第74話 一軍

 開花式が終わった次の日。


 ルリとルナはフィリアを擁する『銀朱の蒼穹』のメンバーを前にしていた。


 ただ、その中にソラの姿しか見えていない。


「ルリくん。ルナちゃん」


「「はい」」


「まず、開花おめでとう」


「「ありがとうございます」」


 フィリアに受け答えをする二人。


 受け答える二人も、『銀朱の蒼穹』のメンバー全員も何処か嬉しそうだ。


「では、これから本題に入るね? 昨日、ソラくんに忠誠・・を誓ってくれてありがとう」


「いえ、俺はソラ兄さんに受けた恩義を、一生返していきたいと思っています。神様が授けてくださったこの力で、ソラ兄さんの為になるなら、何でもやります」


「ルナも!」


「その熱意は分かった。ただ、君達には一つ言っておかなくちゃいけない事があるの」


 フィリアの言葉に、二人は覚悟を決めているかのように頷いた。


「君達が授かった職能『アサシンロード』。自分達の中にある力はもう感じてると思うけど――――その力は『暗殺あんさつ』に秀でた職能なの」


「はい。何となく、昨日宴会でフォークやナイフを握った時に」


 ルナもルリの言葉に同調するかのように頷く。


 暗殺。


 それは対象が気づかないうちに殺す事を指す。


 暗殺者の武器は、普段目にしやすく、「こんな武器では殺されない」と思う武器こそが最高の武器となる。


 多くの暗殺者が使っている武器こそ、家にあるフォークやナイフだったりするのだ。


「もしも、このままソラの力になるというなら、いずれ――――――人をあやめる事にもなるの。それでも覚悟は出来ている?」


「はい。以前本で読んだ事があるんです。ご主人様の執事だった男が、実は暗殺者で、普段は常に隣に立ち、時には厳命を受けると。俺はずっとそういう力があればなと思ってました」


「ルナも! 他のみんなもソラお兄ちゃんの為に頑張っていると思うの。でも…………私はみんなとは違う形でソラお兄ちゃんの為になりたかった! だから、神様がくださったこの力をとても嬉しく思います!」


 二人の言葉を聞いたメンバーは笑顔になった。


「極力暗殺は行わないようにしたいけれど……いつか、ソラを護る為に、その力を磨いて欲しい。『銀朱の蒼穹』のメンバーとして」


「「はい!」」


 フィリアは二つの紋章を二人に渡した。


 銀朱の蒼穹の紋章。


 弐式と参式は、紋章の枠の色が違うように作られている。


 しかし、二人に渡された紋章は、紛れもなくクラン『銀朱の蒼穹』の正式紋章であった。


 ずっとソラの為になりたいと思う願望から、偶然にも力を得た二人は『銀朱の蒼穹』の新たなメンバーとなったのだ。




 ◇




「カシア! 後は任せておけ」


「…………エルロ。すまない」


「謝る事はねぇ。これで別れる訳でもあるまいし、ただ御方おんかたの役に立つ場所が変わっただけだ」


 カシアは獣人族の仲間――――『参式』のメンバーから見守られていた。


 代表してエルロがカシアを称えている。


 参式のメンバー全員の顔はどこか誇らしさを放っていた。


「我々の中から、御方の下で直接働ける人が出た事が誇りだ。だから俺らは嬉しいし、カシアには胸を張って貰いたい」


 エルロの言葉に、参式メンバー全員が大きく頷いた。


 少し目を潤ませたカシアは、右手を自分の心臓にトントンと当てる。


 それは獣人族の仕草で、「その想いを背負った」という意味がある。


 エルロが代表して、カシアと熱い握手を交わす。


 握手を終えたカシアはそのまま、エルロ達から離れ、別な場所に向かった。


 そんなカシアの胸には、光り輝いているクラン『銀朱の蒼穹』の紋章が付けられていた。




 ◇




 その頃。


 とある場所にて。


「おい! さっさと寄越せ!」


 煌びやかな部屋で、一人の少年が癇癪のような声を響かせている。


 その前には多くの兵士達が暗い顔で並んでいた。


 一人、そしてまた一人、少年の手を握ると、悲しそうな表情で部屋から去って行った。


 最後の兵士が去った後、少年は嬉しそうに笑い出す。


「クハハハ! これが――――力! なんて素晴らしいんだ!」


 その姿を見た周りのメイド達の表情が強張る。


 彼女達の主人・・の命令とはいえ、こんな得体の知れない男の世話をしなくてはならない事に、悲しみを覚えているのだ。


 その時、彼女達の救いとなる人が部屋にやってきた。


「アース、例の件は進んでいるか?」


 部屋に断わりも入れず入って来た男性は、その姿だけで強者と分かるほどのオーラを放っていた。


 彼はこの屋敷の主人、アイザック・エンゲイトである。


「アイザックさん。おかげで随分上がりました」


「そうか。それならよい。くれぐれも忘れるなよ?」


「ご心配なく。こう見えてもアイザックさんには恩義を感じてますから。俺はここからのし上がってやりますから!」


「ふむ。気合があるのは良い事だ。もし問題が起きたら執事にすぐに伝えてくれ。俺に伝わるようになっている」


「分かりました。それはそうと増援はいつになるのですか?」


「うむ。三度目の募集を募っている。二度目の連中がそろそろ合流するはずだ」


「なんと! それはありがたい!」


 アースは嬉しそうにその場で跳ねる。


 そんな姿を冷ややかな視線で見つめるアイザック。


 目的とはいえ、こんな下民・・を飼っている事にアイザックは内心苛立ちを覚えていたが、決して外に出す事はない。


 これも全て――――――。




「アース。くれぐれも無茶はするなよ? お前は我が帝国・・唯一の――――――





 『転職士』なのだから」

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