第96話 グレイストール領都潜入

 クラン『銀朱の蒼穹』の遠距離会議が始まった。


【ソラくん。こちらのグレイストール領はやはり黒で間違いないよ。まず王都方面からの物資が、こちらには全く流れていない。隣国のエリア共和国とミルダン王国の物資ばかり流れて来ているから、ゼラリオン王国と戦いになっても、物資が途切れる事がないようにしているね】


【なるほど……レボルシオン領からも食材を購入する動きはないみたいですからね】


【ええ。隣国のエリア共和国から仕入れる食材が大半だったね】


【でも、今のままでハレイン様がゼラリオン王国に勝てる見込みはあるんですかね?】


【今のところはないわね。ただ、一つだけ方法ならあるわ】


【一つだけ?】


 ソラとシヤの言葉を聞いていたクランメンバー全員が息を呑む。


【ええ、単純だけど、隣国のミルダン王国と手を組んで王国を攻める事。それにエリア共和国からも援助を貰う事だね】


【!? 戦争でゼラリオン王国に勝った場合、ミルダン王国近くの領地を渡す……という事ですね?】


【ええ。ゼラリオン王国とミルダン王国が面している地域――――ゼラリオン王国の西領地にはインペリアルナイトの一人であるジェローム様の領地で、その中の領都周辺からは、上質な『肉』が取れるわ。きっとその土地が目的でしょうね】


 ジェロームが治めている領都周囲からは、ボア肉ではなく、ルクという鳥型魔物から鳥肉が取れる。これを通称ルク肉と言う。


 ルク肉の名産地として有名な領地であり、そこから更に北に進んだ山からは、厄介な魔物が多いがその中のフロアボスであるグリフォンは、最上級の鳥肉である。


【ゼラリオン王国の東のボア肉の名産地、西のルク肉の名産地が目当て……なのは間違いなさそうですね。このままゼラリオン王国と戦争になり、仮にハレイン様が勝利した際に、レボルシオン領から先は敵対しない・・・という考えなのでしょうね】


【ええ。ハレイン様に会った事はないけれど、王都から東側の土地を『銀朱の蒼穹』に渡したのは、ハレイン様の作戦だと思う。全ては、この戦争を見越しての事なのだろうね】


【分かりました。現状、ハレイン様に味方するか、ゼラリオン王国に味方するかは決めていませんが、受けた仕事はこなしたいと思います。シヤさん達は予定通り、そのまま実証を手に入れてください】


【了解】


 会議を終えたシヤ達は、予定通りに動く為、ルリとルナが闇に紛れる為、宿屋から姿を消した。




 ◇




 宿屋を出たルリとルナが真っ先に向かったのは、領都の城近くだ。


 二人の能力は既にインペリアルナイトと同等になっている。


 正面から戦う事は無理だが、インペリアルナイトの外から気配を感じるには十分に強くなっているのだ。


 二人は街にいる強者を探し周り始める。


 最上級職能である『アサシンロード』と転職士のスキル『ユニオン』によるスキル効果上昇も相まって、二人は既に『アサシンロード』のレベルが最大の力をも越えている。


 余程近づかなければ、ビズリオにわざと・・・見つかる事などないのだ。


 さらに二人には隠密行動でも、ずば抜けて強いスキルがあった。


 スキル『ユニオン』による――――念話である。


【ルナ、街の西側は一通り見回ったけど、強者はいなかった】


【うん! 東側にもいなかったね。後はお城かな】


【遠くても強い気配が感じられる……恐らくインペリアルナイトだろうね】


【そうね。私は城の東側を探ってみるね】


【わかった。俺はそのまま西側を探るよ】


 二人は決して誰にも見つけられない闇に紛れ、ハレインが治めているお城に潜入した。




 ルリが最初に向かった西側は、兵隊施設が並んでいて、そこから地下に続く地下牢などがある。


 兵士の中でも強い者が複数人見られたが、ルリを見つけられる者は存在していない。


 ルリはそのまま地下牢を見回るが、まだグレイストール領が発足して間もないので、それ程多くの人が捕まっている訳ではなかった。


(…………ん? 珍しい気配だな?)


 ルリは地下牢の奥で、珍しい気配を感じる。


 廊下に並んだ松明たいまつでさえ、ルリを照らす事は出来ず、音もなく奥に向かった。


(なるほど。噂に聞いていたゼラリオン王国の監視員だな?)


 ゼラリオン王国からグレイストール領の監視を命じられたはずの騎士が一人、瞑想しながら牢の中に鎮座している。


 彼はゆっくり目を開ける。


「…………誰かいるのか?」


 決して地下牢に響かせない小さな声で、疑問を口にする騎士。


 その時。


「はい。私はとある方の命で、現状を確認に来ました」


「そうか。ここまで忍び来れたという事は、相当の腕があるのだろう。俺は王国の騎士の一人イグニ・セイオロンという。ハレインが反旗を翻そうとしている事を王国に伝えようとしたのだが、こうして捕まってしまってね」


「そうでしたか、かしこまりました。その件は私が伝えましょう」


「それは助かる。出来るだけ早く伝えて欲しい。このままではハレインがどんどん力を付けてしまう」


「はい。しかし、このままハレインがゼラリオン王国に勝てる見込みはあるのですか?」


「ああ。街を牛耳っている商会を調べてみるといい。全部隣国と繋がっている商会ばかりだ。ゼラリオン王国との接点は全くないはずだ」


「分かりました。このまま街も調べてから王国に戻る事にします」


「頼む」


 地下牢に再び静寂が包まれる。


「…………頼むぞ。どうかハレインを止めてくれ」


 男の小さな声が誰も聞こえない地下牢に空しく響いた。

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