第112話 不吉な訪問者

 数日後。


 ゼラリオン王国から報酬として『商売権利証』が届いたので、早速『鴉』に直接運んで貰い、『銀朱の蒼穹』に売り込んだ。


 と言っても、自作自演なんだけど。


 一応、ビズリオ様の情報部に見せる為のパフォーマンスでもある。


 これで、『鴉』の一個人が、『銀朱の蒼穹』を利用して王国全土で商売をするという図式になる。


 不自然に『銀朱の蒼穹』から大量の宝石や素材が売られても、不審がられる心配がなくなったので、今回の報酬はクランにとって、とても有意義なモノになった。



「ソラ」


 優しい声に振り向くと、いつもとは違うラフな格好のフィリアが笑顔を浮かべている。


 真っ白なワンピースがフィリアの長い金髪にとても似合うと思う。


「ソラ、今回の戦争は大変だったね。よしよし」


 何故か俺の頭を撫でてくるフィリア。


「ふぃ、フィリア!? 俺よりもフィリア達の方が大変だったでしょう!」


「ううん。私達はソラというマスターの下で動いているし、言われた事をこなせばよかった。でもソラは常にみんなの事を考え、クランがどう動かすべきかずっと悩んで、戦いやその後の事まで沢山の事を一人で気負っていたんだから」


「…………みんなが一緒にいてくれるからだよ」


「ソラは昔からそう言うけど、違うの。ソラがいてくれるから、私達はここにいるの。貴方がいなければ、私達は今こうしていられなかったと思う。だから――――――ありがとう。そして、お疲れ様」


 俺より少し背の低い彼女は、背伸びをして、懸命に俺の頭を撫でてくれる。


 少し上目遣いの笑顔のフィリアが、とても愛おしい。


 セグリス町でカールと知り合い、いつの間にかずっと俺の隣にいてくれるようになったフィリア。


 フィリアがいなければ、『転職士』である俺がここまで来れる日は無理だったと思う。


 こんな頼りがいのない男に、よく付いて来てくれるんだなと感心しながら、俺はこれからも彼女を、みんなを守って行こうと、今一度決心を固めた。


 いつまでも弱いソラではなく、『銀朱の蒼穹』のマスターとして、みんなと守っていく強いマスターとして、そして、フィリアにふさわしい男として、俺はこれからも頑張って行こうと思う。


 戦争が終わり、フィリアと交わしたキスは、今までの中で最も格別なモノだった。




 ◇




 『銀朱の蒼穹』の大型休暇まであと三日となったその日。


 俺達が過ごしている『レボル街』に、離れていた他の弐式や肆式が全員集まった。


 流石に千人ともなると、屋敷では泊まれないので、レボル街にある宿屋や民宿を全て一斉に借りている。


 今日明日はお祭り騒ぎの日だ。




 そんな日に、突如としてそれはやって来た。




「そ、ソラ様!」


 慌てて入って来る弐式のメンバーの一人。


「どうしたの?」


「と、とんでもない人がソラ様に会わせろと……私が言うのもなんですが、お会いにならない方が良いかと……」


「ん?」


「ソラ。私が先に会って来ていい?」


「う~ん、いいけど無理はしないようにね?」


 頷いたフィリアは、弐式のメンバーに案内され屋敷の外に向かう。


 一体誰なのだろう?



 少し心配になるが、数分待つと、扉が開いてフィリアが双剣を首に当てて、とある女性を一人連れて来た。


「フィリア!?」


「ソラ。あまり近づいちゃダメ」


「にゃはは~」


 フィリアは完全臨戦態勢だが、首に双剣を突きつけられている彼女は緩い笑い声を出す。


 最初の印象としては――――とても不思議な感じがする。


 彼女が着ている衣装が不思議で、黒色よりも黒い――――暗黒色とでも呼べばいいのだろうか? そんなよどみ一つない黒色の衣装は生きているかのようにうねうね動いている。


 衣装は大きな帽子にも繋がっていて、帽子の大きさが印象に残る姿だ。


 ――――何となく『魔女』っぽい?


「はじめまして~」


「は、初めまして」


「君がソラくんね~?」


「はい。貴方は?」


「私は~」


 彼女は緩く返答する。










「東にある魔女の森から来た魔女だよ~」





 ま、魔女!?


 その異様な姿から既に普通の人ではないと思っていた。


 何となく、『魔女』っぽいと思っていたのが、当たった形だ。


「えっと……どうして魔女様がこんな場所に?」


「うふふ、様なんて付けなくていいわ。私はアンナ~と呼んで~」


 アンナと名乗る魔女。



 実は、魔女というのはとても忌み嫌われている。


 その理由としては、まず男を攫って行くのが一つ。


 攫われた男は基本的に帰って来ない。


 そういう事もあって、子供に「魔女に連れてって貰うよ!」という恐怖の言葉が存在するくらいだ。


 それも相まって、世界では『魔女』というだけで敵対する。


 ただ――――――俺の目の前にいる魔女のアンナさんからは、忌み嫌うような感情は全く感じない。


「フィリア。その剣を納めてくれない?」


「っ!? ソラ!? 魔女は駄目よ!」


「いや、もし彼女が俺を攻撃しようと思えば、俺は既に死んでいると思う」


「にゃはは~ソラくん、さっすが~」


「くっ……」


 フィリアは渋々剣を納める。


「うちのフィリアがすみませんでした」


「ううん~魔女を見た人間はみんなああだから、一々怒ったりしない~ソラくんが好意的だからもっと怒らない~」


 こうして、俺の前に初めて魔女が姿を見せる。


 不吉の象徴でもある魔女が俺の前に現れたのには、大きな不安を覚えざるを得なかった。

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