第42話 眠れなかった一日
ハウンドドッグと一晩雑談した朝、彼女が自分の部屋に帰ったあと、私はベッドに横になり、緩やかに睡魔が下りてくるのを感じつつ、一人ベッドの上をゴロゴロした。
「はぁ、何時に起きるかな」
私は苦笑した。
そのまま時間は流れ、ようやくウトウトしてきた頃になって、いきなりアラームの警音が鳴り響き、私はベッドから転がるように飛び下りた。
「さて、なんだ……」
私は笑みを浮かべ、拳銃を抜いて部屋から飛び出た。
廊下を駆け抜けて、階段の手すりに跨がってツルツルと一階に下りると、怪我をしたスコーンがビスコッティの治療を受けていた。
「どうしたの?」
「はい、既存のアラーム線を拡張しようとしたそうですが、作業中に滑って転んで怪我をしたようです。アラーム線がみえていないと拡張ができないので、普段は一番最初に起きた人がカットするということができなかったようです。まあ、師匠のうっかりミスですね」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「なんだ、それならいいね。変なヤツでも出てきたのかと思ったよ」
私は立ち上がったスコーンを背後から抱きしめて、そっと体を揺すった。
「やっちゃった、ごめんなさい」
スコーンが笑った。
「それにしても、警戒厳重ですね。ちょっとした軍事施設みたいです」
ミス・パンプキンとハウンドドッグが笑った。
「うん、そう作った。でも、パステルはならず者のターゲットだからな。これだけ警戒しても、たまに撃たれて痛い思いをしてるぞ」
アリスが笑みを浮かべた。
「そうなんだよね。でも、最近はこないな。全滅しちゃったかな」
「バカ、昨日偵察隊がきていただろ。盗賊にとってここは危険エリアだが、その分実入りははデカいからな。怖いもの知らずが湧いてくるんだ」
アリスが笑った。
「そういえばそうだったね。偵察隊がきたって事は、『新規出店』でもするのかな」
「だろうな。まあ、慎重な連中なら、もう一度偵察隊を送ってくるだろうし、力押しなら無理やりにでもアジトを作りはじめるだろう。もしくは、もうアジトがあるのか。まあ、まだ関係ない話しだ」
アリスが笑みを浮かべた。
「どれ、調べてみるか……」
私は空間ポケットから、探査系魔法が一つになったオーブを取り出した。
虚空にウィンドウが開き、町の周辺が表示された。
「うーん、ないね。少なくとも、二十キロ圏内には……ん?」
私は草原地帯とは逆の海方向に、赤い点がポツポツ表示されている事を確認した。
「ここって、船の修理工場のはずだけど。まさか、こんな場所に盗賊がアジトを構えると思えないな……」
「うん、油断はするな。敵性反応なら偵察くらいはしておくべきだろう。ビスコッティ、いくぞ」
アリスがビスコッティをお供に、家から出ていった。
リナがアラームの操作盤の前にいたので、恐らく解除してくれたのだろう。
「私たちも行きましょう。ハウンドドッグ、仕事です」
「分かった!!」
次いでミス・パンプキンとハウンドドッグも家を出ていき、珍しくシノが苦笑して階段を下りてきた。
「想定していなかったわけじゃないけど、可能性は低いって判断して、港を狙えるポイントを作っていなかったよ。警報も鳴らないし、大丈夫かなって思ったけど、一応支度してポイントを探してみる」
シノが銃を肩から提げて外に出ていった。
「まあ、数をみても大した事はなさそうだけど……油断はしないようにしないと」
私は玄関の扉を閉じた。
「さて、今は私たちしかいないよ。油断しないようにね」
私は小さく息を吐いた。
オーブのウィンドウで詳細に調べてみると、赤い点は全部で五つ。
味方を示す緑の点は全部で十に拡大した。
「なんだ、想像以上に大事になってるよ」
私は自分自身では最強の回復魔法を秘めたオーブを空間ポケットから取りだし、床においた。
ここにきてようやく胸ポケットの無線機が緊急警報を放ち、私は苦笑した。
「遅いよ、全く!!」
私はオーブを操作して、赤い点の周囲を探った。
すると、想像以上の激戦が繰り広げられているようで、ここまで銃声の嵐が聞こえるほどだった。
『ハウンドドッグ負傷。後退します』
無線からミス・パンプキンの声が聞こえ、私は玄関の扉を少し開けた。
しばらくして、血まみれのハウンドドッグを背負ったミス・パンプキンが入ってきて、床に丁寧に寝かせた。
「応急処置はしてあります。大丈夫ですよ」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
「痛い……でも我慢。生きているから平気」
ハウンドドッグが笑顔を浮かべた。
「これはみていられないな。ビスコッティほど上手じゃないけど、回復魔法いくよ」
私は手に持っていた探査系オーブをスコーンに託し、先程取り出した回復魔法のオーブを手にした。
「……骨折に創傷多数。全部行くよ」
私はウィンドウを見ながら、怪我を治癒していった。
「よし、終わり。まだ立たないでね」
私は笑みを浮かべた。
「ありがとう。もう痛くないよ!!」
ハウンドドッグが笑った。
「よかった。さて、次は服だね。かなりボロボロだよ」
「あっ、それは問題ありません。着替えは持ってきていますので」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
「そっか。あっ、この戦闘服面白いんだよ」
私は笑みを浮かべ、右肩の辺りにあるポッチを押した。
「えっ、消えた!?」
初めて聞くミス・パンプキンの驚いた声に、私は笑った。
迷彩モードを解くと、目を丸くして私をみるミス・パンプキンとハウンドドッグの姿があり、スコーンが笑った。
「消えたんじゃなくて、周囲とほぼ完全に同化するんだよ。動くと足の部分なんかが一瞬みえちゃうけど、かなり前にとある商隊から買ってね。うちのパーティは全員十着は予備を持ってるし、少し痛んでもスコーンが直してくれるから平気。防刃防弾加工だし、上手く使うと便利なんだよ」
私は笑った。
「あの、それを譲って頂きたいのですが、大丈夫ですか?」
ミス・パンプキンとハウンドドッグの目が輝いた。
「大丈夫だよ。うちのパーティロゴを縫い付けちゃったし、元値を忘れちゃったからあげるよ」
「それはいけません。私たちの業界では、ただより高いものはないといいます。二人分で二十万クローネで買い取らせて頂きます。それでも、安い。こんなものがあったとは」
「これで狙撃が楽になる。ありがとう!!」
ミス・パンプキンとハウンドドッグが笑った。
「じゃあ、取ってくる。スコーン、ちょっとよろしくね」
「分かった!!」
スコーンが笑った。
私は階段を上り、自室のクローゼットから戦闘服を二着取りだし、再び一階に戻った。
「これだよ、着ると勝手にサイズ調整してくれるし、簡単な汚れなら自動で洗浄してくれるから」
私はミス・パンプキンとハウンドドッグに戦闘服を渡し、二十万クローネを受け取って財布を取り出して中に収めて、空間ポケットに入れた。
「パステル、戦闘が終わったみたいだよ。赤い点がなくなった」
私はスコーンに預けていたオーブを受け取り、詳細な様子を覗った。
「うん、全員帰っていくね。問題ないか……。結局、誰だったんだか」
私はオーブを空間ポケットに片付け、小さく息を吐いた。
「それにしても、誰だったんだろ。とても、盗賊とは思えないし」
狙われるとすれば、冒険がないときに、やたらアジトを破壊しまくっている盗賊各位だが、まさか海から攻めてくる事はないだろうし、これほどの騒ぎにはならなかっただろう。
「あっ、そのことなら戦闘中に捕獲した敵から情報を得ています。プロなのに情けないことに、軽い拷問で音を上げまして。様々な盗賊団が合同して資金を出し、パステルさんの始末を依頼された暗殺団のメンバーのようです。それが失敗に終わったので、しばらくは黙っているでしょう」
ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。
「うげっ、盗賊のくせに!!」
私は苦笑した。
しばらく経ってハウンドドッグが動けるようになった頃、戦いに出ていたアリスとビスコッティが帰ってきた。
二人とも顔面が擦り傷だらけで、すっかり『戦う女』になってしまったが、別に気にしていない様子で笑みを浮かべた。
「うん、朝の運動だ。ちと、ハードだったがな」
アリスが笑った。
「全くです。しつこいったらもう」
ビスコッティが笑った。
「そっか、お疲れさま。怪我は平気?」
「ああ、こんなもん放ってけば治る。汗を流してくるか」
「私もいきます。はぁ、疲れました」
アリスとビスコッティが笑みを浮かべ、脱衣所に向かっていった。
スコーンが虹色ボールを二つ作って脱衣所に行き、すぐに帰ってきた。
スコーンが生真面目にやるこの行動は、服の汚れを落とし痛みなどを修復するためだった。
「そういえば、メリダがこないな。倒れちゃったかな……」
心配して食堂まで見にいこうかと思った時、メリダが慌てた様子で帰ってきた。
「故障のようでサイレンは鳴らなかったのですが、警備団の方がシェルターに誘導してくれたので、そこで待機していました。今から朝食を作ります」
メリダが冷蔵庫を開け、手早く調理をはじめた。
「昨日は買い物に行く暇がなくて、スクランブルエッグとトースト、スープくらいしかできません。トロキさんと段取りを整えたので、今日は大丈夫ですよ」
メリダが笑みを浮かべた。
「そっか、お疲れさま。さて、ゆっくりするかな」
私は笑みを浮かべた。
朝の大騒ぎが嘘のように静かになり徹夜だった事を思い出した私は、眠気に負けてフラフラしながら階段を上り、自室に入ってベッドに横になった。
「はぁ、緊張が解れたらこれだ。迷宮と一緒だね」
私は苦笑して、そっと目を閉じた。
即座に睡魔が下りてきたが、今ひとつ眠れない。
寝付きはいい方なので滅多にないことだったが、こうなると大変だった。
「困ったな。スコーンとシャボン玉でも使って遊ぼうかな……」
私は小さく笑って、お気に入りのサボテン形のクッションを抱きかかえ、ベッドの上をゴロンゴロン転がりながら、最終手段を取ることにした。
「寝酒は趣味じゃないんだけどね」
私は机の下に隠してある酒瓶を取りだし、グラスに少し注いで一気に飲み干した。
「うん、美味しい」
私が笑みを浮かべた時、ノックもなしにビスコッティが勢いよく扉を開き、私の手に合った酒瓶をむしり取った。
「私のお酒嗅覚から逃れる事は出来ません。ずいぶんいいお酒を飲んでいますね。あなたには、これで十分です」
ビスコッティがポケットから、飲み切りサイズの小さな酒瓶を取りだし、机においてから私の酒瓶を持ったまま外に出ていった。
耳をそば立ててビスコッティが階段を下りていくのを確認してから、私は本物の取っておきを机の下から引っ張り出した。
「グラスに一杯だけ注いで隠す」
私は手早く酒をグラスに注ぎ、急いで栓をして机の下に隠した。
数秒後、扉を蹴破るようにしてビスコッティが飛び込んできたが、私はすでにグラスを空にしていた。
「お、お酒~」
ビスコッティが指を咥えて私を見つめているので、私はベッドの下から酒瓶を取りだしグラスに注いでビスコッティに渡した。
「……私をバカにしていませんか。これではありません」
これもそれなりに高級酒だったのだが、やはりビスコッティには通用しなかった。
その一杯を飲み干し、ビスコッティは私の部屋の家捜しをはじめた。
「あなたは大体隠し場所が決まっています。ベッドの下か机の下です。ほら、あった」
ビスコッティが唇をペロリと舐めて、私の酒瓶を手に取ると、見るからに安酒と分かるボトルの小瓶をさらに三つおいて、部屋から出ていった。
「……甘いな。本物は天井裏だぞ。いつもワンパターンじゃない!!」
私は笑い、ビスコッティが置いていったボトルの小瓶の栓を開け、その中身を喉に流し込んだ。
やればやれるもので、なんとか眠りについた私が起きると、ちょうど昼を過ぎた頃だった。
ベッドから下りて大きく伸びをすると、私は部屋を出て廊下にでた。
廊下からみえる階下では、ミス・パンプキンとハウンドドッグが朝方売った戦闘服の機能をチェックしている様子で、リナとララがアリスのジムセット一式で筋トレをしていた。
「あれ、スコーンはどこにいった……」
私は階段を下りて、ラビングにいった。
「あっ、起きましたね。ちょっとした事件発生です。この町のルーンジェネレータが壊れてしまったようで、師匠はその修理に駆り出されています」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
ルーンジェネレータとは、町に漂う魔力をかき集めて増幅し、大きな魔力として各戸に送る機械のことだ。
これで、魔力で動く機械が動かないほど居住者の魔力が低い家でも、他と同様に機械が使えるという、大事な設備の一つだった。
「それは大事だね。うちからも送ってる?」
「はい、大丈夫です。今のところ、町の機能に支障はありません」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
こういう時に備えて、非常時は特に魔力が高い家庭から魔力を送るシステムになっていて、我が家などその恰好の対象だった。
「そっか、それならいいや。暇だねぇ……」
私は笑った。
「うん、暇なら稽古つけてやるぞ。お前の格闘術は、お遊戯にもなってないからな」
アリスが笑みを浮かべ、ズシズシと近寄ってきた。
「や、やだぁ!!」
反対を向いて逃げようとすると、ビスコッティが私を羽交い締めにした。
「逃がしませんよ。はい!!」
ビスコッティが私をアリスの方に突き飛ばし、アリスが私を盛大にぶん投げた。
「なんだそれは。隙だらけだぞ」
アリスは床にひっくり返ったままの私に近づいてきた。
「ケホケホ……一瞬息が止まった。なにすんの!!」
ブチ切れた私は、アリス目がけてパンチやキックの応酬を見舞った。
「どうだ!!」
私は額の汗を拭った。
「……うん、元気だけは褒めるが、全部ガードできたぞ。私がガードしたところを蹴ってどうする」
アリスは笑みを浮かべた。
「む、ムカつく!!」
私は勢いでナイフを抜こうとした。
「ダメ、パステルダメ!!」
ハウンドドッグが慌てた様子で声を上げて、私に飛びついた。
「うん、命拾いしたな。そんなもの抜かれたら、私も本気ださないといけないところだったぞ」
アリスが笑った。
「ナイフは、こっそり訓練用の樹脂製に代えてあります。返しますよ」
ビスコッティが笑い、私の腰の後ろに挿してある鞘からナイフを引き抜き、目の前でグニグニ曲げてみせながら、本来のナイフを私の鞘に戻した。
「まあ、半ば暇つぶしの冗談だったんだがな。このレベルじゃ格闘戦は挑まない事だ」
アリスは笑った。
夕方近くになって、一瞬照明が暗くなりキッチンの壁にあるゲージを確認すると、外部からの魔力注入量が100%になっていた。
「おっ、直ったみたいだよ」
私が笑みを浮かべると、ビスコッティが笑みを浮かべた。
しばらくすると、全身油まみれのスコーンが帰ってきて、にんまり笑みを浮かべた。
「ルーン文字がおかしくなったのかと思ったら、油にまみれてちっこいのぶっこ抜いたら直った!!」
スコーンが耐熱グローブを投げ捨て、そのまま風呂に突撃していった。
「……ちっこいの?」
よく分からなかったが、なにかが挟まっていたのを除去したら直った。そういう事らしい。
「まあ、無事に帰ってきてよかった。さてと、あとはメリダ待ちかな」
私は笑った。
「パステル、こっちにきて!!」
ハウンドドッグが笑って、私を外の縁台に連れ出した。
縁台に並んで座ると、ハウンドドッグが笑顔になった。
「パステルはいい人。だから、許してくれる。ミス・パンプキンは私のお父さんとお母さんを殺した人なんだよ!!」
「ぎょえ!?」
いきなりの事に、私は鼻血を噴きそうになった。
「これ、内緒だよ。私もやってよく分かった。ターゲットと間違えて、違う人を殺しちゃうって。落ちこむどころじゃないよ。死にたくなる。ミス・パンプキンもたまたま隣の家だった私の家に侵入して、ターゲットを始末したと思ったら、事前データにはなかった私がひょっこり部屋にやってきちゃった。あまりいわないけど、泣きたくなったんじゃないかな」
ハウンドドッグが笑みを浮かべた。
「か、敵とか思わなかったの?」
「思えないよ。相手はプロで怖いし、私は当時十才だよ。泣きわめく事すら許してもらえなかった。それが、本音だよ」
ハウンドドッグが私にくっついた。
「パステルはいい人。ここまでは許してくれる?」
「許すもなにも……まだなにかあるの?」
私は頭がクラクラしてきた。
「うん、それで隣の家を片付けて、また戻ってきたミス・パンプキンが私を連れて逃げ出したんだよ。普通ならほったらかしだよ。私ならそうする。悪い人だから」
ハウンドドッグが笑った。
「それで、結局今に至ると」
「うん、ミス・パンプキンは最初は猛反対したんだけど、最初は手伝いたくてはじめた。最初に人を殺した感触もいまだに残ってる。でも、自分で決めた事だもん。後悔はないよ!!」
ハウンドドッグが私に身を預けた。
「でもね、たまにいい人の感覚が欲しいんだ。薄暗い世界だからね。だから、ここは居心地がいい。何度もいうけど、みんなには内緒だよ。ミス・パンプキンが困っちゃうから」
「分かってるよ。こんな話しできない」
私は苦笑した。
「まあ、最初はミス・パンプキンの事を恨みもしたけど、今は相棒だからね。これでも気持ちの切り替えは早いんだ。恨んでもはじまらない!!」
ハウンドドッグは笑った。
外は冷えてきたが、そのまま縁台でハウンドドッグと雑談していると、メリダが背負いカゴ一杯の食材を買い込んで、ダッシュで家に入っていった。
「おっ、そろそろメリダの夕食だね。中に戻ろうか」
「うん、戻ろう。今日はなにかな」
ハウンドドッグが笑い、私にくっついたまま歩いてきた。
家に入ると、メリダがキッチンで素早く調理をはじめ、ビスコッティとアリスがカセットコンロを人数分ダイニングのテーブルに乗せていた。
「今日は鍋焼きうどんだそうです。なにを話していたのですか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「うん、今後の暗殺業界についての展望」
私は笑った。
「それ、暗い話です……。まあ、いいです。それにしても、ずいぶんハウンドドッグに懐かれましたね。確かに人懐っこいですが、相手を見る目は厳しいはずですよ」
「うん、正直驚いた。なんか餌でも与えたか?」
ビスコッティとアリスが笑った。
「なにもしてないよ。そういえば、スコーンは?」
「うん、まだ出てこない。油汚れに苦戦しているかもな」
私の問いにアリスが笑った。
「それはないと思いますよ。師匠お得意の虹色ボールで、すぐに落とせるはずです」
ビスコッティが不思議そうな顔をして、ミス・パンプキンとハウンドドッグが厳しい表情になった。
「……ちょっと、見てきます」
ミス・パンプキンとハウンドドッグが、そっと拳銃を抜き素早く脱衣所に消えていった。
「こりゃ、ヤバいかもな」
「はい、分かっています……」
ビスコッティとアリスもそっと銃を抜いた時、風呂から銃声が聞こえた。
『早く、なにをしているのですか!!』
無線にミス・パンプキンの声が入り、ビスコッティとアリスが素早く風呂に移動した。
散発的に発砲音が聞こえる中、スコーンが素っ裸ですっ飛んできて、ビチャッと濡れたまま私にへばりついた。
「お風呂の排水口から、なんか変なのが出てきたんだよ。ベチョベチョしたのが!!」
「それ、魔物じゃん。となれば、私たちの出番だね。みんな、いくよ!!」
私はリナとララを連れ、スコーンを小脇に抱えて走り出した。
素っ裸のスコーンを脱衣所に置いていこうとしたが、濡れている体を器用に抉ってにゅるっと私の腕の間から抜け出て、一緒に走り出した。
短い渡り廊下を渡り浴室に飛び込むと、ゼリー状の青黒いグロテスクな魔物がいた。
「なんだ、あれ……」
私は知識の糸を辿った。
「あっ、ホットスプリングススライムだよ。温泉地に希に出るらしい。銃撃をやめて!!」
私の声で、全員銃撃をやめた。
「どのみち、物理的な攻撃を効かないから。確か、コイツを倒す方法は……ビスコッティ、アイツにリミットなしの回復魔法をお願い。できるだけ、最大級の!!」
私が叫ぶと、ビスコッティが不思議そうな顔をした。
「リミットなしの回復ですか。まあ、いいです。やってみましょう」
ビスコッティは呪文を唱え、青白い光りがスプリングススライムを覆った。
瞬間、まるで風船が弾けるように爆発四散し、風呂は元通りの静けさを取り戻した。
「なるほど、生命力以上の生命力を与えたのですね」
ビスコッティが笑った。
「そういう事。攻撃魔法も効きが悪いらしいから、これが一番だと思ってね」
私は笑った。
肉体を風船だと考えれば、生命力はそれを膨らませている空気だ。
通常の回復魔法は、風船が割れない程度で自動的に効果が止まるが、ビスコッティほどの使い手になると、無理やりその壁を突破することが可能である。
要するに、過剰生命力で破裂させたのだ。
「さて、邪魔者はいなくなったよ。破片も湯に湯に溶けてなくなったし、メリダが夕食を作って待ってるよ。早くいこう」
私は笑った。
夕食を終えると、メリダはお茶を一杯飲んで元気に食堂に向かっていった。
エメリアが食器を片付けると、キッチンの掃除をはじめた。
「エメリア、お疲れ!!」
「はい、これが私の仕事です」
エメリアが笑みを浮かべた。
普段から小まめに掃除してくれ、傷んだ箇所の修繕までやってくれているが、ドラゴニアというここでは目立つ種族のため、追々家から出ることもできず、狭苦しい生活かと思いきや、庭での作業もあるし、本人は楽しそうにしているので、問題はなかった。
「悪いけどよろしくね。さて、夕食も終わったしどうしようかな……」
いくらなんでも、寝るには早すぎる時間だったが、徹夜だった事もあり、そろそろ休んでもいいと思った。
目は覚めているが頭は重く、起きていてもなにもできなかった。
「みんな、私は寝るよ。なにかあったら起こして」
私は欠伸をしながら階段を上り、自室に戻ってベッドに横になった。
今度こそ本格的にやってきた睡魔に身を委ね、私はそのまま眠ったのだった。
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