第54話 断罪

「ゲシリアン子爵!!!」


 ソラは怒りに任せ、持っていた剣を抜いてゲシリアン子爵に飛びかかった。


 更にソラだけでなく、フィリア、アムダ、イロラもまた飛びついた。


 急な出来事に周りの者が驚く中、一人の男がソラ達の剣筋を止めた。


 ゲシリアン子爵の隣にいた金髪の男だった。


 剣聖であるフィリアですら軽々と止めた男によって、全員蹴り飛ばされた。



「『銀朱の蒼穹』だな? 悪いけどゲシリアン子爵は斬らせないよ。さぁ、全員でかかってくるといい」



 男の圧倒的なまでの殺気めいた威圧感に、その場にいる全員が立ち竦んだ。


 しかし、ソラ達は止まる事なく、男に剣を振り下ろす。


 フィリアを中心としたソラ達の凄まじい剣戟が男に容赦なく振り下ろされた。


 男は小さく笑みを零し、ソラ達の攻撃を避け、また蹴り飛ばした。


「邪魔をするな!!! 俺は……俺は!! ゲシリアン子爵を許さない!!」


「……」


 ソラの悲痛な叫びが、屋敷の地下の悲しさを物語っていた。


 それでも男は気にする事なく、ソラ達を蹴り飛ばす。


 数分間、その攻防は続いた。


 そして、


「ソラ! やめろ!」


 男の威圧からやっと動けるようになったカールがソラ達の止めに入った。


「カール! どいて! 俺は……俺は!!」


 パチーン


 ソラの頬をカールが叩いた。


「いい加減にしろ!」


「…………」


「事情が何となく分かった! でもこのままではあの男に殺される! いい加減に目を覚ませ!」


「でも……あいつは…………」


 その時、男が前に出て来た。


「ソラくんと言ったな? 君の怒りはもっともだし、気持ちも分かる。だが……ここでゲシリアン子爵を斬らせる訳にはいかない」


「っ!? どうして!!」


「……君には何の罪もない。君があの男を斬ったら、私は君を罪人として捕まえなくてはならない。貴族を殺した罪は極刑に値する。……君は愛する人を残して、死ぬつもりかい?」


 男の言葉に、ソラは何も返せなかった。


 ただ、悔しそうに涙を流して、フィリアを見つめた。


 フィリアもソラ同様、悔しい涙を流してソラを見つめた。


 知っていたはずだった。


 貴族という権力を前に、二人は苛立ちを我慢するしかない。




「ソラくん。ここから先は私に任せてくれないか? ゼラリオン王国のインペリアルナイト『閃光の騎士』ハレイン・グレイストールの名において、必ずあの男に裁きを与えると誓おう」




 男の言葉に、その場にいた全ての人達から歓声が上がった。


 インペリアルナイト。


 それはゼラリオン王国に三人いる王直属の騎士であり、王国内最強騎士と言われている。


 更に彼らには王を代行する権利を持ち、その場で全ての命令権を持つ。


 例えるなら、今すぐにでもゲシリアン子爵を極刑に課す事も出来るのだ。


 そんなとんでもない存在がこの場を制する。


 街の平民達からは歓声が上がり、インペリアルナイトのハレインの部下達によってゲシリアン子爵は捕らえられた。


 既に顔が真っ白になっている子爵は、これから自分がどうなる事くらい悟っていた。しかし、自ら命を落とすほどの勇気もなく、ただただ裁かれるその日まで震えて待つだけとなった。




 ◇




「ソニア!!」


「と、トーマス?」


 トーマスさんがソニアさんに向かって走ってきた。


「こ、来ないで!!」


 しかし、思わぬ返答にトーマスさんは驚く。


「わ、私は……もう…………汚れてしまった……貴方の……彼女には…………」


「っ!」


 トーマスさんは止まる事なく、ソニアさんを抱きしめる。


 拒否するソニアさんだったが、それでもトーマスさんはソニアさんを強く抱きしめた。


「俺こそ! ソニアがこんなひどい目に合っていたのに……直ぐに助け出す事が出来ずにごめんな!」


「そ、そんな事……」


「ソニア………………生きていてくれてありがとう」


「トーマス…………う、うわああああああん」


 ソニアさんはトーマスさんの胸の中で大泣きし始めた。


 その悲痛な叫びがゲシリアン子爵邸の前に響き渡り、多くの人々の心に残酷非道なゲシリアン子爵の事件が刻まれる事となった。


 そして、この事件を皮切りに、王国史上最悪の事件となった『極悪ゲシリアン子爵の事件』を解決したクランが新生クランとしても有名だった『転職士』がマスターのクランだった事もあり、『銀朱の蒼穹』の名前はまたもや王国中に広まり、もはや英雄とまで言われるほどになった。


 更に今回の事件の凶悪さもあり、王国から『銀朱の蒼穹』に類を見ない最高の報酬が与えられる事となった。


 それはゲシリアン子爵領を全て『銀朱の蒼穹』のマスターであるソラに与えるという事だった。


 その衝撃的な出来事は、王国内だけでなく、隣国、更には帝国まで届く事となり、いずれまた大きな火種を生む事となるのだが、そんな事を今のソラ達が知るはずもなく。


 ソラを中心に巻き起こる『転職士』の戦いが幕をあげようとしていた。




 ◇




「陛下。此度の寛大な処置。感謝申し上げます」


「……ハレイン。貴様が勧めた通り、何処の馬の骨かも知れぬガキに広大な土地を与えたが、……何が狙いだ?」


「……ふふふ。陛下。あのクランのマスターは『転職士』だそうです」


「…………クズ職能だな。確か『剣聖』が隣にいるからクランになっていると聞いているが?」


「いえ、それは全くの事実無根でございます」


「……ほお?」


「あのクランはまさしく『転職士』を中心に回っております。このハレインがしっかり見届けて来ました」


 ゼラリオン王国の国王は更に唸る。


「私が思うに、これからの大陸は…………彼を中心に回ると考えております」


「くっくっくっ、貴様がそこまで惚れ込むとは、面白い。良かろう。あの地に王家は決して手を出さないでおこう」


「ははっ、ありがたき幸せ」


 深く挨拶し、玉座の間を後にするハレイン。




 玉座の間から出たハレインは、小さく笑った。


「くっくっくっ、待っていろ…………いずれその椅子から引きずり降ろしてやる…………」




 そして、玉座のゼラリオン国王。


「…………ふん。狸め」




 お互いの事を既に知っているからこそ、表面上の仲であって、既に二人の戦いは始まっていた。

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