伝えるしかねえ

「……美味いなこれ」

「でしょう? ノアの作るお菓子に比べたら全然だけど、人間が作るモノにしては中々に美味ね」


 夜の食卓に並ぶ食事と菓子を一緒にしてもらっては困るが、ニアの言葉に苦笑した俺だが普通に今食べている飯は美味かった。


 あれから多くの人の中でニアと一緒に海水浴を楽しんだ。

 まさか浜辺で楽しそうに遊んでいる女性が魔王とは知らず、多くの人々がニアの姿に魅了されていた。声を掛けてきた人の数はかなり多く、Aランク冒険者だぞと言って求婚してきた人も居た。


『興味ないのよ。失せて』


 まあその度にニアは全く相手にしなかったが。


「……ふぅ」


 そんな風にニアとの時間を過ごして夜になり、都市の中に入ってこうして飯を食っているというわけだ。

 俺はともかくニアもこの都市の中は初めてらしい、この酒場も通行人におススメを聞いて向かったのだ。結果当たりを引いて美味い飯にありつけた。


「騒がしいけれど、やっぱりノアが傍に居ると全てが楽しく感じるわ」

「……そっか」


 浜辺でニアと一緒に過ごしていた時、ハッキリと気持ちを自覚した。

 人間だから、魔王だからってのはどうでも良くて俺はニアというその人を好きになったのだ。


「……………」


 しかし、それはあくまで俺の考えだけど……やっぱり俺は人間でニアは魔王という現実がある。ある程度食べ終え、手を止めたまま動かなくなった俺をニアが見つめていた。っといけないいけない、二人でご飯を食べているのにこんなのはダメだ。


「何か悩んでいるの?」

「……悩みっちゃ悩みかな」

「そう、聞かせてほしいわねぇ?」


 ……どうしよう。

 完全にニアにロックオンされてしまったし、ご飯もほとんど食べ終えたから完全に俺の悩みを聞く流れになっていた。馬鹿正直にニアが好きなんだけどどうすれば、なんてことを聞くことも出来ず途方に暮れていた時だった。


 騒がしかった酒場が少し静かになった。

 どうしたのかと思って視線を向けると、数十人くらいの人たちが入って来た。周りの人たちは口々に何かを囁くが、小声なのでこちらまでは届かない。


「何かしらね」

「さあ……」


 酒場の店員が彼らの元へ向かい、奥の空いたテーブル席へと招いている。あそこはずっと空いていたし、どうやら予約をしていた団体さんってところかな? 僅かに男の方が多いが、男女ともにバランスの良い団体だと思う。


「……? ……!」


 っと、そこで店員に向かって一人の男が何かを言い出した。

 しかも俺とニアの方を見て……だ。この世界に来て培われた勘とも言うべきか、嫌な予感がこれでもかとする。


「やあお嬢さん、今日は良い夜だ。あなたのような美しい人に会えるとは」

「……………」


 そのキザな物言いにニアは何も答えない。

 すると男とは別に店員がこんなことを言い出した。


「お客様、こちらはここを御贔屓にしてくださっているこの都市きっての冒険者パーティなのです。そこに所属するこちらのパンク様が是非とも、お客様と一緒に夕食を頂きたいとのことです。あちらに移動してくださいますか?」


 ……は?

 なんでこの人はその誘いに乗ることを受ける前提で話してるんだ。声を掛けてきた男も断れると思っていないのか、ニアに向けて気持ちの悪い笑顔を向けているし……俺はつい声を挟んだ。


「彼女は俺の連れです。すみませんが遠慮してください」


 ま、これが当然の返事だろう。

 しかし、店員は俺をゴミでも見るような目で見つめてくるし……男に関してはやれやれと首を振って口を開いた。


「何を言ってるんだい君は。この俺が彼女と一緒に居たいと言っているんだ」


 ……??


「アンタこそ何言ってんだよ」

「……分からず屋のゴミか。掃除させてもらおう」


 そう言って男は腰に差していた剣を抜いた……え?

 剣を振りかぶった男を店員はおろか誰も周りは止めない。それどころか俺を馬鹿にしたような目で見ていて……っと、それどころじゃないか。とはいえ、その剣が俺に触れることはなかった。


「ノア、そのまま動かないで」

「あぁ」


 背後から聞こえたその声に俺は従った。

 真っすぐに振り下ろされた剣は俺に触れる直前、指輪を通して現れた黒い魔力の壁に遮られた。そしてそのまま力任せに男を薙ぎ払うように、魔力が鞭のようにしなって振り抜かれた。


「ぎゃっ!?」


 カエルを潰したような声が聞こえたと思えば、男の体は意図も簡単に仲間たちの居るテーブルまで吹き飛ばされた。テーブルそのものを巻き込み、背中から壁に激突してそのまま貫通……綺麗な男の体の形がくり貫かれたように穴が開いた。


「……………」


 ……正直、あの男に対して思ったことはないがこの指輪の力には恐れ入った。

 以前にニアが言っていたけど、この指輪は俺に近づく危険を全て撥ね退ける力があるらしい。今までは何だかんだニアやリリスたちが傍に居たので指輪の力を知る機会はなかったが……なるほど、こうなるのか。


「……パンクさまああああああああ!?」


 吹っ飛んだ男の元に店員が飛んで行ったことで、一気に酒場内は騒がしくなってきた。しかも、仲間たちと思われる連中に至っては武器を抜いてこちらに近づいてきそうだった。

 ……だが、彼らはすぐに膝を折ることになった。


「ゴミは貴様たちよ」


 その声は良く響いた。

 漆黒の魔力を迸らせながらニアが立ち上がった。俺を避けて通る可視化した魔力の圧力は彼らを押しつぶす勢いで圧し掛かっている。


「ノア、出ましょうか。もうお腹はいっぱいだし」

「……だな」


 可視化した黒い魔力を纏うその姿は正に魔王の出で立ち、だが誰も魔王の顔を知らないからこそただ恐ろしい人間だと周りは怯えていた。ニアに手を引かれ出口に向かうのだが、ニアは店の人間に向かって金貨のざくっと入った袋を放り投げた。


「壁の修繕に使いなさい。それでもかなりのお釣りが来るでしょうから今回のことの文句は受け付けないわ」


 そうして俺たちは外に出た。

 中は騒ぎになっており、これ以上ここに居ても碌なことにはならないとしてすぐに転移魔法を使って家に戻ることに。


「……もう少し余韻を楽しみたかったのだけどねぇ」


 騒ぎを起こしたことに何も思わないのか、ニアはそれだけ言ってソファに座った。まあ俺としても店には申し訳ないと思ったけど、あの言い方には少しムカついてたしな。


「ねえノア、私お菓子が食べたいわ♪」

「……はは、分かった」


 食べたいと言うのなら用意するまで、といっても作っておいたんだが。

 近々イチゴ大福に挑戦しようと思っているが今回はタルトで我慢してほしい。ニアに差し出すと、すぐに美味しそうにパクっと食べてしまった。


「う~ん美味しぃ♪」


 満面の笑みでニアはそう言った。

 俺もニアに続くようにタルトを食べ、その美味しさのおかげでさっきの出来事は少し忘れられた。しかし、どうやらもう一つ俺には試練が待っていたようだ。


「それで? 何を悩んでいるの?」

「あ……」


 そうだ……それがあった。

 すぐ近くで見つめてくるニアに逃げられそうもなく、俺は一つ深呼吸をした。


「……ニアが」

「私が?」


 ……ムードとか良く分からない、でも俺は伝えることにした。

 悩みというものではなく、俺が抱いた気持ちそのものを。


「ニアが好きなんだ」

「……ふぁ!?」


 魔王の威厳を全く感じさせないほどに、素っ頓狂な声をニアは上げた。

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