第15話 ダンジョンバースト
廊下に出ると東の空にゲートが浮いていた。
東の空、と言っても本当に東がどうかはわからない。
午前中に太陽がある方が東でいいよね? あってるよね?
あのギャグアニメの有名な歌のせいで西と東が混乱する。
空の上にゲートが浮いている。
黒い渦が横になって雲のように浮いている。
どういった現象なんだろう?
「十年前にバーストした時も、同じように空にゲートが浮いていたらしいわよ」
と新庄かなが教えてくれる。
「どうして空にゲートが浮かんでいるの?」
「知らないわよ。とりあえず体育館に行きましょう」
二人で体育館に行く。
生徒達は綺麗に整列しているわけではなく、各々が適当に座っていた。
地域の人も避難しているらしく、お爺ちゃんお婆ちゃんもノソノソと集まっていた。
たぶん車を持っていない人達が防災無線を聞いて集まって来たのだろう。
誰も危機感は無かった。
体育館には高校生の談笑。それと老人達の談笑が響き渡っている。
文化祭前日みたいな楽しい空気すら漂っていた。
たぶん俺達だけが怯えていた。
魔物が現実世界にやって来ているのだ。
怖い、というよりも家族の事が心配だった。
妹に電話した。
純子の中学校にはシェルターがあるらしく、そこに入っているから大丈夫らしい。
「お兄ちゃんは大丈夫?」
「うん。お兄ちゃんはめっちゃ強いから大丈夫」
「……気をつけてね」
「お母さんは大丈夫かな?」
母親の仕事場はダンジョンバーストしたところから結構離れている。
「同僚の人と屋上にあがって鍵をしているって」
「一応電話するわ」
「うん。お兄ちゃんが一番近いんだからね。外出ちゃダメだからね」
「わかった」
お母さんにも電話をかけた。
自分が大丈夫であることを伝えた。
そして何より俺が気になっている子に電話をかけた。
高田ミクは電話に出なかった。
だからラインを送る。
『大丈夫っすか? 正義のヒーロが助けに行こうか?』
ミクの学校はダンジョンに近い。
嫌な予感がした。
新庄かながアイフォンで動画を見ていた。
俺は彼女の隣に座り、ラインの返事がないアイフォンを握りしめた。
そしてお嬢が見ている動画を横から見る。
それは政府の会見だった。生配信らしい。
軍服を着た人、それにスーツを着た三人のオジさんが状況を説明している。
バーストしたダンジョンは元々Fランクダンジョンだったらしい。
だけど魔物に敗れた冒険者が魔物と繁殖して強くなっていったこと。
その魔物というのはゴブリンであること。
それでもダンジョンのランクを上げることは資金の問題で出来なかったこと。
最終的にはDランクまでしかダンジョンランクを上げなかったこと。
ダンジョンに入って行った冒険者のほとんどが帰って来なかったこと。
だから冒険者とゴブリンの繁殖が進んだこと。
普通のゴブリンの強さではないこと。
そのオジさんはハイゴブリンと名付けていた。
バーストすれば軍で抑えるつもりであったこと。
だけど見積もりが甘かったこと。
強くなったハイゴブリンが数百匹、もしくは千匹に近い数もいたこと。
スーツを着たオジさんは語っていた。
要するに弱いゴブリンだから大丈夫だろう、と思っていたら、想像していたよりも強くて手に負えないごめんなさい、色んな見積もりを間違えましたごめんなさい、という会見だった。
バーストした魔物はどうするんですか?
と記者に尋ねられていた。
Bランクパーティー10組。
単独Aランクパーティーの最強最強を呼んでいる。
最強最強、というのは有名な冒険者で一人でダンジョンに入る凄腕である。
その人数で間に合うのか?
っというより、日本には強い冒険者が少なくないですか?
そもそも冒険者の教育の見直しからすべきなんじゃないですか?
という話になっていく。
いやいや、そんなことより避難している俺達はどうすればいいの?
記者の人が数年前に消えた島の話をする。
ダンジョンがバーストしてから数時間後にはゲートの下の島が消えた。
今回もゲートの下の土地は消えるのではないか?
その島の話ってミクが話していた。ハーピーの話を組み合わせると領土が取られる。つまり土地ごと異世界に転移するんじゃないだろうか?
十年前に日本がダンジョンバーストを起こした時は魔物を全て撃退して、ゲートの下の土地は消えなかった。今回も消えません、だから建物の中に隠れてください、とスーツを着たオジさんが断言した。
俺は顔を上げる。
魔物の脅威を知らないから、ほとんどの人達が体育館で談笑していた。
なかには俺達と同じようにアイフォンで動画を見ている人もいる。この動画を見ているのかは知らないけど。
みんな隣町の戦争だと思っているのだ。
この世にダンジョンがある事は知っているけど、本物の魔物を見たことがないのだ。
魔物は教科書や動画やアニメやゲームの世界の架空の生き物だと思っているのだ。
だから魔物に殺される、という事をイメージできないのだ。
男の先生達がY字のサスマタを持っている。
あれで軍も対処できなかった魔物を追い出そうとしているのだ。笑ってしまう。
一応は体育館の扉は全て閉められていた。
遠くの方でサイレンの音が鳴っている。
誰かの叫び声が聞こえた。
だけど、その音は体育館の緩みきった談笑でかき消された。
ドンドンドン、と大きなハンマーを叩くような足音が外から聞こえた。
体育館の大きな扉がグレートランチャーで撃たれたような勢いで壊された。
壊された扉には見たこともない魔物が立っていた。
鼻息を荒くさせ、獲物を見つけて喜々とした目をしている。
ゴブリン。
いや、あれはゴブリンの姿ではない。
ゴブリンというのは膝程度の小さい魔物である。
だけど扉を壊した魔物は2m近くある魔物だった。
色は緑色。しかも薄い緑色。
人間と交配して産まれてきたせいなのかもしれない。
あの会見ではハイゴブリンと呼んでいた。
魔物の手には冒険者が持つような片手剣が握られている。
ダンジョンで殺された冒険者の剣なのだろう。
それにボロボロで汚れきっているけど服らしき物も着ている。
何かの毛皮で作ったような上着に、木で作られたようなズボンも着ている。
勇敢な男の先生がサスマタを持って、ハイゴブリンに近づいて行く。
サスマタは簡単に奪われて投げられた。
男の先生はハイゴブリンに頭を持ち上げられ、芋でも半分に切るように、首をスパンと片手剣で切られていた。
首側と頭側から血が蛇口をひねったように溢れ出す。
キャーーーっと悲鳴が聞こえた。
そこでようやく緩みきった空気が恐怖に変わる。
俺達も立ち上がった。
足が震えていた。
気づかないうちに、おばちゃん教頭先生が俺達の近くまで来ていた。
教頭先生が何かを言っている。
「あなた達、冒険者でしょ。早く戦いに行きなさいよ」
頭が混乱して、何を言われているのかがわからなかった。
おばちゃん教頭先生は俺とお嬢に対して怒鳴っていたのだ。
もしかしたら男の先生が殺されたのも冒険者である俺達が戦いに行かなかったから、みたいに思っているんだろうか?
ムカつく、というよりも、驚いた。
何でコイツは自分が守られて当然みたいに思っているんだろうか?
そう言えば冒険者ギルドで俺が無能だとわかった時も教頭先生は笑っていた。
その事が今になって腹が立ってくる。
「ババァ黙れ」
お嬢が教頭先生を睨みつけて言う。
「なにこの子? 誰に黙れって言ってるの?」
キーキーと教頭先生が叫んでいる。
体育館に避難していた人達はハイゴブリンから逃げるために、体育館から出て行ったり、舞台に上がったりしている。
ハイゴブリンの近くに残されているのは俺達だけである。
魔物がコチラに向かってノソノソと喜々とした目をして歩いて来ている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます