第85話 鼻くそ ー神田英二視点2ー

 光太郎とは小学校の時にミクを助けたのが切掛けで仲良くたった。

 光太郎はバカで、お調子者だった。 

 そばにいるだけで笑えた。

 俺の大好きな友達だった。


 ミクは可愛かった。

 ポニーテール。

 揺れると動く髪。

 リンスの甘い匂い。

 ニッコリと笑う顔。

 

 ミクの親は冒険者だった。

 親が冒険者ってだけで、彼女はイジメられていた。

 俺達は彼女を守った。

 彼女がイジメられないように、そばにいた。

 だから3人でつるむようになった。


 わかっていた。

 光太郎もミクのことが好きだってこと。

 でも光太郎なんかにミクを譲る気はなかった。


 俺はサッカー部のキャプテンだった。

 試合をミクは見に来てくれていた。

 彼女は俺のことを観察するように、いつもジッと見ていたんだ。


 告白してオーケーを貰った時、俺は嬉しかった。

 大好きな女の子と付き合えるんだぜ。

 人生の絶頂だった。


 光太郎とも同じ高校に行きたかった。

 なのに、アイツは勉強をサボるようになった。

 俺達が付き合って、気まずくてアイツは俺達を避けるようになってしまった。

「これでいいの」とミクは言った。

 納得したように、これでいいの、と何度も言っていた。

 でも俺は許せなかった。

 光太郎が俺達から離れようとしていることがじゃない。俺にミクを取られたぐらいで勉強を諦めるのを。

 簡単に何かを諦めることが俺は許せなかった。

 だから必死に俺は光太郎に勉強を教えようとした。

 でも俺が必死になればなるほど、光太郎のバカは俺を遠ざけるようになった。

 それでも俺はアイツのことが好きだった。


 ある日、ご飯を食べていると脳内で声が聞こえた。


『ダンジョンの入場を許可します』


 ご飯を食べていた手が止まった。

 俺は冒険者に覚醒してしまったのだ。


『それに伴い、万有引力というスキルを与えられました。使役という称号を与えられました』


「どうしたの?」

 とお母さんが俺を見て言った。

「なんでもないよ」

 俺は止まっていたお箸を動かした。

 母親に言える訳がなかった。

 俺は一人っ子だった。

 ご飯が全然、喉を通らない。


 母親はスーパーのパートをしている。

 父親は広告代理店で働いている。

 お父さんは仕事が忙しそうだけど、休みの日になればサッカーの試合を見に来てくれた。

 練習にも付き合ってくれた。

 お母さんも同じである。

 2人は俺の将来を楽しみにしていてくれた。

 だけど冒険者になってしまった。 


 俺は思い出していた。

 両親が俺のことを大切に育ててくれたこと。

 小さい頃、休みになれば公園に連れて行ってもらった。父親は全力で遊んでくれた。

 遊園地や動物園、映画館やショッピングセンター、色んなところに連れて行ってくれたのだ。

 こんな事を言うと恥ずかしいけど、俺は両親のことを愛していた。

 だから思うのだ。

 冒険者に覚醒してごめん。

 もしかしたら俺はダンジョンで死ぬかもしれない。


 食器を流しに置いた。

「おかわりはいいの?」

 と母親が尋ねた。

 胸が痛くなった。

 なんて母に言えばいいのだろうか?


 冒険者に将来なんてものはない。


 やっぱり俺は両親に覚醒したことは言えなかった。

 ミクや光太郎にも言えなかった。

 学校の簡易検査の時、水晶に手をかざすと真っ赤になった。

 赤くなれば覚醒したことになる。

 クラス中が騒めいて、すぐに俺は冒険者ギルドに連れて行かれた。


 俺の冒険者覚醒を知った両親は泣いていた。

 母親は机に伏して泣きじゃくっていた。

 お父さんまでも目頭を押さえて泣いていた。

 胸が苦しかった。



 ダンジョンに入る前日に光太郎を公園に呼び出した。

 俺はミクのことを光太郎にお願いするつもりだった。

 ミクを守ってほしい。

 冒険者が差別される世の中で、彼女は親が冒険者になり、恋人の俺まで冒険者になった。

 言いがかりをしてイジメてくる奴もいるだろう。

「もし俺が帰って来れなかったら、ミクをよろしく頼む」

 と俺が言った。

「そんな事、言うんじゃねぇーよ」

「お前なら任せられると思うんだ」

「絶対に帰って来い」と光太郎が言った。

「これ」

 と彼は言って、俺の手を握って、ある物を渡して来た。

「俺の分身だから、コレをダンジョンに一緒に持って行ってくれ」

 小さいからジッと見ないと一体なんなのかはわからなかった。

 触ってみると硬かった。乾燥している。

「鼻くそじゃねぇーか」

 と俺は叫んた。

「俺の分身だ。そいつをポケットに入れて持って行ってくれ」

「持って行かねぇーよ」

「ちゃんと乾燥させて、持ち運びやすくしておいたから」

「いらねぇーよ」

 と俺は言った。

 俺は鼻くそを指で弾いて飛ばした。

 やっぱりコイツにミクのことを頼むんじゃなかった。

「さっきの無しな」

 と俺が言う。

「さっきのって?」

「ミクをよろしく頼む、ってやつ」

「それはよろしく頼まれとく」

「ダメ。お前なんかに任せられない」

「任しておけ」

「お前だけには任せられねぇ」

「それじゃあ帰って来いよ」と光太郎が言った。

 絶対にダンジョンから帰って来るつもりだった。

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