第42話 アンダセン町

「ほぉ……新しいクランは子供で構成されているのか」


「はっ」


「更にそこに入っている女がまた良い女と」


「はっ」


「くっくっくっ、しかもこのまま我が領・・・を通り過ぎるのだな?」


「はっ、間違いありません。今頃はムンプス町にいるはずですが、恐らく王都を目指しているのでしょう。必ず通るモノだと思われます」


「くっくっくっ、でかした! いつもの連中を集めておけ」


「はっ!」


 豪華な部屋でワイングラスを揺らし、嫌らしい笑みを浮かべた男が、窓の外を眺めた。


「きひひひひ、また楽しみが増えたな」


 男の視線がベッドに向く。


 ベッドには短い黒髪の美しい女性が一人倒れていた。




 ◇




 ムンプス町で二日ほど泊まって、三日目に俺達は再度馬車に乗り込み、王都を目指した。


「王都に着く前に、ゲシリアン子爵領を通るわ。ただ……その子爵は、あまりいい噂を聞かないの」


「えっと…………どんな噂ですか?」


 ミリシャさんは俺達を一箇所に集め、小さい声で話し始めた。


「脅迫はもちろん、詐欺も多数、領民に無理難題を課して娘を奪うのも日常茶飯事。更には彼に関わった女性冒険者が引退する事態が後を絶たないわ」


 ミリシャさんの情報だけ聞いても、既にその子爵が如何に救いようがないか、俺でも分かるくらいだ。


「だからね? もし、彼から何らかの依頼・・が来た場合は、そのつもりで対応した方がいいわ」


「……権力を盾に…………許せない」


「みんないい? 相手は子爵家よ。絶対に敵対してはならない。それだけは忘れないで。王国を敵に回した場合、私達の知り合いにまでその火の粉が及ぶわ」


「分かりました。ではその子爵領は急いで通り抜ける事にしましょう」


「そうね……と言いたいんだけど、少し難しいかも」


「難しい?」


「ええ、あの領地には何故か通り抜ける馬車の便が存在しないわ。だから必ず一泊しなくちゃいけないの」


 恐らく、その一泊させるのも、わざとなのかもね。


「……では町では全員一緒に行動するようにしましょう。もし離れる場合は必ず二人以上で動きましょう」


「「「分かった」」」


 俺達は不安を胸に、馬車に揺られゲシリアン子爵領に入った。




 最初に着いたのはゲシリアン子爵領のアンダセン町で、子爵領で最も貧しい町だと馬車の御者さんが教えてくれた。


 貧しいので、食料やお金を盗まれる事も多いらしい。


 町の唯一の宿屋に向かうも、値段は普通の宿屋より二倍はふっかけられ、部屋の掃除も行き届いていなかった。


 窓を開けると、ラビが鳴き声を発して弱い風を起こし、部屋中のごみを窓の外にまとめて掃き出した。


「ラビちゃん! ナイス!」


 アムダ姉さん達がラビを撫でまわす。


 実は子爵領では大部屋一つに全員で泊まる事にした。


 フィリア達は元々孤児院で同じ部屋で泊まっていたので、問題なかったのだが、ミリシャさんが心配だったのだけど、元々冒険者ギルドで働いていただけあって、こういう事に拒絶感は全くないらしくて、快く承諾してくれた。


 掃除も終わらせ、俺達は食事を取っていた。




「あ、あの……」


 食事していた場所の傍には窓があり、窓の外で同年代くらいの女の子がこちらに声を掛けていた。


「ん?」


「あ、あの……なんでもいいので、少し食べ物を恵んでは頂けないでしょうか……」


 よくよく見ると彼女の身体はやせ細っていた。


「ソラくん。あげちゃダメよ」


 それを見ていてミリシャさんが話す。


「え? でも……なんだか可哀そうで……」


「気持ちはわかるけど、きっと後悔することになるわよ?」


 ミリシャさんは意味深な言葉を口にしたけど、俺は持っていたパンを二つ、窓から彼女に渡した。


 彼女は満面の笑みで感謝をし、そのまま逃げ帰るように帰っていった。


「…………、ソラくんが優しいのは分かっているけど、まぁ今回は良い勉強になると思う。みんなもよく見ておいてね」


 ミリシャさんの言葉を俺達は心に刻み、その日はゆっくり休んだ。


 その言葉が意味することが何なのかなど、全く分からなかった俺達だったが、次の日にその意味を知る事となった。




 ◇




 次の日。


 俺達は宿屋を後にし、馬車乗り場に向かった。


 その時。


「あ、あの! お、お兄さん!」


 どこかで聞いた声が聞こえ、振り返ると、昨日食べ物を恵んであげた女の子と、その後ろに数十人の子供達が並んでいた。


「っ!?」


「……やはり、来たわね」


「えっと……君は、確か昨晩の?」


「は、はい! 昨日はありがとうございました! おかげで弟と妹達が沢山・・食べれました!」


 昨日渡したパン二つでは、到底この人数が食べれたとは考えにくいけど……。


「そ、その……図々しいお願いで申し訳ないんですが、もしよろしければ――――」




「悪いけど、君たちに恵んであげるほど、私達に余裕はないわ」




 ミリシャさんが慣れた仕草で前に出た。


 ああ……昨晩話していた事は、こういう事だったんだね。


 一度恵んであげたら、ずっとお願いされる。


 更に多くの子供達を連れてくれば、より沢山の恵みを貰えるかも知れないという算段。


 それが彼女達の…………孤児院がない・・孤児たちの生きる術なのだと理解した。


「ミリシャさん」


「ソラくん?」


「話は分かりました。みんなには申し訳ないけど、この件。俺の所為・・なのだから、俺に任せてくれないかな?」


 すると、フィリアは


「クランマスターはソラよ。ソラのやりたいようにやっていいと思う」


 それにアムダ姉さんとイロラ姉さんも手を挙げ、


「「賛成ー!」」


 と言ってくれた。


 それを見ていたカールとミリシャさんが溜息を一つ吐いて、小さく笑った。




「「それでこそ、私(俺)が認めたソラくん(親友)だしね」」

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