蠢きは再び同様の絡みを見せた。

 そこはカオルが呻く感情と連動している。

 ボクは圧倒されながらもその行為を楽しんだ。


「あ~素敵!若くて情熱的なエキスも、たっくんに比べたらやっぱりまだまだね。とっても薄っぺらいわ!」


(!?)


 鼓動が激しく脈打った。カオルの言葉の語尾が今までにない力強さを表した。

 若い……、エキスって、まさかあの少年たちの?


「カオルちゃん、それ誰のこと言ってるの?」


 返事はなかった。


「たっくんが焼きもちを焼くほど、私の願いに近付くの」


 カオルはボクの嫉妬心、執着心を煽っている。

        

「ああ、また赤ちゃんできちゃいそう……」


 不可解な真意を孕んだ、カオルが発する雄叫びにも似た歓喜の言葉が、フィニッシュを後押しした。それはまるで大口径の発射口から大きな弾丸が飛び出すような、一気に大量の放出を促す射精だった。しかもそれはいつまでも終わらなかった。永遠に終わらないと危惧するような射精だった。カオルの中がいつも以上に蠢いている。それはボクの体液全てを絞りだすまで終わらないのだと、めくるめく快楽の中で、ボクは覚悟した。

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