第89話 盗人

 次の日。


 今日は二手に分かれた。


 ミリシャさんの提案で、冒険者ギルドと市場で分かれる事となった。


 俺とフィリア、ルリくん、ルナちゃんで市場に向かう。




 王都市場というだけあって、ものすごく賑わっている。


 沢山の店員が売り物を懸命に宣伝する声が響き渡る。


 買い物を楽しむような人で沢山いる。


 ただ、その中でも道の脇にはみすぼらしい格好の子供達が目を光らせて見つめていた。


【ルリくん。お願いね】


【うん! 任せて! 誰も傷つけたりもしないよ】


 俺達は彼らの前で買い物をする。


 特に欲しかったわけではないけど、子供の衣装を何着か買って、俺の腰に掛かっている財布から銅貨を出して支払う。


 子供達の目線が俺の財布に集まる気配を感じる。


 視線は違う方に向いてるけど、まるで獲物を狙うかのように俺の財布に目標が定まったようだ。


 そのまま人波に入ると、大勢の人と一緒に道を進む。


 すると、子供達が反対側から一斉にこちらに向かって歩き出した。


 慣れた足取りで人波に上手く紛れる。


 職能もないと思われる歳なのに、その動きは凄く洗練されている。


 彼らは人波に紛れ、俺にぶつかってきた。


「あっ、ご、ごめんなさい」


「ん? 大丈夫?」


「は、はい!」


 子供の一人に俺が足を止めている間、もう二人の子供が目にも止まらぬ速さで俺の腰に付けられている財布に手を掛ける。


 俺は知らぬふりをして、そのまま子供の頭を優しく撫でる。


「さあ、人波は危ないから、早くお帰り」


「はい!」


 子供は満面の笑みを浮かべて、走り去った。


 うむ。


 これはお見事。


「ソラ?」


「うん。それにしても見事だなと思って」


「……あの子達もそうやって命を繋いでいるのよね」


「そうだな。でもそれがあの子達の為になっていればまだマシなんだけどね」


 フィリアの瞳が悲しみの色に染まる。


「大丈夫。これからあの子達の事を知る事が出来るのだから」


 小さく頷いて、俺達はルリくん達からの連絡を待った。




【ソラ兄さん、場所の特定出来たよ】


【お疲れ様~、どうだった?】


だったよ】


【やはり……ありがとう。俺達は例の宿屋にいるのでルリくんもルナちゃんもお願い】


【は~い!】


 暫く待っていると、ルナちゃんがやって来てくれて、あの子達が過ごしている場所の近くの宿屋に向かった。




 ◇




「このクズが!」


 大きな身体の男がソラの財布を盗んだ子供を蹴り飛ばす。


「がはっ…………痛いよぉ…………」


 他の子供達も彼を囲って一緒に泣き始める。


「銅貨しか入ってない財布なんかいらねぇんだよ! てめぇらを喰わせるのにどれだけ金がかかると思ってるんだ! もっとまともなやつを盗んでこい! 次失敗したらタダじゃすまないからな!」


 男は悪態をつきながら家から出て行く。


 その家は今にでも倒れそうなボロボロな家だ。


 その入口に一人の青年が音もなく降り立つ。


「ここが君達の家なんだね」


 一切の気配もなく入って来た青年に、子供達の顔が真っ青になる。


 彼の顔に見覚えがあるからである。


「あ、あの! ご、ごめんなさい! 許してください! さ、財布はもうここになくて……」


「そうだね。あの男に持って行かれたようだね?」


「は、はい…………あの、何でもやりますから、どうか命だけは…………」


 王都のスラム街。


 そこでは、人の命など、簡単に消える。


 それを幼い頃から間近で見て来たからこそ、子供達はいま自分達がどういう状況に陥っているかを理解していた。


 だからこそ、命乞い。


 生きる為に、人様の物を盗み、大人達の庇護下・・・にいないといけない現状。


 子供達は必死に命乞いをする。


 まだ死にたくないから――――。


「君達は人の物を盗んだ。それで何をされるかくらい分かっているだろう?」


「そ、そうなんです……でも……でも……」


「シヤ姉……助けて……」


 その時。


「待って!!」


 入口から女性の声が聞こえた。


「「「シヤ姉!」」」


 子供達が声を揃えて呼ぶ。


「…………」


 青年がゆっくり睨むと、女性は息を呑んだ。


 その佇まいから只者ではない事くらい、長年商売をしてきた彼女には手に取るように知っていた。


「子供達の罰は全部私が受けるわ。だからお願い。その子達には手を出さないで!」


 彼女は必死に叫んだ。


 子供達を助けるには、どうするべきかくらい知っている。


「いいでしょう。貴方が代わり身を持つんですね」


「ええ。こんな身体でいいんなら、問題ないわ」


「「「シヤ姉!」」」


「みんな、心配しないで、私が絶対守るから……だからアッシュの手当てをしてあげなさい」


「うん……」


 彼女は笑顔で子供達を見つめる。


「うん。ちゃんとみんないるね。もう少しだからね? もう少しでここから出られるから」


 子供達は不安そうに頷いた。


 彼女は青年に付いてボロ家を後にした。




 ◇




【ソラ兄さん、例の人、確保したよ】


【分かった。子供達はルナちゃんに見張って貰うよ】


【うん、この子はそちらの宿屋に運ぶね?】


【分かった】


 ルリくんから連絡が来たので、今度はルナちゃんに見張りを頼んで、俺達は目的の人と会う事にする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る