第5話 初めてのダンジョンの日

 初めてのダンジョンに行く日。

 心臓が鉄になったように重たい。

 だって俺スキル無いもん。

 これからの人生、ダンジョンに入り続けないといけない。

 なのに能力が無い、ってそりゃあ無いぜ。おっかさん。

 お母さんに買ってもらった防具に身を包んでいた。

 うちにはお金があまり無いので、防具は肘と膝のプロテクターと防弾チョッキとヘルメットぐらいの物である。

 防弾ジョッキを隠すように分厚い黒のジャンバーを着ていた。

 できるかぎり分厚いやつを選んだつもりだった。

 ズボンも黒だし、ヘルメットも黒だし、リュックも黒だから、黒一色である。

 ちなみに武器は何も持っていない。

 銃を買うお金も、剣を買うお金も無かった。

 武器はすごーくすごーく高いのだ。

 安い物でも50万からする。

 急に来週からダンジョンに入ってください、と言われても持ち合わせがない。

 今日は初めてのダンジョンで荷物持ちである、と冒険者ギルドでは説明を受けていた。

 戦う事は無いと思うけど、もし戦う事になったら死ぬ。

 


 母親と妹が玄関でお見送りをしてくれた。

 お母さんは戦争に行く子どもを見て、必死に泣くのを我慢していた。

「ちゃんとお弁当は持った?」

「持ったよ」

「水筒は?」

「持ったよ」

「ヘルメットはダンジョンに入ってからかぶればいいんだからね」

 俺はヘルメットを脱いだ。そりゃあそうか。

「アンタ、これでもいいから、持って行き」

 とお母さんが差し出したのが、いつも使っている包丁だった。

 包丁はタオルに巻かれている。

「俺は料理専門学校でも行くのか」と言いながらも、ちゃんとリュックに包丁を収める。

 あの思春期真最中の妹までも、瞳に水を溜めていた。

 死ぬことが決定みたいに思っているんだろう。

 お兄ちゃんは包丁を持って戦争に行くんだもんなぁ、そりゃあ死ぬと思うよな。

 俺だって今日で人生の終わりだと思っている。



 最後までミクには冒険者になった事は言えなかった。

 だってアイツ、絶対に俺のこと好きじゃん。

 恋人を亡くして、ずっと慰め続けてくれた人を好きになるに決まってるじゃん。

 好きな人がまたダンジョンに入るってなったら心が壊れるじゃん。

 だからミクには冒険者になった事を最後まで言えなかった。

 もしダンジョンから帰って来れたら、ちゃんと告白して付き合いたい。

 彼女とチューして、それからココでは書けないようなことをしたい。

 そんな事を考えております。申し訳ございません。

 ミクは俺のこと好きなはずなんだ。

 いや、たぶんね、たぶんだけどね。

 だって英二が死んでからずっと二人で一緒にいたんだよ。

 本来なら、そういう関係になっていたって別におかしくないはずだ。

 英二だって、俺にミクを任せるみたいな事を言ってたし。

 俺はミクの事を任されているんだ。

 よし、頑張って生き残ろう。

 生き残れさえすれば、童貞の卒業式が待っている。

 俺のターンがやってくるのだ。



 電車に乗り、アイフォンの地図を見ながら本日入るダンジョンまで辿り着く。

 黒い渦は体育館の扉ぐらいの大きさだった。

 初見ダンジョン。

 つまり誰も中に入った事がないから、どんなモンスターがいるのかはわからない。

 モンスターの情報を持って帰って来るだけでも罰金は免除される。報酬は無いけど。

 出来たばかりのダンジョンだからサイズも小さい。

 ダンジョンは時間が経過すればプクプクと太っていくのだ。

 小さいダンジョンだからフェンスは作られていない。

 軍の緑色の車が3台ほど止まっていて、ダンジョンに近づく通行人を止めていた。

 レゴブロックを大きくしたような長方形の仮設ハウスもダンジョンの近くに建っていた。

 ダンジョンに近づいて行くと一人の軍人に止められる。

 俺は冒険者ですぜ、という顔をしながらネックレスにしたステータスプレートを見せた。

 スキルの箇所は見られるのが恥ずかしいので親指で隠している。

「アチラでお待ちください」

 ブロッコリーと良い勝負をしそうなほどの緑色の軍人様が仮設ハウスを指差す。



 仮設ハウスの中に入ると女性がいた。

 その女性も軍人様で、キャベツに負けないぐらいの緑の服を着ていた。

 でも外の人とは違いヘルメットは装着していなかった。

 年は二十代前半ぐらい? なんで女性の年齢ってわかんないのかな? もしかしたら三十代かもしれない。

 アニメでお姉さんキャラの位置付けになるぐらいには綺麗な人だった。

「冒険者の方ですか?」

 と女性に聞かれる。

「はい。どっから、どう見ても冒険者の方です」

「コチラに氏名をお書きください」

 テーブルに置かれたアイパットを女性が示す。

 俺はアイパット専用のペンを握り、白い画面に文字を記入した。

『絶対にダンジョンを討伐してやる』

 書き終わると女性がアイパットを見て、首を傾げた。

「氏名って名前のことよ」と言われる。

 顔が熱くなるのがわかった。

 俺はシメイと言われて、使命だと思った。

「重要な任務の方の使命だと思いました。ハハハ」と恥ずかしさを紛らわすために笑った。

「ですよね。その使命な訳が無いですよね。名前ですよね。もしかしてコレが名前だと思いましたか?」

 女性はピクリとも笑わない。

 小林光太郎、と書く。

 一連のやり取り無かったことにできないかな?

「武器は持って来ましたか?」

「一応、包丁を持って来ました」

「包丁?」

 俺はリュックからタオルに巻かれた包丁を取り出して女性に見せた。

「アナタ、ダンジョンに行くんですよ? 料理の専門学校に行くんじゃないんですよ」

 と女性が言う。

 ちょっと言葉に棘があった。

 俺だって包丁を渡された時、料理の専門学校に行くんじゃねー、と思ったよ。

 でもウチにはコレしか無かったんだ。

「一応、銃も貸し出すことができます。コチラをお使いください」

 人間を殺せる武器を女性がテーブルの上に置く。あとチョコレートが入ってそうなパッケージの銃弾も置かれた。

「借ります」

「銃は撃てますか?」

「そりゃあ授業でやってますから」

 授業ではモンスターを倒す予習訓練が行われた。

「ダンジョンには銃も効かないモンスターの方が多いので、スキルの方を重点的に使ってください」

 この女性にスキルが無いことがバレたくなくて、元気に「はい」と返事をした。

「アナタのスキルは……」

 女性がそう言って、手に持っていたアイフォンで何かを調べている。

 あっ、もしかして情報持ってるの?

「スキル無し?」

 と女性が首を傾げる。

 さっきの元気に返事をした「はい」を返してほしい。

 俺は恥ずかしくて下を向く。

「アナタ、スキル無いのね」

「……はい」

「死にそうになったら帰っておいで」

「……はい」

「コチラは軍が用意した道具になっております」

 女性が話を変えてくれた。

「荷物の邪魔になるようでしたら置いていってもかまいません」

 テーブルに緑色の袋が置かれた。

 袋も頑丈で、ヨットの帆に使いそうな生地だった。

 中を取り出して確認する。

 ムヒぐらいのサイズの瓶が三本。

 瓶の中身は、それぞれ色が違う。

 黄、紫、緑。

「これはなんですか?」

「黄色は体が痺れた時に飲んでください。紫は毒に侵された時に飲んでください。緑は傷を負った時に飲んでください」

「おぉーー、これが噂のやつか」

 お値段は何万円もする薬なので、一般の人間は簡単に買えないものである。

「これくれるんですか?」

「もちろん」と女性が頷く。

 お母さんと妹に持って帰ってあげよう。

 きっと喜ぶだろうな。家宝になる。

 残りは四角い箱が入っていた。

「これは?」

「食料です」

「お弁当ぐらい持って来てますよ」

「ピクニックに行くつもりですか?」

「えっ、でも、ちゃんとご飯食べないとお腹空くし」

「モンスターと戦っている時に、昼休憩が取れる訳ないでしょ」

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