初めてのデート(戦い?)後編。


 二階席への階段を駆け上がり、電光掲示板を確認すると、四回裏の追加点は二点だった。それなりに時間をかけていたようだから、塁を賑わした割りには得点に結びつかなかったということらしい。味方投手の調子に変化はないようで、勝利投手の権利を得る五回表も既にツーアウトになっていた。


 遅れて上がって来るカオルを迎えに、三段ほど下り、二人は並んで通路を歩き始めた。

 目の前に大空間が広がっても、観衆が投手のストライクに大きな拍手を送っても、頭の中は小さな空間での官能的な施しに没頭していた。

 やや俯き加減にグランドに背を向け、階段を上っている間に大歓声が轟き、この回の守備も難なく終了してことを知らせてくれた。


 カオルの姿を見つけると同じ列の一番手前にいる体格のいい男性がすぐさま立ち上がり、ボクたちは彼に会釈をしながら奥へと進んだ。


(!?)


 ワンピースの裾を揃え、ゆっくりと席に着く仕草の中で、カオルが誰かに目配せしたような気がして、火照る感情が我に返った。

「今何かした?」

 ボクはすぐさま問い質した。

「いいえ、何も」

 カオルは平静を保っていた。

 思い違いかと安堵すると、突然耳元で見知らぬ囁きが聞こえた。

「君のお姉さん奇麗だね」

 慌てて後部座席へ振り向いた。如何にも物腰が柔らかそうな、如何にもやり手なビジネスマンのような、笑顔が爽やかな男性だった。

「はあ……」

 ボクはため息に近い苦笑いを浮かべた。やはり夫婦には見えないようだ。だからと言って赤の他人に強く否定する積りも、真実を告げる必要性もないと思った。同じチームのファンなら歓喜の瞬間は分かち合いたいが、それ以外は深く関わりたくはなかった。

「あれ?どうして私たちが姉弟(きょうだい)だって分かったんですか?」

 カオルが突然男性に話を合わせた。

「いやね、あなたが彼を『たっくん、たっくん』と呼んでるのが聴こえたのですぐにそうかなと思ったんですよ」

「そうなの、私この子の姉なんですけど、野球にハマったばっかりにいい歳して結婚どころか彼女もいないから、今日は仕方なく付き添いで来たんです」

 彼女がこんなに社交的なのは知らなかった。だが、なぜ『こう見えて、私たち夫婦なんです』と否定してくれなかったのか。ただ面白がって話に付き合っているのか、或いは何かの意図があって隠しているのか、ボクには分からなかった。

「そうだったんですか。いやね、私もあなたが凄く気になっていて、『こんな美人な彼女がいて、しかも一緒に野球が観られるなんて羨ましいなあ』ってずっと思ってたんですよ。なんだ、お姉さんだったんですねー」

 カオルの右隣りに座る体格のいいい男性が、待ってましたとばかりに、会話に割り込んできた。トイレから戻った際に立ち上がってくれた男性だ。それまで静かに観戦していた彼は、確認しているだけで既にビールを三杯飲み干しており、妙に馴れ馴れしい雰囲気が気になった。

「五十代のおばさんなのに、奇麗だ、美人だって言われて、何だか嬉しくなっちゃうな」

 カオルはまるでアイドルがファンに媚を売るような、見たコトもない満面の笑みで周囲に愛嬌を振りまいた。えーおばさんなんですか全然見えません、と違う方向からも声が届き、周囲は大スターを取り巻くオタク集団のような盛り上がりを見せた。


 さっきまでの高揚感はあっという間に急降下した。ボクは突然不機嫌になった。

 理由は色々あるが、誰かに明確な発言をする必要がないので漠然としたまま、ボクは負の感情を膨らませていた。でも核心はハッキリしていた。

 それはカオルがボクを全く見ていないことだ。


 軍団とカオルのバカ騒ぎを離れ、ボクは視線をグランドに向けた。 


『ホームラーン!』


(はっ!)


 注意が散漫になっていて、歓喜の波に乗り遅れた。場内アナウンスが高らかにその結果を鼓舞したが、誰が打席に立っていたのかを確かめていなかった。ダイヤモンドをゆっくり走っているのは何とあの『打てない捕手』。

 入団以来初の珍事、一試合三安打だ。


「ウワーッ!やったー!」

 カオルは喜びで瞬時に立ち上がり、二、三度小さく飛び跳ねるとワンピースの裾が軽やかに揺れ浮力が付いた。そのままゆっくり着席した瞬間、パラシュートのように膨らみ、下半身が露出した。


(ま、まずい……)


 カオルは慌てて前を押さえたが前列の男性が何かを感じ彼女を見た。

「何か見えた?」

 カオルは戯けて尋ねた。

「い、いえ、はっきりとは……」

 ボクは心の中で安堵したのだが……。


「今日下着付けて来るの忘れちゃったの。見苦しいモノが見えちゃったらごめんなさいね」


 カオルは自ら暴露している。ボクは唖然とした。

「お姉さん、随分大胆ですね」

 右隣りの男性が口を開いた。

「俺たちを誘ってるんですか?」

 前列の男性が続いた。

「あら、そう思う?だったら私を誘惑しちゃう?もう一回見る?」

「カオルちゃん、何バカなコト言ってるの?」

 ボクは小声でカオルを諫めた。

「大丈夫よ。見られても減るもんじゃないし」

 カオルはまるで自分も飲んでいるかのように酔っ払いの戯言に乗っていた。

「えーっ!いいんですか?私結構絶倫ですよ」

 右隣りの男は自分の繁殖能力の強さを主張し始めた。半分本気で誘っているようだ。 


「あと五点入ったら考えてもいいわよ」


 今のスコアは九対〇。あと一点で二桁だが試合前半に大量リードの場合は、後半主力選手を休養がてら交代させる監督判断もある。この後五点を加える可能性は低いがそんなことに関係なく、カオルの発言を容認する訳にはいかない。

 だったら自分にも手解きをお願いしますと、違う方向からいくつも声がした。それじゃあ分かったわとカオルが思いもよらない返事をすると、周囲はさらにヒートアップした。

 その光景をただ呆然と眺めていた。ボクはカオルの二の腕をつねって言った。

「何言ってるの?本気にされちゃうでしょ!」 

「大丈夫よ、本気にはならないから」

 本気にはならない?

 質問の意図とは異なる返事に困惑した。


 ダメだ!カオルちゃんはボクのモノだ!


 そう叫びたかった。だが盛り上がる同胞を興醒めさせてしまうと、この後の試合観戦が盛り上がりに欠けてしまう。いやそんな問題ではない。あと五点でカオルは見知らぬ男たちのおもちゃにされてしまう。

 彼女の真意が分からなかった。もしも本当に実行されるなら、ボクはカオルを守り切れない。


 周囲のファンに溶け込むカオルの言葉が、今までとは全く違う感情を引き出した。

 だがそれはまるで周囲に群がる男たちの欲望をカオルが煽り、故意に見せつけているような気さえした。


 若き四番打者は最後まで残っていたが、予想通り二番のキャプテンと三番打者、それにベテラン一人が途中交代した。にもかかわらず、カオルの言葉を聞いていたかのように、その後途中交代の選手までもが活躍して我がチームは五点を追加。守護神の投げた豪速球に最後の打者のバットが空を切り、あっさり試合は終了した。

 その瞬間カオルは信奉者の歓喜の渦に飲み込まれていた。

 カオルさんはどんな体位が好きなんですかなどと、声が飛ぶ。私はバックも好きだけどやっぱり顔を見ながらの正常位が好き、などと真面目な受け答えをしている。

 ボクは彼女を囲む輪の一歩外で一人呆然と立ち尽くしていた。このまま彼女はこの集団に連れて行かれ手籠めにされてしまうのだろうか?

 とても飢えた獣たちを一人では守れない。


 お姉さん約束ですよと、一人が声を掛けると仕方ないわねと、カオルはまんざらでもない表情で薄い笑みを浮かべた。

「それじゃ、みんなで行きましょうか?」

 周囲を見渡し、発した声に反応したカオル信奉者は四人。すると後ろの席の笑顔の爽やかな男性が彼女の肩を抱き、その腕は何の違和感もなく流れるような動きですぐに腰を抱いていた。それは女たらしの熟練の技のようだった。

「カ、カオルちゃん待って!」

 その声に全員が振り向いた。

「大勝のお祝いに、たっくんも一緒に楽しみましょう」

 えーっ!?二人は姉弟なのに近親相姦ですか?だから彼女ができないんですか?と茶化す声に、実はそうなのとカオルが意味深なハニカミ笑顔を見せると、四人はさらに異常な盛り上げりを見せた。


 納得できないまま、ボクは五人の後を付いて行った。誰が先導するでもなく、五人は寸分の狂いもなく足を同じ向きにして何処かへ進んでいた。


 気付くとボクたち六人はざっと三十畳ほどある大空間の部屋にいた。

 奥には回転ベッドがあり、手前にはガラステーブルを囲んで、コの字型に配置された、十人が余裕で座れる革製のソファが、そしてその真ん中にはオットマン付きのリクライニングソファが二つのエリアを区切るように配置されていた。


 カオルはすぐにワンピースを脱ぎ捨て床に放り投げた。

 中はピンク地に小さな水玉模様、カシュクールタイプのキャミソール。ショーツを着けていないから、裾が揺れると陰部を覆う森が僅かに見え隠れして艶めかしい。

 四人から感嘆の声があがるとカオルはその場でくるりと回って見せた。

 その奥にある異様な形状と色はまだその全貌を現わしてはいなかった。それを見たら四人はどう思うだろう?ボクは負の反応を期待して止まなかった。


「あれ?カオルさん少しお腹大きくないですか?」

 キャミソール姿を舐めるように凝視する脂ぎった小男が目ざとく見つけ叫んだ。

「そうなの、たっくんの子妊娠しちゃったの」

 おーと再び歓声が上がり、雰囲気は更に盛り上げを見せる。これまた衝撃的ですね肉親の子なのに堕胎(おろ)さないんですか?の声にたっくん大好きだから産むのとまたしてもはにかむカオルは、増々嘘を重ねていく。

 だからみんな私の身体を労わってねと、カオルの扇情行為は止まらない。


 四人が一斉に衣服を剥いだ。それは脱ぐというより破り捨ててでも我先にとカオルの肉体を求めているような勢いだった。

 柄をあしらっているとはいえ、薄手のキャミソールはカオルの白い肌の色を僅かに透していた。妊娠初期だが乳首は小豆色を濃くし、日に日に表面の凹凸を顕在化させている。その様子が滑らかな生地を上からでもはっきり見て取れ、妙な色気を感じさせた。

 カオルはオットマン付きのリクライニングソファに座ると背凭れを最大限に倒して血走った男たちを、まるで戯れる子猫たちを慈しむような目で眺めていた。

 パーカー姿の小男が一番乗りだった。浅黒い顔色と同様の身体の色で腹は脂肪が十分に蓄積していた。ムダ毛が全身を覆い尽くし、その流れは一段と生い茂る陰部へと繋がっていた。案の定小太りの体型にありがちな極小の男性器はその中に隠れており、すぐには居所が確かめられなかった。一番乗りの特権で数多い選択肢の中、僕のモノを舐めて下さいと彼はカオルの身体を跨いで顔の前に貧弱な性器を忙しく差し出すと、彼女は躊躇わず舌先で亀頭の先端をペロリとはじいた。まるで爬虫類が獲物を捕らえる瞬間のようにも見えた。それだけで小男のモノが反応して雑草の中から姿を現わすと、カオルは狙いを定め、手で掴むことなくそのまま一気に口に含んだ。小男は小さく呻き、目を閉じた。カオルはその様子に薄い笑みを浮かべると一心不乱に口

元を動かし始めた。 

「小指ほどしかなかったのに勃起するとすごいのね」

 意外な大物の出現で昂ったのだろう。カオルの顔が心なしか紅潮しているように見えた。すると笑顔の爽やかな男が準備を整え、いきなり左の乳房を鷲掴みし、指先で先端を摘んだ。

「あっ、素敵。もっと激しく摘んで」

 突然の刺激にすぐさま反応したカオルは、一旦口の動きを止め、甘い吐息と共に呟いた。

 僕はいきなりでイイですかと一番若い男が両脚を載せたオットマンを弾き飛ばし、彼女の両脚を抱え下半身を下腹部に密着させた。既に挿入可能な状態で宍色の陰茎の先端はグロテスクに濡れていた。カオルの陰毛は先に記したように女性器の大部分を隠すように茂ってはいるのだが、感情が昂りが早く、リクライニングソファに横たわった頃から既に潤いを晒していた。さすがに誰もが気兼ねして突撃を躊躇っていたのを若さの勢いが先んじていた二人をさらに奮い立たせた。亀頭で縦の亀裂を荒々しくなぞり侵入を乞う。その度にカオルは呻いた。若者に奇異な目で入口を見る様子はない。お腹に赤ちゃんいるから強く押さないでねと、途切れ途切れの懇願の言葉は完全に濡れていた。若者は黙って頷きゆっくりと膣内に全てを埋める。

 少し大人しそうな男も三人の行為に煽られようやく右胸に手を掛けた。もっと強く握り締めていいのよとカオルが促すと、内気な男は両手に力を籠めた。

 四人に囲まれたカオルは小男は口で、左右の男たちの昂りはそれぞれを手で、若者の腰の動きには自らもリズムを合わせ、身体を揺らし、咥え込んだ。

 飢えた獣たちの滾る情熱を感じ、身体が熱いから脱がせてとキャミソールを剥がすようカオルは四人に命令した。それは容易い作業だった。直接侵入中の若者が裾を捲ると、左右の男たちが勢いよく頭の方へと引っ張り上げ、小男が一旦口から昂りを離すとカオルの両手を万歳の状態に引っ張り上げスルリと頭の上から抜き取った。

 カオルは四人の欲望を積極的に受け入れ、必死に快楽の渦に溺れようとしている。

 表情は苦痛を孕んいるようにも見えるが、過酷さを超越し、近い未来に訪れる絶頂を確信してその工程を楽しんでいるような意志の強さを感じた。

 そこには奥ゆかしく、華奢で、病的な美しさを放つカオルはいなかった。妖しく、したたかで、邪悪な、今まで見たことのない彼女の姿たった。

 四人の男たちはカオルの肉体を飽きるほど貪った。四人は手際よく位置を変え、角度を変えて、見事なまでの連係プレイでカオルの肉体を弄んだ。結局誰一人女性器に違和感を覚える者はいなかった。見てないで君も姉さんを楽しめよと誰かが言った。ボクは反応できなかった。反応できないボクを彼らは全く気にしていなかった。可能な限り吐き出し続けていた。吐き出すのは膣内だけではない。彼女の口や手、そして排泄物が通る穴まで、その為の道具にされた。ボクの目の前にあるのはオモチャにされる彼女の姿。彼女が快楽を堪能したとしても、そこにボクはいない。彼女の肉体に与えられた喜びの証は、一生消えない心の傷跡として見る度ボクの胸を締め付けるだろう。そして行きずりの女を抱いた彼らには何のデメリットもない。終われば二度と遭うコトもない。

 寝取られた自分の惨めさが、失恋に似ていると思った。ただ呆然と立ち尽くしていた。

 ところが脳の認識はなぜか全く心とは異にしていた。まるで女王蜂に多くの子孫を産ませるためにせっせと精を注ぎ込んでいる働き蜂のようでとても哀れに感じた。その中心にいるカオルは高笑いをして、ボクを見てしたり顔をしている。


『私はあなたのカオルなのにこんなコトされて悔しくないの?だったらこの下僕たち以上にたっくんの精子で私をしあわせにして……』


 ボクを挑発しているようだった。

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